魔人ハーレイ
ゼロ達は東の地下墳墓に向かって駆けた。
途中で幾度か魔王軍部隊との遭遇戦に陥るも、難なく突破し、目的の地下墳墓を見下ろす丘の上にたどり着いた。
眼下に広がるのは今や滅亡した帝国の皇帝が埋葬されている墳墓なのであろう。
ちょっとした城位の広い敷地ではあるが、敷地の入口付近にある墓守り用のものと思われる建物と、立派な地下への入口以外には建物らしいものは置かれていない。
「かなり広いが随分とスッキリしてるな」
全域を見渡したオックスが率直な感想を述べる。
「地下に皇帝が埋葬されていますからね、その皇帝の寝所の上に建物を建設するのは不敬に値するのでしょう」
ゼロが説明する。
「すると、地下は広大なダンジョンで、その最深部に財宝と共に皇帝が眠っているのか?」
ライズの意見は冒険物語にかぶれすぎていた。
「いや、あくまでも墓所ですからね、地下もそう複雑には作られていない筈です。そうですね、ライズさん達と初めて共同で依頼を受けて行った地下墓地を覚えていますか?あれと内部構造はそう違わないと思いますよ。中で迷うようなことは無いでしょう」
ゼロとライズの会話を聞いていて他の面子も改めてゼロの見識に感心した。
「流石はネクロマンサーだな、墓についての知識も一流か」
「別にそういうわけではありませんが、死霊術の必要な知識の一つです。他にもあらゆる宗教の死生観や埋葬の作法や手順、解剖学から死体の分解過程とその原理も基本です」
オックスの軽口に真面目に答えながらもゼロはスペクターを召喚して周囲の偵察に向かわせていた。
「周囲の様子はどう?」
レナが周囲を観察しているリリス、イリーナ、イズ、リズのエルフ達に訪ねた。
4人は互いに頷きあい、代表してイズが口を開いた。
「地下墳墓の周辺には何者も潜んでいません。不気味な程静かです」
レナはゼロを見た。
「確かに、周囲に魔王軍の姿はありません。下等な魔物が彷徨いているだけですね。地下墳墓内にはスペクターを侵入させていませんので内部は分かりませんが」
スペクターの偵察結果もエルフ達の見立てと一致した。
「時間を掛けたくありません。直ぐに潜りましょう」
ゼロは決断して全員を見渡した。
「力業ならば任せておけ、俺の戦鎚が何でも叩き潰したやるぞ」
「私の矢で貫けないものはないわ」
オックスとリリスが笑う。
「ゼロ、もたもたしてると俺が魔王を討ち取っちまうぜ」
「ゼロ、初めて会ってから随分と時間が経ち、お互いにこんな高みに来たのね。後衛は任せておいて」
ライズとイリーナが頷く。
「「私達兄妹は最後までゼロ様のお側を離れず、ゼロ様を守りぬいてみせます」」
イズとリズの双子が声を揃える。
「小官に先陣をお任せください。竜人の誇りにかけて道を切り開いてみせます」
コルツが槍を掲げた。
最後にレナがゼロの前に立ってゼロの目を真っ直ぐに見据えた。
「ゼロ、ここまで一緒に来たけど、これが終わりではないわ。これからも、ずっと私はゼロについて行く。貴方の背中を守るのは私!他の誰にも譲らないわ」
ゼロは頭を下げた。
「私は素晴らしい人々に囲まれて、このうえない仲間に恵まれました。この気持ちの高ぶりが嬉しさというものなんですね。皆さん、私はどんな手を使っても皆さんを無事に帰還させてみせます。そう、どんな汚い手段を講じてもです」
ゼロの言葉に全員が笑った。
全員の笑顔をしっかりと目に焼き付けたゼロはアンデッドを召喚した。
オメガ、アルファ、サーベル、スピア、シールド、ジャック・オー・ランタン5体がゼロの前に集結した。
「行きましょう!魔王ゴッセルを倒してこの戦いを終わらせるのです」
一行はオメガとジャック・オー・ランタンを先頭に丘を下って地下墳墓に向かった。
ゼロ達は地下墳墓の目前までたどり着いた。
エルフの見立てやスペクターの偵察どおり彼等を邪魔するものは現れなかった。
たがらといって安心したり油断するゼロではない。
「何かがあります。絶対にこのままでは・・」
「急激な魔力上昇!広範囲に来るわっ!魔法防御!」
ゼロの言葉を遮ったレナが周囲を強力な魔法防御で覆い、更にイリーナの水の精霊ウンディーネ、リリスの風の精霊シルフ、イズの大地の精霊ノーム、リズの火の精霊サラマンダーの四精霊の防護結界が展開された。
直後、ゼロのいた地点を中心とした数十メートル四方が紅蓮の業火に包まれた。
音もなく現れた純白のローブを着た魔人は自らが放った炎を見つめていた。
「お前達をこの先に、あのお方の下へ行かせるわけにはいかぬ。たとえ矮小な虫共であろうともあのお方の平穏を妨げさせるわけにはいかない」
彼は魔王ゴッセルの側近中の側近、魔人ハーレイ。
森羅万象を知り尽くしたかのような知識と底なしの魔力で魔王の右腕として仕える魔人だ。
ハーレイは魔王城にいる魔王ゴッセルとは別の魔王ゴッセルの潜む地下墳墓に近づこうとする目障りな人間共目掛けて広範囲火炎魔法を叩きつけた。
激しい渦を上げ、岩や大地をも溶かす程の炎に包まれれば如何なる生物も一瞬で塵すらも残らず焼き尽くされる。
そんな炎の中から飛び出して来たのは5体のジャック・オー・ランタンだった。
「むっ!」
大鎌を振りかざし、又は火炎弾を放ちながら襲い掛かるジャック・オー・ランタンの攻撃を難なく躱すハーレイ。
「あの炎を受け止めたか」
ジャック・オー・ランタンと距離を取りながら炎に包まれていた大地を見た。
そこに目にしたのは、炎が消え、その焼け跡に残っていた魔法防御と精霊結界に包まれて無傷のゼロ達の姿と周囲を囲む溶けた岩や土の池だった。
「桁違いの魔力ね。私の魔法防御だけでは防げなかったかもしれないわ」
杖を構えながらレナはホッと息をついた。
「レナさんもリリスさん達も今しばらくそのままでお願いします。このままでは防御を解いた途端に蒸し焼きか、そもそも周囲の溶けた地面が邪魔で身動きもできません」
ゼロは傍らに立つアルファを見た。
「周囲の温度を下げてください。但し、いきなり氷や水を直接放り込まないでください。爆発しますから」
ゼロの指示にアルファは微笑みながら答える。
「承知しております、お任せください」
アルファは魔法防御の外に出ると周辺を冷たい大気で覆った。
周囲の気温が急激に低下し、溶けた大地も冷まされる。
一定まで温度が下がったところで周囲に氷を降らせて大地を氷で固めた。
「主様、準備は整いました」
アルファの報告を受け、レナ達は魔法防御と結界を解いた。
「さて、魔王の前に厄介な相手ですが、倒す他に道はありませんね」
ゼロは剣を抜いた。