小地竜の襲来(中編)
それからしばらく経ち、陣地が完成する。
魔法を使っているせいか、急ごしらえとは思えないほど、しっかりとしたものになっていた。
まず、小地竜が向かってきている方向には長くて深い堀が作られ、その下には鋭い杭が何本も立てられている。
堀のこちら側には、ちょっとした広場くらいのスペースが作られ、そこで近接武器を持った人たちが戦えるようになっている。
さらにその奥には、土が高く盛られ、遠距離攻撃をする人のために見通しが確保されている。
大体10メートルくらいだろうか。ちょっとした丘くらいの高さがある。
土魔法で作られたその丘は、ちょっとやそっとの衝撃では壊れないほど固く作られているそうだ。
さらに、小地竜の襲来が予想される方法は垂直に切り立っているが、反対側には上り下りしやすいように、なだらかな傾斜が作られている。
丘の一番奥側にはテントが何張りも張られ、負傷者の手当てや休憩ができるようになっている。
街中からかき集めてきた回復薬も大部分がそこに置かれているそうだ。
「よし、全員配置に付け」
ギルマスの大きな声が戦場に響く。
その声を合図に、全員が動き出した。
大きな盾を持った冒険者が最前線に、一番後ろに遠距離攻撃ができる冒険者、その間に、それ以外の冒険者が配置されている。
僕とサラは、予定通り上側に配置された。
上から見ると、かなり遠くまで見通せる。
僕の足元には何十本も矢が置かれ、手にも抱えるように矢の束を持っている。
騎士団は僕たちの立っている陣地の後ろの、小地竜から見えない位置で待機している。
チャンスがきたら、陣地を回って横から突撃をするのだそうだ。
配置が完了したのを待つように、遠くに砂煙が立ち上った。
それを見た魔術師が、『フライ』の呪文で垂直に飛び上がる。
その魔術師の様子を固唾を飲んで見守る。
しばらくして、魔術師が降りてきた。
気のせいか、顔が青ざめているような気がする。
「小地竜、確認しました。
あと10分ほどで接敵すると思われます。
数は、およそ1000!」
魔術師が震える声で報告すると、あたりから一斉に呻き声があがる。
中には、腰が抜けたように、地面に座り込む人もいる。
「うろたえるな!
問題はない!」
ギルマスが声を張り上げるが、どこまで効果があるのかわからない。
ほとんどの冒険者の顔は、絶望に染められていた。
それもそうだろう。
小地竜が500でも絶望的なのに、その倍だとは。
僕も、両足が震えるのを止めることができなかった。
「リネール」
僕の横にいたサラが、リネールに呼びかけ、数歩前に進んだ。
リネールが呼びかけに応え、サラの横に並ぶ。
二人におびえたような様子はない。
サラはいつもどおり無表情だし、リネールは柔らかな笑みを浮かべている。
……怖くないのだろうか。
二人の姿に、周囲にいる冒険者の視線が集まる。
「流れが悪い。最初は全力で行く。燃費度外視」
サラは矢筒に入っていた矢を全て抜き出すと、地面に突き立てた。
「ええ、そうですわね。とりあえず士気を高めないと」
リネールは身長よりも少しだけ短い魔術杖を掲げた。
先端にはめられたリネールの目と同じ色をした紅玉が、日の光を反射して輝く。
「用意はいいですの?」
「当然」
サラの返事を聞いたリネールは集中を高め、魔力を集めていく。
そして魔術杖を高く掲げ、魔力を開放した。
「『エンチャント・エクスプロード』!」
魔術杖の先端から、無色透明の魔力が打ち出される。
魔力の塊はふわふわと漂っている。
なんの魔術だろうか?
速度も遅いし、攻撃力はなさそうだ。
「『エア・シュート』!」
空中を漂う魔力の塊に向かって、サラが次から次へと矢を放つ。
あまりの早さに、地面に突き立てられた矢が見る見るうちになくなっていく。
矢が魔力の塊を通ると、矢は微かに赤い光を帯びた。
そしてそのまま、小地竜の群れに向かって飛ぶ。
矢が小地竜に刺さった瞬間、周囲の小地竜を巻き込んで大きな爆発が起こり、砂煙が立ち込めた。
その光景が矢の数だけ、至る所で広がっている。
「すごい……」
全身を打つ爆発音に、一瞬耳が遠くなった。
砂煙が風に流されると、かなりの数の小地竜が地面に倒れ、生き残った小地竜も足を止めていた。
あまりの音の大きさに驚いたのかもしれない。
「さぁ、武器を取りなさい!」
一瞬の静寂が訪れた戦場に、リネールの声が響いた。
「あなたたちの後ろには、銀疾風のリネールと黒疾風のサラがついています!
恐れることはありません!」
リネールの言葉に、歓声があがった。
それまで座り込んでいた冒険者たちも、しっかりと立ち上がり、武器を掲げて叫んでいる。
「よし、後衛は自分のタイミングで攻撃しろ!
前衛は盾を構えて待機だ!」
士気が上がった瞬間を見逃さずに、ギルマスが声を上げた。
後衛から魔法や矢が飛び始め、前衛はしっかりと盾を構えた。
ちらりとギルマスはこちらを見て、軽く手を挙げた。
「まぁ、これで序盤はなんとかなりそうですね」
リネールはギルマスに片手をあげて答えながら、小さく呟いた。
サラがすごいことはわかっていたが、リネールも負けず劣らずすごい冒険者だ。
戦場に悠然と立つ二人は、とても美しく、一枚の絵のようだった。