多忙な日々
新人冒険者救出から2ヶ月、ゼロは多忙な日々を送っていた。
朝一番でギルドに顔を出し、余り物の依頼をこなす。
変わりのない毎日のようだが、受けられる依頼の幅が狭くなってしまっている。
今のゼロには剣がなく、物理的攻撃は鎖鎌に頼るしかない。
鎖鎌も使い慣れた武器ではあるが、洞窟等の狭い場所での戦闘には向かない。
必然的に開けた場所での依頼が中心になる。
それでも狭隘な場所での戦闘に追い込まれれば魔法戦闘に頼るしかない。
ネクロマンサーなのだからアンデッドに戦わせればよいと思われがちだが、それでは自らの戦闘技術が向上しない。
たしかに経験値は上がるが、それはネクロマンサーとしての技量のみが上がってしまう。
冒険者として、しかも単独での冒険を続ける以上はアンデッドに頼らずとも戦えるだけの技量は必要不可欠なのだ。
そんなわけで、今日も田舎の村に出没するオークを討伐する依頼を受けていた。
「さて、こんなものですか」
村に出没した8頭のオークを討伐したゼロは鎖鎌を片手に周囲を見渡した。
彼の傍らにはスケルトンが2体控えていた。
地味ながら実戦を重ねて僅かながらネクロマンサーとしての技量が上がった今のゼロならばあと2体か3体のアンデッドを召喚することが出来る。
しかし、あえて2体に抑えて自分も前衛に立つことで自らの実戦経験を重ねていたのだった。
ゼロの背後に控えるスケルトンは2体。
1体は槍を持った通常のスケルトンだが、もう1体はサーベルに簡素な革鎧を着たスケルトンウォリアーだった。
ゼロは振り返ってスケルトンを見た。
スケルトンウォリアーは右目の部分に傷があった。
「最近、スケルトンを呼ぶと毎回のように貴方が来ますね。しかも、いつの間にかクラスチェンジまでして」
ゼロの背後で跪くスケルトンウォリアーはゼロが以前からスケルトンを召喚すると真っ先に現れる個体で、戦闘を繰り返した結果、スケルトンの上位種であるスケルトンウォリアーにクラスチェンジしていたのだ。
「何を好き好んで私の召喚に応じているのやら・・」
ゼロの独り言にスケルトンウォリアーは音もなく頭を垂れた。
今回の戦闘でゼロが倒したオークは4体、残りの4体を2体のスケルトンが倒していた。
「さて、帰りますか」
ゼロは鎖鎌を収めると都市への帰路についた。
ゼロが風の都市に来て約半年、ただひたすらに依頼を受けて戦いの日々を過ごし、青色等級の冒険者として実績と経験を積み重ねてきた。
相変わらずゼロの周りに集う者はいないが、愚直な彼の姿勢と依頼の達成率の高さからギルドでの信頼は確立しつつあった。
風の都市に戻ったら明日もまた依頼を受けて冒険に出る。
たしか、辺境の街からの魔物駆除の依頼が余っていたはずだった。
だがその前にモースの鍛冶屋に行く必要があった。
風の都市に戻り、ギルドに依頼達成の報告を済ませたゼロがモースの鍛冶屋に立ち寄ったのは日が暮れた後だった。
「おう、注文の剣ができとるぞ」
モースはカウンターの上に一振の剣を置いた。
ゼロは鞘を払って剣を改めた。
その剣は適度な反りの入った片刃の剣で、サーベルよりも幅があり重厚な作りになっていた。
柄は片手でも両手でも握れる適度な長さ。
そして何よりゼロの手にしっくりと収まるバランスと、その刃の鋭さが試し斬りをしなくてもその切れ味を物語っていた。
「これは、素晴らしい剣です」
「ハッハッハ!儂も久しぶりに鍛えがいのある剣だった。満足のいく仕事ができたわい」
「値段を聞くのも怖いような気がしますが、一体幾らになりますか?」
モースですら事前の見積もりを出せなかった特殊な製法の剣だけに、値段も相当な額になることを覚悟していた。
モースも足りない部分は分割払いを了承している。
「そうよの。店に並べる汎用品じゃないからの。総額で8万レトってとこか?」
「えっ?」
ゼロは予測していた金額よりも一桁安い額に拍子抜けした。
「あの、確かに高額ではありますが、それにしても安過ぎではありませんか?稀代の名工に鍛えて貰ったのですからもっと。いや、私は非常に助かりますが」
ゼロの言葉にモースは不思議そうな顔をする。
「何を言っとる?儂が鍛えたのはただの剣じゃ。それ以上でも以下でもない。後ろを見てみんかい、儂が打ったロングソードの値段を」
確かに店に並ぶ剣の値段は高いものは数十万レトから値段のついていないものまであるが、下をみると1万レトから3万レト程のものが数多くある。
それもモースが鍛えたものだ。
「勘違いしとるようだがの。剣の値段なんてそんなもんじゃ。ここにある値段の高い剣は装飾や拵えに拘ったもので、王族なんかが持つようなもんか、材料に魔鉄や宝玉を使った特別な剣じゃ。儂はそんな剣も鍛えるがの、儂は鍛冶師じゃ。儂が主に鍛えるのは戦いの剣。戦いに使えば折れる、曲がるの消耗品じゃわい。お前さんの剣も鋼や砂鉄等の材料は厳選したし、実戦向きに鍛えたからそう簡単には折れたり曲がったりせんが、所詮は道具に過ぎんわい」
モースもまた自分の仕事に純粋な職人だった。
「儂が鍛えるのはそういう剣じゃ。魔力の込められた魔剣だの聖剣が欲しくば儂よりも腕のいい職人はいくらでもいるぞ」
ゼロはモースの言葉に感銘を覚えた。
確かに8万レトは高いが、貯えで払える額でもある。
その上で自分の剣術に合う剣が手に入るならば安い買い物だ。
「儂の剣が気に入ったならば、何時でも来るがいい。儂が鍛冶場に立てる間は打ち直しでもいくらでも面倒をみるぞ」
「それは心強いです」
ゼロはなけなしの貯えと引き換えにようやく新たな剣を手に入れた。
ゼロの多忙な日々はまだまだ続きそうだった。
「ところで、ゼロさんよ。お前さんが腰に収めているもう一つの得物はなんじゃ?良かったら見せて貰えるか?」
剣を受け取り、店を閉めたモースに誘われて鍛冶場で酒を酌み交わすことになった。
その会話の中でモースはゼロのローブの下、腰に別の武器を収めていることを見抜いていて、その武器に興味を持ったのだった。
「気付いていましたか。構いませんよ」
ゼロはモースに愛用の鎖鎌を差し出した。
「鎖鎌か。むっ?これもなかなかに面白い得物じゃな」
鎖鎌を手に取ったモースはニヤリと笑った。
ゼロの鎖鎌は鎌というにはあまりにも重厚すぎた。
剣と違って切れ味は二の次にし、分厚い鎌を叩き込むか、鎌の後ろのスパイクで殴りつけるか、どちらかと言えばメイスのような打撃武器と似た使い方をする代物だった。
「なる程、この鎖鎌は耐久性を重視しとるわけか」
「はい、乱戦の中で武器が使えなくなるのは命取りですから」
「どこまでも戦いの道理に拘ったわけか。それに、この分銅の細工も面白いの」
モースにしてみれば、このような武器やその話しが最高の酒の肴だった。
翌日、宿酔いで顔色の悪いままギルドに現れたゼロはシーナに叱られた上に受けるつもりだった依頼を斡旋して貰えず、予定外の休日を過ごす羽目になった。