聖女
ゼロ達は潜伏先の1つである廃村に潜んでいた。
魔王軍の侵略以前に既に放置されていたのか、朽ち果てつつある村跡ではあるが、荒らされた形跡はない。
イズとリズが追跡者を残らず始末したためゼロ達がこの村に潜んでいることは敵に知られていない筈だ。
にもかかわらず、相変わらずクロウは現れるのだ。
「今回の件は悪手でしたね。まんまと敵の術中に嵌まったのではありませんか?」
どこで見ていたのか、挨拶代わりに痛いところを突いてくるクロウだが、今日は普段と出で立ちがまるで違う。
普段のクロウは平服で動き回っているのだが、今日は聖務院の礼装を身に纏っており、16名、1個小隊程の部隊を引き連れている。
連れている部隊は揃いの軽鎧に兜、その上に青色のコートを着ている、聖務院聖監察兵団の小隊だ。
小隊長の青年は槍を装備し、他の隊員はハルバートを装備しているが、長弓を持つ者が3人、実戦的な編制の小隊だ。
それよりも、クロウが連れている別の人物にゼロ達は驚かされた。
クロウが連れていたのはセイラとアイリアであった。
クロウと聖監察兵団は魔王討伐に向かったレオン達に合流する2人を護衛しているとのことだ。
クロウの横にいるセイラは普段の神官服ではない、高位の司祭が着用するような白銀の法衣を身に纏い、シンプルながら高貴な杖を持っている。
アイリアも今までの革鎧でなく、機能的な軽鎧を着用している。
クロウはゼロ達に説明した。
「この度セイラ様は正式にシーグル教の聖女として認められました。それに伴ってアイリアさんはセイラ様の直近護衛士に任じられたのです」
セイラはまだまだ経験の足りない神官であったが、その実直で慈悲深い人柄、砦攻防戦で聖女を演じた実績の他に地味ながら実績を積み重ねてきたこと、更に聖騎士であるイザベラとアランの推薦を受けて聖女の候補に選ばれた。
そして、シーグル教総本山にてシーグル神の神託を授かり聖女に任じられたとのことだ。
セイラはゼロ達に向かって額の前に杖を水平に掲げて僅かに腰を落とす神式の儀礼に則って拝礼した。
「あの、この度シーグル教の聖女に命じ、任じられました。まだまだ未熟者でありますが、皆さんとの経験を基にこれからも頑張っ、精進してまいります」
高貴な装束を身に纏っても相変わらずなセイラであった。
「私もセイラも大層な任を任せられてしまいましたが、この世界の危機に私達でも出来ることがあるならば全力でやろうって決めたんです。セイラが聖女として魔王に対峙するならば私はセイラを護るって」
アイリアが2人の決意を説明する。
「私も、聖女なんて畏れ多いんですけど、ゼロさん達やレオンさん達、その他の皆さんが命がけで頑張っているのですから、私も不相応な役でも自分の責任を果たそうと決めたんです」
そう話すセイラは決意に満ちた目をしていた。
「セイラ、立派になったわね」
「そうだな、あの頼り無げながら頑固だった神官が聖女か、大したもんだぜ」
「本当に、半人前も2人ならば一人前って啖呵を切った白等級の2人がね」
駆け出しの頃の2人を知るレナ、ライズ、イリーナも感慨深げに2人の成長を称えた。
そんな中でゼロだけは2人には目もくれず、何も言わずにクロウと情報を交換していた。
「連合軍は多方向から進撃を続けていますが、連邦国と帝国の国境線の守りが固く、攻め倦んでいるのが現状です。国境線を突破できれば魔王の居る城までは一気に進めます。そうなれば勇者、英雄達を突入させて魔王を討ち取ることも不可能ではないのですが。彼女達もそのための貴重な戦力です。味方の士気を上げ、敵の士気を挫き、聖なる力で勇者達を援護してもらうのです」
地図を広げて戦況を説明するクロウ、連合軍の進撃ルートには数万の戦力を有した分厚い防御線が展開されている。
この防御線を突破出来なければ魔王討伐など不可能であるが、このままでは防御線を突破することすら困難だ。
ゼロは地図を睨む。
ゼロ達が潜伏しているのは連合軍の進撃ルートの北方、ゼロ達以外に展開している部隊は無く、まとまった魔王軍部隊もいない。
「仮に、魔王軍数万の内、3割から半数を引きつければ防御線の突破は?」
ゼロの質問にクロウがニヤリと笑みを浮かべる。
「間違いなく突破できます」
「仮に、引き付けた我々が敗北してその部隊が反転したとしたら?」
「問題ありません。速やかに突破し、帝国領に食い込み、討伐隊を送り込めます」
ゼロは腕組みして考え込み、傍らに立つ副官のレナを見た。
レナは真っ直ぐにゼロを見て頷いた。
更に他の隊員を見渡す。
全員が決意の表情で頷いている。
「・・・段取りに5日程かかります。5日後に私達の連隊は陽動作戦を開始して魔王軍を引きつけます。戦闘が開始されたら・・・2日間は戦線を維持して敵を足止めしてみせます」
「十分です。それだけ時間があれば防御線を突破できます」
クロウは立ち上がった。
「そうと決まれば私達は直ぐに出立します。彼女達を一刻も早く送り届けて部隊の士気を高揚させなければなりません」
出発するクロウ達を見送る時、ゼロはセイラとアイリアに声を掛けた。
「初めて一緒に冒険に出てから何年も経ちました。聖職者と死霊術師、互いに対極に居ましたが色々と縁がありましたね。死霊術師の私が貴女達に出来ることは何もありません。ただ、頑張ってください」
セイラの瞳に涙が浮かぶ。
「出来ることならば、聖女なんかではなく、ゼロさん達と一緒に行きたかったです。でも、私の力はゼロさんの役には立ちません。なによりも、私は聖女としての責務から逃れるつもりはありません。これは他人にはどう思われようと自分の役割に誇りを持つゼロさんから学んだことです。その誇りを胸に私も全力を尽くします。・・・ゼロさんに聖なる祈りを捧げることはできません。ですので、私達セイラとアイリアが皆さんの無事を願っています。また、風の都市で会いましょう」
「はい、その時にはギルドの食堂で何でもご馳走しますよ」
セイラとアイリアはクロウ達に護衛されて連合軍に合流すべく旅立った。
「セイラ、貴女、ゼロさんに憧れていたでしょう?」
ゼロと別れて涙を流すセイラを見たアイリアが声を掛けた。
「・・・はい。でも、私とゼロさんは互いに近づいても決して交わることのない道を歩む者です。それに、もう手遅れ。私の入り込む隙はなさそうです」
寂しそうに笑うセイラの肩にアイリアはそっと手を添えた。
その2人の会話を聞かされたクロウと聖監察兵団の隊員は揃って聞いていないふりをした。