孤独な凱旋
「ゼロさんが居ません」
ゼロが姿を消したことに気付いたシーナが周囲を見渡す。
「ゼロ、まさか1人で都市に戻ったんじゃ?」
「以前に私達やレナさんが助けられた時もそうでした」
レナやセイラも慌ててゼロの姿を探すもその姿はどこにもなかった。
「あんな怪我で万が一のことがあったらどうするんですか!レナさん、直ぐに後を追いましょう」
シーナとレナはそれぞれ伝令用の馬を駆って血痕を辿りつつ東に向かった。
徒歩の怪我人と馬の足ではその速度の差は歴然で、2人は直ぐにゼロに追いついた。
「ゼロさんっ!」
「ゼロっ!何をしているんですか!」
2人に呼び止められて振り向いたゼロは不思議そうな顔をした。
顔色は酷く悪い、血が足りていないのだろう。
「?何って、風の都市に帰るんですが?なんとか出血は止まりましたけど、流石に無理をしたので早く帰って治療しようと思いまして」
ゼロの言葉を聞いたシーナとレナは顔を見合わせ後に声を揃えて叫んだ。
「「貴方は今も無理をしているんですよ!」」
シーナは諭すように続けた。
「ゼロさん、皆と一緒に帰れば良いじゃないですか?今回の戦いの最大の功労者は間違いなく貴方なんですよ。風の都市では勝利の知らせを受けて住民達が歓喜の声で迎えてくれる筈です。」
ゼロは顔をしかめた。
「歓喜の中に迎えられるなんて嫌ですよ。私はただ自分の仕事を全うしただけです。称えられるようないわれはありませんよ」
ゼロの言葉にレナが怒りを露わにする。
「なぜそんなにひねくれているんですか。今回の戦いで貴方程活躍した者はいないんですよ」
「そうですよ。いつもいつも周りに理解されなくて、それでもゼロさんは頑張ってきたんでしょう?今回の活躍を知って貰えれば皆のゼロさんを見る目もきっと変わりますよ。ゼロさんのことを理解してもらういい機会じゃないですか?」
しかし、ゼロの表情は変わらなかった。
「2人共、何を言っているんですか?私は死霊術師ですよ。死霊を使役する、倫理に反する者です。理解なんてされてはいけないのですよ。どんなに功績をあげようとも後ろ指を指されこそすれ、誉め称えられるべきではないのです。そんなことは倫理的に許されませんよ」
ゼロの話を聞いてシーナは無性に悲しくなった。
「だったらなぜゼロさんは報われもしないネクロマンサーを続けているんですか?」
ゼロは肩を竦めた。
「自分の職業に誇りを持ち、全うする。これは私の問題であり、その評価を他人に委ねるつもりはありません」
ゼロは踵を返して歩き出す。
「2人共、早く皆のところに戻ってください。シーナさんはギルド職員として、レナさんも冒険者として皆と凱旋してください」
レナが首を振る。
「だったら私も貴方と一緒に行きます」
「お断りします。貴女と私はパーティーメンバーでもありませんし。それに、西方を受け持った者が誰もいないんじゃギルドが困るんじゃないですか?」
そのまま歩き去ろうとするゼロの姿に慌てたシーナは
「ゼロさん、せめて馬を使って下さい」
「いえ、私は馬には乗れません。死霊の気を纏っているせいか、馬が怯えるんですよ。私を迎えにきたあのギルド職員は凄いですね、その私を乗せて馬を操ってましたよ」
ゼロは振り返ることなく片手を振りながら歩き去った。
ゼロが風の都市に帰還した時、市民達は勝利と危機が回避された喜びに湧き上がっていた。
そんな中で門を守る衛士のチェックを済ませ、通りを歩くゼロを気にとめる者は皆無であった。
先に帰還していた衛士達を称える者、犠牲者の死を悼む者、冒険者達の帰還を心待ちにする者で溢れかえり、たった1人で帰還したゼロのことなど誰も気が付いていない。
その人混みをすり抜けてゼロは怪我の治療をするために自らの居宅へ向かい歩を進めた。
誰からも称えられない、誰の目にも止まらない孤独な凱旋だった。
ゼロの帰還から数刻の後、冒険者達が凱旋した。
彼等を迎えた住民の全てが彼等を称え、帰還することの出来なかった者を悼んだ。
そんな中にありながらシーナはやるせない思いを抱いていた。
「確かに彼等も称賛されて当然ですが、ゼロさんはどうなんですか?本来は一番に称えられるべきはゼロさんです。それなのに・・・」
レナも同じ気持ちだった。
「ゼロはただひたすらに自ら孤独の道を歩んでいる。報われることなど全く望んでいないのに、他人のために命を掛けて戦っている。ゼロの行く先に一体何があるというの?」
鳴り止まない歓喜の声の中、2人は迎えた人々に笑顔で応えることが出来なかった。
人々の喜びは日が暮れても止むことはなく、都市のそこかしこで酒が振る舞われ、冒険者達の勝利の宴が行われ、この夜はまるで祭のように盛り上がりいつまでも賑わいを見せていた。
冒険者達が勝利の美酒に酔っていた頃、ゼロは居宅の中の椅子に座ったまま意識を失っていた。
帰宅してストックしてあった傷薬と回復薬で治療を施したが、その時点で体力が限界を迎え、失神してしまったのだ。
そんな中でゼロの背後に歩み寄る者がいた。
ノックしても反応が無く、鍵も掛けられいない扉から立ち入ると座ったまま意識を失っているゼロに気付いた。
額に手を当ててみると、傷のせいか高熱を出している。
何かを唱えるとゼロをベッドまで運び、傷に清潔な布を、額には水で冷やした布を当てた。
その者はゼロの傍らに座り、様子を見ていたが、夜明け前に熱が下がったのを見届けると
「もう大丈夫ですね」
そっと立ち去っていった。