捕らわれた人々を救え1
「私が1人で町に潜入します」
ゼロが計画を口にした途端
「「ダメ!」です!」
ゼロ以外の全員が却下した。
「お前は隊長としての自覚があるのか?」
とオックスやライズが吠える。
「あまり先走って考えないで。ゼロだけが危険を担う必要はないのよ」
イリーナとリリスがゼロを諭す。
レナに至っては呆れて何も言えない様子だ。
そんな中でイズとリズはゼロの計画に理解を示した。
「確かに敵の懐に潜入して内と外から仕掛けるのは良い作戦だと思います。まして、敵の拠点に多数の救出すべき人々がいるならば尚更です」
「でも、だからといってゼロ様1人では行かせられません。私と兄様が一緒に行きます」
2人の提案にゼロは顔をしかめた。
「いや、2人が一緒にくる必要は・・」
しかし、2人は頑として引かない。
「何と言おうと私達はついて行きます!」
「それに、私達が一緒に行けば敵を欺くことも容易いでしょう。私と兄様は生粋のダークエルフなのですから」
リズの言葉にもゼロは納得しなかったが、レナを始め他のメンバーに押し切られて2人を同行させることにした。
かくして3人は目的の町に入り込むことに成功した。
町に潜入したのはゼロ達だけではない、姿を隠しているが、5体のスペクターが情報収集に当たっている。
オメガが得た情報から組織と取引きをしているのは魔王軍であることが判明している。
そして商品として魔王軍に買われた人々が禍々しい実験により魔王の兵士に作り替えられていることも分かっていた。
ゼロ達は魔王軍に扮して町に潜入した。
「まずは、頭目に会わせて貰おう」
ゼロは案内の男に申し向けて町の中の拠点に向かった。
頭目のいる屋敷は町の中央、元は町の代表者の住んでいた屋敷だった。
そこでゼロ達を待っていたのは一見して狡猾な商人のような雰囲気の男だった。
その背後にはボディーガードと思われる屈強な男が3人。
聞くところによると目の前の男は頭目ではなく、その腹心の部下で組織の事務経理から取引きの全てを任されているとのことだった。
頭目は魔王軍といえどもおいそれとは人前には姿を見せない慎重な性格のようだ。
「ようこそおいでくださいました。貴方様は初めてのご訪問ですね。まずは自己紹介を・・」
「不要だ。貴様の名を聞くつもりはないし、私の名も詮索するな」
ゼロは男の言葉を遮った。
「早速確認したい。今納品可能な商品はどれほどある?」
無表情で訊ねるゼロに苦笑しながら肩を竦めた男は1枚の書類を差し出した。
「こちらが伝票です」
ゼロが目を通すとそこには捕らわれている人間やエルフ達の性別、年齢等が細かく記されていた。
そこに記載されていたのは142人分の情報だった。
「142か。少ないな?」
ゼロは男を睨みつけた。
男はゼロの視線に驚くような素振りも見せない。
「申し訳ございません。仕入れのルートがことごとく潰されまして、仕入れが滞っています。今は仕入れ組織の再編中ですので今暫くお待ちいただきたいのです。私達も危ない橋を渡っていますからね。慎重にもなります」
ゼロは頷いた。
「仕方あるまい。しかし、商品の質はどうだ?使い物にならずに兵達の餌にするために高い金を払うわけにはいかんぞ?」
「それはご安心ください。商品の管理は徹底しています」
「直接確認してもよかろうな?」
「それはもう。ご存分にご覧ください」
ゼロはイズとリズを従えて屋敷を出た。
笑顔でゼロ達を見送った男は密かに自分の配下に後を追わせた。
ゼロは町の中を歩き、捕らわれた人々の様子を確認して回った。
彼等は町に点在する倉庫に監禁されていた。
「伝票と相違がないか確認しろ」
ゼロは背後のイズに命令する。
