死闘
「セイラさんは広範囲浄化が使えると言ってましたよね?」
「はい、でも、効果範囲は3メートル四方位だし、効果時間も5分も持ちませんよ」
「それで十分です」
ゼロは頷く。
「今から手順を説明します」
ゼロの考えた案はこうだった。
セイラの広範囲浄化を広間の入口に掛けた上で扉を開放する。
広間から溢れ出てくるゾンビは広範囲浄化に捕らわれて浄化されるので、セイラの力が続く限り掛け続けてゾンビの絶対数を減らす。
広範囲浄化の効果が切れたら先ずはゼロが召喚したスケルトン2体を突入させて入口付近に集まっているゾンビを押し戻して戦闘空間を構築する。
最後にゼロとライズが突入して戦闘に参加、直ぐに脱出出来る位置で戦いゾンビを掃討する。
ゾンビをある程度減らしたら広間内にセイラと護衛のスケルトンウォリアーが突入して奥に居るであろうアンデッドネクロマンサーに対して浄化の祈りを掛ける。
セイラの祈りでは浄化できないが、少しでも弱体化し、最後はゼロがとどめを刺す。
「思いつくのはこんな感じです」
ゼロの説明にライズが疑問を投げかけた。
「しかし、アンデッドのネクロマンサーにとどめを刺すって、ゾンビみたいに頭を吹っ飛ばすのか?だとしたら、最初から俺とゼロとイリーナでぶつかればその程度はいけるんじゃないか?」
「いえ、リッチだとそうはいきません。本来ならば強力な浄化が効果的なんですが、セイラさんの力ではそこまでは無理です」
「私の浄化ではダメ、ですか?」
「弱体化させることはできますが、完全に浄化は無理でしょう。そこで、私が弱体化したところを乗っ取り、冥界の狭間に引きずり落とします。これは死霊術師の私にしかできませんし、この方法しか思いつきません」
「なるほどな、ネクロマンサーならではの手段か」
しかし、黙って聞いていたアイリアが口を開いた。
「作戦は分かりましたが、もしかして、それだとゼロさんが危険なんじゃないですか?」
「私もそう思うわ」
イリーナまでも口を開いた。
「エルフやハーフエルフの私達は生まれつき精霊使いの力を持っているから分かるんだけど。相手を支配するのって、相手が格下だからよね?でもこの中に居るアンデッドのネクロマンサーはゼロよりも格上の魔力を持っているんじゃないの?」
セイラはハッとしてゼロを見た。
「確かに、私よりも格上の相手ですね。だからセイラさんが弱体化してくれなければ相手を乗っ取るのは無理です」
「じゃあ、そんな策は避けた方がいいだろう」
ライズも首を降ったが、ゼロの表情は変わらなかった。
「確かに一か八かの策です。しかし、私には他の案が思いつきません。もしも何かいい案があるならば修正しますが、思い付きますか?」
ゼロを除く4人は何も答えられなかった。
「私の案に乗るしかないようですね?」
「分かった。ゼロに任せる。ただ、無理はするな。ダメなら全員で脱出するぞ。分かったな?」
「分かりました。では始めましょう。セイラさん、準備はいいですか?」
「はい、全力を尽くします」
セイラは扉の前に立ち、祈りを始めた。
彼女の背後には護衛のスケルトンウォリアーが待機する。
セイラに危険が及んだ場合は浄化の範囲に飛び込んででも彼女を守る構えだ。
彼女の霊力が高まってくるのに合わせてゼロは扉に手を掛けた。
「シーグルの女神よ、慈悲の力をもってこの場に浄化の光を照らしたまえ」
セイラの広範囲浄化が発動すると同時にゼロは扉を開放した。
中から無数のゾンビが溢れ出てくるが、広範囲浄化の範囲に捕まった途端に次々と光に吸収されていく。
確かにその範囲が狭いため開けた空間では効果も薄いだろうが、扉の周囲に張られた浄化は外に出ようとするゾンビを例外なく捕らえる。
また、イリーナとアイリアはセイラの背後から矢を射て彼女を援護する。
ゼロはスケルトンを召喚して、自らも剣を抜いて突入に備える。
ライズも剣を手に油断なく構えている。
セイラの言った5分を越えても効果は続いたが、やがて限界の時がくる。
パキンッ!
