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職業選択の自由1 ~ネクロマンサーを選択した男~  作者: 新米少尉
職業選択の自由
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エルフォードの亡霊4

 日付が変わる頃、エルフォード家の周囲には異様な空気が漂っていた。

 庭の警戒に当たっていたゼロはその空気を感じ取る。


「さて、招待状も無いのにお茶会に参加しようとする不作法者共、きっちりともてなしをさせてもらいますよ」


 ゼロが周囲を見渡すと猿の魔物である魔猿が20から30体、庭に侵入してきた。


「これだけですか、多少は手札を隠しているのでしょうが、所詮は下級悪魔ですね、ここは貴方達に任せますよ」


 ゼロは背後に控えるスケルトンウォリアーに指示を伝える。

 その場にいるのは目に傷があるスケルトンウォリアーとスケルトンが10体。

 残りは他の方面からの侵入に備えている。


「数は敵の方が多いですが、貴方達で十分対処できます。庭師の2人と共に奴等を食い止め、いや殲滅してください」


 スケルトンウォリアーは剣を抜いた。

 スケルトン隊の背後には庭師の2人が決死の表情で立っていた。

 庭師見習いの青年は剣を抜いているが、老人の方は草刈り用の大鎌を手にしている。


「ここはお願いします。私のアンデッドならば奴らに遅れを取ることは無いでしょうが、それでも突破してくる奴が居るかもしれません。決して油断されませんように」


 庭師の2人に声を掛けるとゼロは屋敷内に戻った。

 背後からは剣戟の音が聞こえ始めた。


 ゼロはエレナの寝室に向かった。

 室内にはメイドが16人の他にプレイトメイルを身に着けたマイルズが控えていた。


「ゼロ殿、先ほど知らせが参りまして、当家から衛士隊に派遣されている者5名が応援に駆け付けるそうです」

「それはありがたいですね。しかし、マイルズさん、その姿、流石に隙がありませんね」

「歳は取りましたが今でも鍛錬は欠かすことはありません」


 起きていたエレナも笑顔で答える。


「本当に懐かしいわね、騎士隊を率いていた頃から何にも変わっていない、凛々しい姿ね」


 マイルズはエレナの前に膝をついた。


「今宵はこの命を賭してエレナ様を守ってみせます」


 マイルズの宣言にエレナは首を振った。


「それはだめよ。今日天に召されるのは私だけ、貴方達の奮闘により勝利の喜びの中で旅立つのは私。貴方達ではないわ。貴方達はこれからもエルフォード家を支えてもらわなければいけません。皆も決して命を無駄にしてはいけませんよ」


 周りに居るメイド達は頷き合い、頭を垂れるマイルズの眼下の絨毯を彼の一滴の涙が濡らした。


 ゼロは寝室内の配置を決める。

 戦闘に参加できず、正直いって戦闘の邪魔にしかならないメイド達はエレナのベッドの周囲に立たせ、メイド長と主任メイドをエレナのベッドの上に座らせる。

 彼女達全員がいざとなれば自らの身を盾にしてでもエレナを守る覚悟だ。

 マイルズはベッドの直近に控え、ゼロは寝室の中央で待ち構える。


 外部の戦いの状況は伝令を担当する執事が逐一報告に走る。


「正面庭園の敵は殲滅しました。しかし、裏手などから少数の敵が屋敷内に侵入しております。応援に駆け付けた衛士がスケルトンと共に交戦中です。食堂にも敵が現れたとのことで私も食堂に向かいます!」


 報告を聞いたメイド達に動揺が走る。


「落ち着いてください!全て陽動です。奴の狙いはエレナさんだけです」


 ゼロは皆を落ち着かせる。

 やがて、屋敷内の魔物も掃討されつつある中でエレナの寝室に夢魔がその姿を現した。


 魔猿から変質したのだろうか、猿の頭に曲がりくねった角、背中には蝙蝠の翼を持っている。

 そんな奴が恐怖を駆り立てるような不気味な笑みを浮かべながらまるでサーベルのような長さの爪を鳴らしている。

 眷族が殲滅されつつ中でなお余裕がある様子だった。


 ゼロは剣を抜いた。

 背後ではマイルズも剣を構えている。


「さて、大詰めです。この部屋に立ち入ったからには二度と出ることは叶いませんよ」


 ゼロは先手を取って切りかかった。

 夢魔はゼロの斬撃を受け止めながら喉元に喰らいついてくる。

 ゼロは咄嗟に蹴り飛ばして距離を取り、夢魔が体勢を整える前に突きを繰り出すも飛び退かれて避けられた。


「流石は猿ですね、身軽なものです」


 互いに間合いを計りながら次の手を探る。

 ゼロの背後でマイルズが音も立てずに移動する気配がする。

 言葉を交わさずともゼロの援護に回ろうとしていることが分かる。

 次の瞬間、ゼロは袖口に隠し持っていたナイフを夢魔の顔面目掛けて投擲すると同時に夢魔の左方に回り込みながら足元から切り上げる。

 夢魔がゼロの投擲したナイフを叩き落とし、更に切っ先を躱わしながらゼロに切りかかろうとした刹那、夢魔の死角からマイルズが飛びかかり、その剣が夢魔を捕らえた。

 マイルズの一撃は夢魔の右腕を切り落とした。

 阿吽の呼吸の見事な連携であった。


ギャァッ!


