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サラとチェスター

 地面に倒れている僕と、それを見下ろしている彼女。

 荒い呼吸をしている僕とは対照的に、彼女は汗すらかいていない。


「わかったよ、筋力だけが、運動能力だけが強さじゃない」

 

 僕は服についた汚れを払う。小さな土煙が産まれた。

 筋力と運動能力だけが全てじゃない。そのことはよくわかった。

 けれど、

「それがわかった上で、もう一度言うよ。君を手伝わせてほしい」


 僕は彼女の目を真っ直ぐに見つめる。弱いなら強くなればいい。


「まぁ、それほどまでに言うならいいけど」


「え? いいの?」


 あまりにもあっさり了承されたので、僕は思わず変な声を出してしまった。


「戦い方も全くなってないし、技術は微塵もない」


 言われたことは事実だけど、こうまではっきり言われるとちょっと傷つく。

 まあ、本当に事実だから反論できないんだけどさ。


「でも将来性は認める。運動能力はかなりのもの。後は経験さえ積めば、黒竜と渡り合えるようになるかもしれない」


 そう言うと彼女は僕から目を逸らした。

 思ったよりも高く評価されて、思わず顔が緩む。


「まずは私に勝てるくらい強くなること」

「ありがとう。もちろん、そのつもりだよ」


 僕は表情を引き締めると、決意を込めて頷いた。

 僕は強くなる。

 それがレフカムゾラン様との約束だし、彼女との約束だ。


 彼女は僕に視線を戻すと、手を伸ばした。

 さっきの記憶がよみがえり、僕は思わず身構える。

 彼女は手を伸ばしたまま不思議そうな顔で僕を見る。


「握手」

「あ、ああ。握手ね。もちろんわかっていたよ」

 

 僕は服の裾で汗を拭い、彼女の手を握る。


「僕はチェスター」

「私はサラ」

「よろしく、サラ」


 始めて握る彼女の手は、その表情とは裏腹に、熱い熱を持っていた。


―――――


「これからどうする?」


 僕は彼女の手を離すと、そう尋ねた。僕は現在地がどこかすら分かっていない。


「まずは街に帰る。そしてチェスターの冒険者登録をする」


 サラは弓と荷物を拾い上げると、迷うことなく歩き始めた。


「冒険者登録?」

 

