泣き虫英雄
フェイレスとプリシラはベルベットの魔王軍に対峙した。
フェイレスの召喚した数万の上位アンデッドとプリシラの連れてきたワイバーンやグリフォン等数百体。
魔王軍を圧倒し、陣形を崩しはしたが、敵の指揮官は魔王にも匹敵する力を持つ魔人だ。
一時の混乱を直ぐに立て直し、後退しつつも反撃の機会を狙っている。
「まったく、其方の弟子もあのベルベット相手によくここまで持ちこたえたものだ」
「うむ、ベルベットもただ者ではない。圧倒的優位に立っていても何一つ油断せず、様々な状況を想定して慎重に機会を狙っていたのだろう。そこをゼロに付け込まれたのだ。まあ、ゼロも戦略眼はまだまだ未熟だから詰めが甘くて最後は追い込まれおったがな。ベルベットの方が一枚も二枚も上手だっただけだ」
「それでもゼロは窮地を脱する術を抱えていたのだろう?」
「ゼロが仲間を離脱させなかったのが何よりの証だ。ゼロのことだ、本当に生還が望めない状況ならば、どのような手を使っても仲間を逃がすだろうよ」
「なるほどの、甘い男だ」
「甘いといえば我等もそうであろうな」
「ふむ、これもゼロが紡いだ縁か」
2人は互いに笑いあった。
ベルベットとフェイレス達が激戦を繰り広げていたころ、南方の戦場では連合軍騎士部隊が怒涛の進撃を続けていた。
アイラス王国軍聖務院聖騎士団を先頭に各国の騎士団が魔王軍の守備を次々と突破していた。
彼等の目的は敵を殲滅することではない。
魔王の座する城まで一直線に突っ切り、後方に続く勇者達を城に突入させること。
魔王ゴッセルを倒せばどれほどの軍勢が残っていようと問題はない。
そのため、突破した敵に固執することなく突き進んでいるのだ。
そんな騎士部隊に続いて駆ける各国から集められた勇者や英雄の集団、その最後尾に集団から遅れながらも必死に駆ける集団があった。
「レオン!カイル!置いて行かれるわよ!もっとしっかり走って!」
風の都市の経験不足の英雄レオンのパーティーと新米聖女セイラと護衛士のアイリア。
そして彼等の護衛の任を命じられた聖務院聖監察兵団の小隊だ。
その中で集団から遅れそうになり、武闘僧侶のルシアに檄を飛ばされているのは英雄レオンと魔術師カイルと情けないことに男2人。
とはいえ、彼等が体力不足なのではない。
前方を進む勇者や英雄と、周囲を守る聖務院聖監察兵団は論外として、レオンの仲間達の体力が桁違いなのだ。
ルシアは華奢に見えるが体力勝負の武闘僧侶、マッキは身軽で持久力のあるホビット族。
セイラはハーフエルフのアイリアと行動を共にする間に桁違いの脚力と持久力を体得していることは先の砦攻防戦で実証済み。
そんな中でパーティーの頭脳であるカイルはもとより、英雄としての資質はあっても実力は発展途上のレオンは集団について行くのがやっとなのである。
「畜生!やっぱり英雄なんか引き受けるんじゃなかったよっ!」
「そういうなレオン!それもこれも僕達の修練不足が原因だ!」
「そうだな、最上位の勇者さん達の仲間に入っても誰も俺達をバカにしなかったし、一緒に戦う仲間だって言ってくれたから勘違いしちまったが、俺達ってまだまだ中位冒険者だったんだよな」
「当たり前だ!勇者とか英雄は人格まで吟味されて認められるんだ、自分達より格下だからって他者を見下すようなことをするはずがないだろう!そういう面でも僕達はまだまだ経験不足だよ。っていうか、僕はもう少しゆっくりと成長したかったよ」
走りながら泣き言を言う2人に再びルシアの檄が飛ぶ。
「2人共!しゃべっている余裕があるならばしっかり走れ~っ!泣き言言うのは全てが終わった後だ~っ!」
「「ヒイッ!やっぱり引き受けるんじゃなかった~っ!」」
2人は何も考えずにただ走ることに集中することにした。
魔王城、かっては帝国皇帝の居城だったが、魔王ゴッセルが降臨すると共に瞬く間に帝国は滅ぼされ、この城も魔王が座する魔王城となった。
数十万から百万の軍勢を支配する魔王であるが、その城の周辺には守備兵力の姿はほとんど無い。
圧倒的な力の持ち主である魔王は数万の兵に守られる必要など無いということだろうか。
城はその豪奢な風貌とは裏腹に異様な静けさに包まれていた。
集団から遅れたレオン達が到着した時、城は騎士達に包囲され、先に到着した勇者達は既に城内に突入した後だった。
城の正面扉にはイザベラとアランが待機していた。
「あらレオン、到着しましたの?」
遅れながらもひたすら走り続けたレオンは言葉を発することができない。
「息を整えろ。まだ勇者達が中に入って間もない。今から後を追えば追いつけるぞ」
レオンに水袋を投げ渡しながらアランが状況を説明する。
「もっとも、貴方達が行かずとも魔王を討ち取ることができると思いますけど、それでも行きます?ここで待っていた方がよろしいのではなくて?」
からかうように話すイザベラにレオンは首を振った。
「・・俺達は魔王を倒すためにここに来たんです。そりゃあ他の勇者さん達が魔王を倒してくれればそれに越したことはないけど、そうだからといって、俺は俺に科せられた責任を放棄するつもりはありません!」
イザベラの目を見て話すレオン。
彼の背後にいる仲間やセイラとアイリアも力強く頷く。
彼等をここまで護衛してきた聖監察兵団の小隊も最後まで任務を全うするつもりのようだ。
その様子を見たイザベラとアランは満足気に笑った。
「流石は英雄ですわね。ただ、その考えがあのおバカネクロマンサーにそっくりであることは気に入りませんが。いいでしょう!私とアランも一緒に行って差し上げます」
「ただ、勘違いするなよ!魔王を倒すのはお前達だ。俺とイザベラはお前達を護衛するに過ぎん」
「そうですわよ。でも、もたもたしていると私が手柄を横取りしてしまいますわよ」
しっかりと頷くレオンだが、その身体は小刻みに震えていた。