ガラスが割れるように範囲の光が砕け、セイラが膝をついた。
「スケルトン、突入しなさい」
ゼロの命令を受けて2体のスケルトンが広間に突入して入口付近のゾンビに襲い掛かって押し戻した。
「空間が空きました、ライズさん、行きましょう」
「おうっ、行くぜ」
スケルトンに続いて広間に突入した2人は左右に分かれてゾンビに切りかかった。
イリーナとアイリアも入口付近で援護に回り、セイラは次の祈りに備えて乱れた呼吸を整えて精神を集中した。
広間の中ではライズとゼロ、スケルトンによる激闘が繰り広げられていた。
ライズは無駄な動きなく次々とゾンビの首を切り飛ばし、時に叩き潰す。
ゼロもライズ程ではないにせよ研ぎ澄まされた剣技でゾンビを切り倒す。
そんなゼロ達に次々と襲い掛かるゾンビの群れ、広間の奥にはボロボロのローブを纏った1体のアンデッドがゾンビを召喚し続けている姿が見える。
ゼロ達が突入してから召喚のペースが早まっていて、倒す数と召喚される数がほぼ拮抗している。
どうやらリッチは虚ろな意識でゼロ達を排除すべきものだと認識したようだ。
それは激闘ではなく死闘だった。
普段はアンデッドを温存して使役するゼロにその余裕は無く、いつの間にか2体のスケルトンはゾンビの群に飲み込まれていた。
セイラの護衛のスケルトンウォリアーも入口に陣取り、ゼロ達の間を抜け出たゾンビと戦っている。
そんな中、イリーナが渾身の力を込めた矢をリッチの眉間に向けて放った。
彼女のとっておきの1本、霊木から切り出した矢だったが、その効果は絶大だった。
リッチを倒すことは出来なかったが、召喚の手が止まった。
「今です!」
「よし、全員で前進だ!セイラを守れ!」
5人とスケルトンウォリアーは一丸となって前進した。
この時はアイリアもショートソードで戦いセイラを守る。
ゾンビを倒しながらゆっくりと前進してリッチの前まで到達する。
「シーグルの女神よ慈悲の力を持ってこの者に浄化の光を」
浄化の光に包まれたリッチは逃れようと暴れるが、浄化の光に縛られて身動きが取れない。
その間もライズ達は周囲のゾンビを倒し続け、徐々に掃討しつつあった。
残されたゾンビは数体、ここまで減らせば後はライズとイリーナ、スケルトンウォリアーだけでも対処できる。
ゼロは剣を収めてセイラの背後で精神を統一する。
セイラは浄化の祈りを二重、三重に掛けてリッチを縛るが、ゼロの予測どおり浄化することはできない。
やがてセイラは霊力が底を尽き、意識を失った。
意識を失って倒れるセイラをアイリアが受け止める。
浄化の光から解放されたリッチは再び魔力を滾らせ始めた。
「させません!生と死の狭間より這い出し虚ろなる者よ、我の力に屈し、支配の加護に下れ」
ゼロの魔力とリッチの魔力が真っ向から激突した。
互いが互いを屈伏させようと激しい応酬を繰り広げる。
「クッ!これはっ、キツいですね!」
激しい魔力の衝突に周囲の空気が帯電する。
その間に周囲のゾンビはライズ達が完全に掃討した。
「ゼロ!こっちは終わったぞ。今行く!」
ライズがゼロの応援に回ろうとするが、それをゼロが制止する。
「近付かないで!私の周りから離れてください!」
「なんだと?」
「今、私と奴の間には死霊術師の持つ特殊な力が渦巻いています。この渦に捕らわれたら精神が壊されます」
イリーナが牽制の為に矢を射るも、放たれた矢が魔力の渦に捕らわれて弾け飛ぶ。