「数だけ揃えても役に立たなければ話にならん。商品の状態も確認しておけ」
「はっ!」
徹底して魔王軍を演じながら町の状況を把握する。
値踏みするように倉庫内を見るゼロ達の姿に捕らわれた人々が恐怖の表情を浮かべるがゼロは全く意に介さず冷たい表情のままだ。
「いくらか健康状態が悪い不良品が混ざっています。10人程度です」
イズが体調不良者を把握する。
「その程度は仕方あるまい。実験に耐えられなくとも兵達の餌にすればいいだろう」
その間にもリズは町にいる組織の戦力と配置を頭に叩き込む。
スペクターも情報収集に当たっているが情報の精度を上げるためだ。
町を一回りしたゼロ達は男の待つ屋敷に戻った。
「如何でしたか?商品の質は?」
「悪くはないが、不良品が混ざっている。10人は役に立ちそうにない」
ゼロが冷徹に伝えるが、やはり男に動揺はない。
相当な場数を踏んでいるのだろう。
「それは手厳しい。それでしたらその10は不良品としてこちらで処理させていただきます。ただ、その分納品数は減ってしまいますが、ご容赦ください」
「いや、不良品も引き受けよう。但し相場の3割だ。加えて移送用の馬車も用意して貰おう」
そう言うとゼロは男の前に金貨の入った袋を放り投げた。
「手付け金だ。残りは商品と引き換えだ」
男は袋の中の金貨を確認してニヤリと笑った。
「承知しました。で、納品は何時に?」
「明日の夕刻だ。私の配下が明日の夕刻に到着する。そうしたら商品を受け取って出立する」
男は頭を下げた。
「それでしたら今宵はこちらの屋敷の向かいに宿屋があります。今は私共の組織の幹部や特別なお客様のために使用しています。そちらでお休みください。そちらのご婦人には別の部屋をご用意・・」
「無用だ。この2人には私の身の回りの雑務をさせている。1部屋だけ借りよう。食事も不要だ」
ゼロはそれ以上は多くを語らずに屋敷を出た。
宿の部屋に入ってもゼロは気を抜かなかった。
余計な言葉は一言も発さず、オックス達に状況を伝える手紙を書いた。
そしてオメガを召喚すると手紙を託す。
「商品の移送計画だ」
ゼロに渡された手紙を受け取るとオメガは霧になって姿を消した。
「お前達も休め」
イズとリズはそれぞれベッドには入らず、椅子に腰掛けて目を閉じた。
休めるときに休むとはいえ、敵地の真っ只中で横になって休むつもりはないようだ。
ゼロは備え付けてあった机に地図を広げて救出後の脱出路について思案し始めたが、1刻ほど過ぎた頃だろうか、不意に部屋のドアがノックされた。
反射的にイズ達が剣に手をかけるがそれを制してゼロはドアを開けた。
そこにいたのは腹心の男の使いの者で、取引きのことで男がゼロに用件があるとのことだ。
「お前達はここで待機しろ」
ゼロはイズとリズを部屋に残すと召喚したアルファを伴って男の待つ屋敷に向かう。
ゼロが案内されたのは昼間とは別の部屋、男の執務室だったが、部屋に入ったゼロは違和感を感じた。
部屋全体に魔法が施されている。
アルファによれば音を遮断する魔法で密会の場でよく使われるものだ。
その部屋でゼロを出迎えた男はゼロの背後に立つアルファを一瞥して薄い笑みを浮かべるもそれ以上は詮索するようなことはしなかった。
「夜分にお呼び立てして申し訳ありません。取引きの内容で些か懸案事項がありまして」
笑みを浮かべながら男はゼロに謝罪の言葉を述べた。
「構わん。取引きに万全を期すのは当然のことだ」
ゼロの言葉に恭しく頭を下げた男だが、頭を上げた時、男の表情は刃物のような鋭さに満ちていた。
「ありがとうございます。それでは単刀直入にお伺いします。貴方様は魔王軍ではなく王国から来た解放軍の方ですね?」
男の目は真っ直ぐにゼロを見据えていた。