 不気味な悲鳴を上げて転がった夢魔は逃げ出そうとして寝室の扉に向かって飛び退いたが、扉の前に現れた白い影、セレナの霊に弾き返された。

 ゼロとマイルズ、そしてセレナの霊に囲まれた夢魔は近くに飾られていた花瓶をゼロに向かって投げつけた。

 ゼロが花瓶を切り飛ばし、マイルズが思わず足を止めた隙を突かれ、夢魔が包囲をかいくぐってエレナのベッドに飛びかかった。


「しまった!」


 ゼロ達が止める暇もなくエレナを守ろうとしたメイドの1人が夢魔に捕らえられた。

 夢魔はメイドを抱え上げ、翼を広げて天井まで飛び上がる。

 捕まったメイドは苦悶の表情で涙を流した。


「皆さんは壁際に避難!壁際で耳を塞いで頭を下げて!マイルズさんとメイド長さんはエレナさんを死守してください!」


 ゼロの指示に従いベッドの周りにいたメイド達は壁際に駆け寄り耳を塞いでしゃがみ込んだ。

 メイド長はエレナを抱え込み、マイルズはベッドに飛び乗って剣を構える。

 ゼロも投げナイフを取り出して狙いを定めるが、夢魔はメイドを盾にして不敵に笑った。


「人質を取っても無駄です。彼女を解放しなさい!」


 ゼロは警告しながら投擲の隙を窺い、牽制しつつ夢魔をベッドの直上から離れさせる。

 夢魔は歯を剥き出して威嚇しながら捕らえたメイドの首を危険な程の力で締め上げた。

 捕らえられた黒い髪のメイドは声を上げることもできずに涙を流す。

 その様子を見たゼロはナイフを捨てた。


「これまでです」


 ゼロの声を合図にエレナ、マイルズ、メイド長も耳を塞ぎ、ゼロはニヤリと笑みを浮かべた。


「もう遠慮はなしです!やりなさい!」


 ゼロが宣言したその時、捕らえられたメイドが逆に夢魔の首にしがみついて泣き声を上げ始めた。


ぁぁああああぁぁあああ


 魂を凍りつかせる強烈な泣き声、バンシーの精神攻撃だった。

 事前にゼロが召喚したバンシーにメイドの制服を着させて紛れ込ませていたのである。

 精神攻撃を耳元でまともに食らった夢魔は暴れてバンシーを振りほどこうとするが、首に纏わりついたバンシーがそれを許さない。

 更にバンシーはゼロ距離で氷結魔法を放つ。

 精神攻撃に氷結魔法を食らってたまらずに落下した夢魔は待ち構えていたゼロに貫かれ、床に固定された。

 その間もバンシーは絡みついたまま氷結魔法を二重三重に重ね、夢魔を凍りつかせる。


「マイルズさん今です!」

「かたじけない!ゼロ殿!」


 ゼロの合図を待っていたマイルズは用意していた聖水を剣の刃に振りかけて夢魔に突き刺した。

 マイルズの一撃を受けた夢魔は断末魔の悲鳴を残して砕け散った。


 夢魔は消滅して勝負はついた。

 残されていた夢魔の右腕をバンシーが拾い上げる。

 殆ど魔力も残っていない残骸で、放っておいても害が無いほどだ。


「欲しければ貴女にあげますよ。力の足しになるでしょう」


 ゼロの許しを得たバンシーは嬉しそうに微笑むと夢魔の腕を抱えたままメイドの制服だけを残して姿を消した。


 完全なる勝利である。

しかし、エレナの寝室には喜びの声は無く、ただ静寂に包まれていた。

 これからの数時間はエレナの命が尽きるのを待つ時間である。


 そんな静寂の中、エレナの前に白い影が降り立った。

 それに気付いたゼロが影に向かって魔力を送ると徐々にセレナの輪郭が現れた。

 セレナは優しい微笑みを浮かべていた。


「姉様・・・私を守ってくれていたのね」


 姉妹の再会を目の当たりにしたメイド達は静かに寝室から退出する。

 続いてゼロも退出し、最後にマイルズが2人に一礼して寝室を出た。

 寝室には姉妹2人きりになった。

 2人は言葉を交わすことは出来ないが、目を合わせただけで失われた数十年の時を取り戻すことができた。

 長いのか、短いのか分からない時間が流れたが、やがてエレナの意識が薄れてくる。


「姉様、姉様・・・もう少しでまた一緒に・・・」


 意識が混濁したエレナの額にセレナが手を翳す。

 2人の間に優しい光が灯り、2人を包んだ。

 その光が消えた時、ベッドの上には静かに眠るエレナが横たわっていた。

 セレナはその姿を消す前に枕元にあった呼び鈴を一度だけ鳴らした。


・・リンッ・・


 寝室の外に控えていたマイルズとメイド長は呼び鈴の音を聞き、一礼して寝室に立ち入った。

 ベッド上には静かに眠るエレナ、セレナの姿は既になかった。

 マイルズとメイド長はセレナが居た筈の空間に向かって深々と頭を下げた。

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