力で押し負けつつあるゼロがジリジリと後退し始める。
ゼロの力が行き届かなくなり、セイラの守りに付いていたスケルトンウォリアーが顕現化を維持できなくなり姿を消した。
「ゼロ!無理だ、一旦引くぞ」
意識を失ったセイラを担ぎ上げたライズが叫ぶ。
しかし、ゼロは離脱する様子がない。
「ゼロ!無理しないで脱出するわよ」
「無・・理です。今私が力を抜けば一気に押し切られて私の精神が潰されます。そうすると奴の力が暴走してこの墓地もろとも崩れてしまいます」
ゼロとリッチの周囲の渦がより激しさを増す。
「こう・・なったら、皆さん先に脱出してくださいっ!」
ゼロが叫んだ。
「バカを言うな!仲間を見捨てて逃げられるか!」
「そうよ!こうなったら全員でかかれば!」
ゼロは振り返ることなく首を振った。
「早く!離脱してください!私1人なら何とかなります。皆さんが逃げてくれないと次の手が打てません!」
「次の手?何か考えがあるのか?」
「はい、大丈夫です!早くっ!」
ライズとイリーナは頷き合った。
そしてアイリアにも目配せする。
「分かった!お前を信じるぞ!」
「絶対に戻ってくるのよ」
「ゼロさん。外で待ってますよ」
3人の声に一度だけ視線を送ったゼロは笑みを浮かべた。
「行ってください。外まで立ち止まらずにっ!」
ゼロの声を合図にライズ達は広間を飛び出し外へ向かって一直線に駆けて行った。
それを見届けたゼロはリッチに向き直った。
「さて、ああは言いましたが、正直策なんてありませんがね。ただ、此処からは周りを気にしないでいいので遠慮は無しです」
ゼロは集中して一歩一歩リッチの魔力を押し戻し始めた。
そして、同時にゼロはあるものを探していた。
「さて、どこにあります?貴様に力を与えている源は」
ゼロは地下墓地に侵入した時から気付いていた。
低級のゾンビしか召喚しないリッチの力はそう強くないと。
ゼロよりは上だろうが、それでもそれ程の力の差はないはずだ。
違いがあるとすれば魔力の総量だが、それが異常に多すぎる。
つまりは、リッチに魔力を与え続ける何かが在るはずだ。
既にゼロは限界を越えていて身体の至る所で血管が破れて皮膚が変色している。
口元からも血が流れる。
「?・・・そこですか!」
それはリッチの背後にある棺だった。
この地下墓地に眠る主である古い貴族の棺なのだろうが、其処に埋め込まれた赤い宝石がリッチに魔力を送り込んでいる。
おそらく力のないただの装飾品だった宝石が長い年月に地下の瘴気に晒されて変質したのだろう。
「あれを破壊すれば、貴様を屈伏させることができそうですが、魔力が暴走して天井が抜けますよね。それでも、このまま長引けば私の方が先に力尽きます。他に手段はありませんね」
ゼロは残された魔力を全力で正面から叩き込み、リッチが僅かに怯んだ瞬間にその懐に飛び込んで蹴り飛ばすと腰から取り出した鎖鎌を力の限り宝石に叩き込んだ。
ゼロの鎖鎌が宝石に食い込み、宝石が砕け散った瞬間、宝石の魔力が爆発的に暴走してゼロを吹き飛ばし、広間の入口付近の壁に叩きつけた。
リッチは魔力の暴走に巻き込まれて跡形もなく崩れて落ちた。
更に周囲の壁や天井の所々が崩れたり崩落し始めた。
壁に叩きつけられたゼロは倒れたまま動かない。
頭からおびただしい量の血が流れ、石畳を赤く染めていった。
ここに死闘は終結を迎えたが、勝者であるはずのゼロも立ち上がることは出来ず、倒れたままだった。