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職業選択の自由1 ~ネクロマンサーを選択した男~  作者: 新米少尉
職業選択の自由
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雪山の夜

 砦を出発したゼロ達は北の砦を経由して雪山に分け入った。

 深い雪を掻き分けながら進むため行軍の速度は否応なく低下してしまう。

 この険しい雪山を抜けるには1日や2日では到底無理だ。

 それどころか無事に抜けられるかどうかすら分からない。

 それでもゼロ達は躊躇することなく進む。

 物資の大半をアンデッドに運ばせ、休息を取るとなればアンデッドの工作部隊で雪洞を掘り、夜営地を構築する。


「すごいな、アンデッドをこんな風に活用するとはな」


 夜営地構築のために動き回るアンデッド達を見てオックスが感心する。

 リリスやライズ、イリーナも同様だが、レナやイズ、リズにしてみれは見慣れた光景である。

 元来使役者の命令に忠実に動くアンデッドは戦闘だけでなく、輸送や工作作業に非常に適しており、曲がりなりにも熟練のネクロマンサーであるゼロはそのようなことは十分に理解して効率良くアンデッドを使いこなしているのだ。

 今、ゼロの指揮下で動き回っているのは下位アンデッドであるスケルトンのみ。

 このような単純作業に中位や上位アンデッドは必要ないのである。

 現に彼等は瞬く間に幾つもの雪洞を拵えただけでなく、雪を掻いて地表を露出させ、調理や食事を取る空間まで作り上げていた。

 しかし、アンデッドにできるのはここまでで、食事の用意等の細かな作業は自分達でしなければならない。

 尤も、流石に死霊達が調理をできたとしてもそれを口にするのは憚られるところだ。

 とりあえず今宵の食事は持参した保存食で軽く済ませることにする。

 ゼロはスケルトンを戻すとオメガ、アルファと数体のスペクターを召喚して周囲の警戒に当たらせた。


「彼等が警戒しますので見張りの必要はありません。夜明けまでゆっくりと休んでください」


 そう話すゼロだが、オックスやライズ達にとってゼロと行動するときのこれが一番助かるのだ。

 ゼロのアンデッドが警戒してくれるので、よほどのことが無い限り夜通しの見張りをしなくてよい。

 これのあると無しでは旅の疲労の蓄積が段違いなのだ。


 食える時に食い、休める時に休む。

 冒険者の鉄則に倣って皆は軽い食事の後にそれぞれ雪洞の中で休み始めた。

 皆が寝静まる中、ゼロは1人空を眺めていた。

 周辺の見通しの良い丘や木の上にはオメガとアルファが警戒に立ち、夜営地の外周では3体のスペクターが漂っている。

 音すらも周囲の深い雪に吸い込まれたように静まり返っている。


「また星を見ているの?」


 空を見上げるゼロの背後に立つレナが声をかける。


「はい、今回の戦いで私は初めて共に戦った仲間を失いました。彼等が無事に輪廻の門を潜って星になれたのかと思いまして」

「そう・・・」


 どこか寂しそうに話すゼロ、失った仲間に思いを馳せるゼロにレナは少なからず嬉しさのような気持ちを感じた。

 しかし、続けて話すゼロの言葉に息を飲んだ。


「・・・何も感じませんでしたよ。リンツさんの死の瞬間を目の当たりにしても私の心は何も感じませんでした。共に戦った仲間なのに、ですよ。死にゆくリンツさんをただ見下ろしているだけでした」

「・・・」

「私は今まで自分は人と死生観が違うことは理解していたつもりでしたが違いました。私には人としての感情そのものが無かったようです・・・」


 レナは淡々と話すゼロの言葉を直ぐに否定することができなかった。

 長くゼロと共にいて誰よりもゼロを理解しているつもりだったが、それはレナの思い上がりだった。

 レナが知ったつもりでいたゼロは怒れば声のトーンが低くなる、レナにお説教されれば挙動不審になる、レナやシーナ、親友のマイルズや他の者との会話で笑みを浮かべることもあった。

 そんな中であまり感情を表に出さないのも感情の起伏が乏しいだけだと思っていた。

 しかし、今のゼロの背中を見て、ゼロの話しを聞き、そして今までのゼロの行動を顧みてレナは全てを理解した。

 ゼロは感情の起伏が乏しいのではない、だからといってゼロが言うように感情が全く無いというわけでもない。

 ゼロは感情という人としてごく当たり前の心を知らないのだと。

 自然とレナの瞳から涙が零れた。

 ネクロマンサー故に死というものを恐れていないゼロをあちら側に行かないためその背中について来た。

 ゼロが最後の一歩を踏み出す前に自分が止めるのだ、と心に決めていたのだが、そんなものはゼロのことを理解したつもりで何一つ理解していなかったレナの思いの押し付けでしかなかった。

 このままではゼロがあちら側に行ってしまうのを止めるなんて到底できるはずもない。


「ゼロ、振り向かないで聞いて」

「はい?」

「貴方がドラゴン・ゾンビに挑もうとした時に私を刺しなさいと言ったことを覚えている?」

「はい」

「あの時貴方は私にそんなことできるわけない!って言ったのよ。それは大きな声で」

「そうでしたね」

「あの時、貴方は私に死んで欲しくないと思ってくれたんじゃないの?」

「・・・」

「貴方が国の命令を受けて北の砦に向かったのも、シーナさんやモースさん達を守るためではなかったの?」

「・・はい」

「北の砦からこの雪山を抜けて私やイズやリズ、オックスさん達を助けに来てくれたんじゃないの?」

「そう・・ですね」

「それが貴方の気持ちではないのかしら?」

「よく分かりません」


 レナはゼロを背中から抱きしめた。

 ゼロは夜空を見上げたまま微動だにしない。


「ゼロは私やシーナさん、リズや他の皆が死ぬのは嫌ではないの?」

「それは想像もできませんし、考えたくもありません」

「貴方は理解していないかもしれないけど、その気持ちが感情なのではないかしら?」


 レナは一層強くゼロを抱きしめた。


「分かる?今私は貴方を抱きしめて、とても感情が高ぶっているのよ」

「私には、よく分かりません」

「今は分からなくていいの。ただ、これだけは覚えておきなさい。私、シーナさん、リズ、その他に貴方を取り囲む沢山の人々が貴方が無事でいることを願っている。その縁を築き上げたのは他でもない貴方自身だってことを」


 レナは背中から離れてゼロの前に回り込むと、真っ直ぐにゼロの目を見すえた。


「少しずつでいいわ。覚えていきなさい。私が何時までも付き合ってあげる。それまで何があっても貴方をあちら側には行かせはしないわ」


 そう言ってレナは背伸びをしてほんの一瞬、ゼロの頬に口づけをした。

 そしてそれ以上は何も言わずに走り去っていった。

 1人残されたゼロは再び夜空を見上げた。

 そこには無数の星達が美しく輝いていた。

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