 僕は慌ててサラの隣に並ぶ。


「強くなるには、強い相手と戦うのが一番早い。

強い相手と戦うには、冒険者になるのがいい。情報量が違う」


「そうなんだ。サラは冒険者登録はしているの?」


 サラは荷物の中から一枚のカードを取り出すと、僕に手渡した。


 そのカードはくすんだ銀色をしていて、どこか高級感が漂っている。

 カードの表面にはサラの顔写真と名前、そして大きくランクが表示されていた。


「Bランク?」

「そう」


 サラはこちらを見ようとはしないが、その立耳が得意そうにぴくぴくと動いていた。


「冒険者登録してから2年でここまできた。ここ50年間では最短記録。街だと少し有名」

「最短記録」

「そう。普通は才能がある人でも10年はかかる」


 それからしばらく、冒険者に関する話が続いた。


 冒険者にはGからAAのランクがあり、ランクが上がることによって社会的な信頼度や受注できる任務の難易度、情報の開示具合が上がっていくそうだ。


 AAランクは名誉職のようなもので、実質的にはAランクが最上位なのだという。

 もうすぐそこに手がかかりそうなサラは、確かに才能に恵まれて、更に努力も重ねてきたのだろう。


「強くなるにはどうするのが一番早いの?」


 冒険者の話がひと段落した時に、僕はサラに尋ねた。


「魔物を殺すのが一番効率がいい」

「100の練習よりも1の実戦ってことかな?」

「それもある。けど重要なのは、魔物を殺すと、その魔物が経験してきたことの一部を吸収できること」


 そう言われて、思い当たることがあった。

 レフカムゾラン様を殺した時、僕の中に入ってきたのがレフカムゾラン様の経験なのだろう。


「魔物の経験は、強くなるのに重要。

だから魔物を殺せば殺すほど強くなれる。

あまり強くない魔物でも、倒さないよりははるかにマシ」


 サラは唐突に足を止め、前方を指差した。


「そう、あんな魔物でも」


 サラの指差す方向には、醜悪な小人が大きな木の下で喚き声を上げていた。

 ゴブリンだ。最弱の魔物として、僕でも知っているくらい有名な魔物だ。

 ちょっと体を鍛えている成人男性が10人もあつまれば、一つの群れを壊滅させることができるくらいの弱さだ。


「あれ、全部倒してきて」

「え?僕一人で?」

「もちろん」


 サラは、自分には戦うつもりはありません、とアピールするようにその場に座って弓の手入れを始めた。


「武器は?」


 そのままサラは僕を見上げる。

 自然と上目遣いになり、思わず僕は胸が高鳴るのを感じた。


「これかな」


 僕は平常心を装い、異空間からレフカムゾラン様の牙を取り出す。

 牙を見た瞬間、サラが目を見開いた。


「それ、使わないほうがいい」

「どうして?」

「『強者殺しの概念』が宿ってる」


 そういえば、レフカムゾラン様もそう言っていたな。

 彼くらい桁外れの存在を倒せたんだから、ゴブリンくらい余裕だろう。


 僕がそう言うと、サラは大きく首を振った。


「『強者殺しの概念』が宿った武器は、その武器が強者と認めた相手にしか使うことができない。無理に使うと、すぐに壊れる」

「使い勝手が悪いのか。普通の牙のがよかったな」


 これだけ鋭ければ、概念が宿ってなくても強いだろうし、と僕が続けると、サラは首を振った。


「『強者殺しの概念』なんて、実物は初めて見た。本の中でくらいしか見たことがない。それほど貴重。

自分より格上と何度も戦って、何度も格上を殺さないと宿らない。

普通はそれまでに死ぬ。

たまに古代遺跡から出てくるくらい。見つかったら即国宝」

「そ、それはすごいね」


 僕はおとなしく牙を異次元にしまう。


「剣は使える?」

 

 小剣なら予備のがあるけど、とサラは腰の後ろに手を伸ばした。

 そこに小剣がくくりつけられているのをさっき見た気がする。

でも、

「剣は使ったことがないよ」

 ついこの間までただの村人だった僕に、剣なんて使えるわけがない。


「じゃあ鈍器の方がいい。あなたの馬鹿力なら振り回しているだけでゴブリン程度なら殲滅できる」

「鈍器?」

「そう、鈍器。あなたの力で殴っても壊れないくらい硬い物がいい」


 僕は少し考え込み、異次元から一本の骨を取り出す。

 長さは僕の背丈を少し超えるくらいで、全体的に少し青みがかった色をしている。

 ちょうど僕の手で握りやすい太さをしている。

 レフカムゾラン様の周囲に飾られていた物のうちの一つだ。

 触ってみた感じは、とても硬い。


「その色……どうしたの、それ」

「これ? 拾ったんだけど、これが何か知っているの?」

「多分。エルダーオーガの骨だと思う。特別災害指定種。もしそうなら、すごい価値」

「そうなんだ」


 さすがレフカムゾラン様。特別災害指定種にも勝ってきたのか。

 僕はエルダーオーガの骨を振るう。軽く振っただけなのに、空気を切り裂く音が気持ちよく鳴る。


「これなら行けそうだ。行ってくるね」

 僕はゴブリンの群れに向かってゆっくりと走り始める。

 一歩近づくにつれ、恐怖は薄れ、高揚感すら感じてくる。


 自然と雄叫びを上げていた。

 その声で、ゴブリンが僕に気がつく。

 黙っていれば奇襲が出来ただろうが、そんなことはどうでもいい。

 僕は胸の中から溢れ出る闘志を抑えることができなかった。


 ほんの数秒でゴブリンの目前まで移動する。

 まだゴブリンは、なにが起きているか理解できないようだ。


「おらぁ!」


 僕は右手に握ったエルダーオーガの骨を、ゴブリンの頭に叩きつける。

 ゴブリンの頭は、トマトを地面に叩きつけたかのように潰れた。


 その頃になって、やっとゴブリンはなにが起きているのかわかったようだ。

 数匹が武器を構え、僕に向けてくる。

 僕はその集団に向かって突っ込むと、エルダーオーガの骨を振るう。

 数匹並んだゴブリンの頭が、大した抵抗もなく弾け飛ぶ。


 ゴブリンたちは、そんな僕に臆することなく、ときには単独で、ときには数匹同時に、次から次へと飛びかかってくる。


 僕はその全てに骨を叩き込む。


 気がつくと、もう動いているゴブリンはいなくなっていた。

 辺りには血の匂いとゴブリンの死骸が散乱している。


「か、勝った」


 そう口にした瞬間、全身にぐったりとした重みがのしかかる。

 思わずその場にへたり込んでしまった。

 

 それでも、僕は勝った。戦うことができた。

 いまだかつて感じたことのないような疲労も、どこか心地よかった。

 

 僕は遠くに座っているサラに視線をやる。


「意外と強い」


 木に背を預けて座っているサラの口が、そんな風に動いたような気がした。




―――――



 世界のどこかで。


 黒と白の盤面の上に、いくつもの駒が消えては現れ、現れては消えていた。


 一つの体から頭が二つ生えている蛇。

 鋭い牙を持った巨大な山猫。

 大勢の部下を引き連れた女王蜂。

 体よりも大きな剣を持つ巨躯のリザードマン。


……


 中でも目立つのは、一際大きな二体の龍だった。


 そのうちの一体、金色の龍が一瞬ゆらめいたかと思うと、空気に溶けるように消える。

 金竜の立っていた場所には、金色の翼を生やした、小さな人間の置物が立っていた。


「おや? 金竜が消えたね」

「ああ、本命だと考えていたんだか」

「これでまた面白くなるね」

「君にとってはね」

「君にとっても、だろう?」

「ふふ、そうかもしれないね」

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