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世界最強への第一歩

「お主、我を殺せ」


 竜神様の金色の目が僕を射る。


「え?」


 どういうことだろう?


「この世界の生物は、喰い、喰われ、殺し、殺され、より強大になり、更に殺し合いを重ねることを神に義務付けられている」


 竜神様はその話している内容とは裏腹に穏やかな声で続ける。


「我が生まれ落ちてから長い年月を経ているが、強者と戦い、強者を喰らうことを何度も繰り返してきた。

だからこそ、この命の果てる時は、次の強者の礎になるのが道理。

ただ朽ち果てるのを待つなど、これまで喰らってきた強者を冒涜するに等しい行為。

我を殺せば、これまで我が喰らってきた経験がお主に渡る」


 竜神様は、周囲を示した。



 周囲には、いくつもの物が戦利品のように飾られている。


 巨大な角の生えた頭骨。

 僕の身長よりもはるかに大きな一本の骨。

 黒光りする金属でできた鎧。

 禍々しい輝きを放つ双剣。

 どこか清浄な空気の漂う爪。


「これらの骨たちは、これまでに我が戦ってきた強者達だ。

いずれも強力な相手だったが、我は打ち勝ち、糧としてきた。

次は我がお主の糧になる番というだけのことだ」


「でも、僕にあなたを殺すことなんてできないですよ?」


 竜神様の鱗は厚く、弱っているとはいえ、僕よりは遥かに格上の生物である。

 僕が世界最高の宝刀で全力で切り掛かっても、傷一つ付けることはできないだろう。


「それは心配ない」


 離れておれ、と竜が首をもたげ、口を開けた。

 二本の大きな牙が洞窟の薄明かりを反射してかすかに光る。


 あの牙に刺されたら痛そうだな、と僕が思っていると、僕の目の前に、その二本の牙が落ちてきた。


「えっ!?」


「その牙を使え」


「え?」


「その牙は、これまで多くの強者を葬ってきたことにより、『強者殺しの概念』が宿っている。

それを使えば、お主でも我を殺すことが出来るだろう」


「『強者殺しの概念』……?」


「ああ。魔力のある物体に特定の要素を付け加え続けると、やがてその特性は強調され、一つの『概念』となる。

我の牙は、我が生れ落ちてから強者を倒し続けてきた。

自らよりも強大な存在を相手にしたときに、最大限の効果を発揮するだろう」


 竜神様の言うことだから、きっと本当なのだろう。

 でも、僕は殺すことが仮にできたとしても、こうやって言葉を交わした人を僕は殺したくない。


「……無理ですよ」


「お主だけの為ではない。我のためでもあるのだ。

さっきも言っただろう。ただ朽ち果てるよりも、次の強者の礎になるほうがよい、と」


 僕は呆然と、竜神様の顔を見上げていた。


「我を殺した後、我の体はお主の物だ。好きに活用すればよい。

長い年月を経た竜王種の素材だ。どのようなものを作っても一級品以上のものができよう。

武器を作るもよし、防具を作るもよし。そこはお主に任せる。

ただ、お主と共に戦わせてくれ。それこそが、我への最大の供養となるのだ」


「……わかりました」


 竜神様は、暖かな、静かな目で僕を見つめていた。


 なんて優しいんだろう。

 なんて大きいんだろう。


 僕は竜神様の顔を見続けることができなくなり、足元に視線を落とした。

 目から涙が溢れ、足元に小さなシミができる。


 僕は目の前の岩に刺さっていた牙を引き抜く。

 相当深く刺さっていたはずなのに、大した力を込めなくても引き抜くことができた。


 近くで見ると、牙は長く鋭い。


 僕は根元を両手で持ち、竜神様に向かってぎこちなく構えた。

 竜神様はそんな僕を見て満足そうに頷いた。


「お主、名はなんという」


 優しい声が洞窟に響く。

 そういえば、竜神様は最初から優しかった。

 父さんと母さんの縁があったとはいえ、僕を気遣ってくれていた。


「チェスターです」


「チェスターか。いい名だ。我は、竜王レフカムゾランという」


「レフカム……ゾラン様」


 レフカムゾラン様は優しい目をして、もう一度頷いた。


「さあ、『一刀』と『炎雪』の子、チェスターよ。

竜王である我を越え、強者への道程を進め!

強者と闘い、乗り越え、より高みを目指すのだ!

そしていつか神をも越え、この世界を救え!」


「うわあああああ!」


 僕はレフカムゾラン様の牙を構え、全力で走っていく。


 大きな石の散乱している地面は走りづらく、何度も転びそうになる。


 でもその度に必死にバランスを立て直す。


 レフカムゾラン様のところにたどり着くまで、胸にこの牙を刺すまで、僕は転ぶことはできない。

 止まることはできない。


 やがて僕の腕に、予想していたよりもはるかに小さな衝撃が走った。


「さらばだ。チェスターよ」


 胸に牙が刺さった瞬間、レフカムゾラン様は高らかに首をもたげ、声をあげた。


 これまでの数々の戦いに別れを告げるように。


「……ありがとうございます」


 やがてレフカムゾラン様は地面に倒れる。


 その表情は安らかで、満足そうだった。


 レフカムゾラン様と過ごしたのは、本当に少しの時間だけだったが、僕は胸にぽっかりと大きな穴が開いたような気がした。


「ん?」


 次の瞬間、胸の穴を埋めるように、何かが僕の中に入ってくる。


「うわああああ!」


 その何かは、強烈な熱を伴って僕の体を作り変えていく。

 一瞬が過ぎるごとに僕の体は頑丈になり、一瞬が過ぎるごとに僕の魔力は高まっていく。


 その感覚は、決して不快なものではなかった。



―――――



「はぁ、はぁ」


 どのくらいの時間が過ぎたのだろうか。

 気がつくとその何かは消え、僕は洞窟の床に寝そべっていた。


 ひんやりとした床が火照った頬に当たり、気持ちがいい。


 僕はゆっくりと体を起こす。

 

 体の感覚がまるで生まれ変わったかのように研ぎ澄まされていた。


 試しに洞窟の壁に手を押し当て、力を込める。


 大した力を入れていなかったのにも関わらず、壁は鈍い音を立て、大きな亀裂が入った。


「……すごい」


 僕は地面に落ちていた石を拾い上げると、手のひらに握り込む。

 少し力を入れると、乾いた音を立てて石は砕け散った。


「すごいな、これは」


 レフカムゾラン様の言っていたことは事実だったようだ。

 僕は、これまでのレフカムゾラン様の経験を受け継ぎ、さっきまでとは全く違う僕になっていた。


 見た目は変わらないのに、筋力や体の頑丈さも、さっきまでとは桁違いになっている。


 もしかしたら、叔父と力比べをしても勝てるかもしれない。


「すごいな!」


 僕は次から次に石を拾い上げ、砕いていく。

 夢中になっているうちに、手の届く範囲にあった石を全て砕いてしまった。



 砕くものがなくなり、僕は我に帰る。

 少し興奮し過ぎていたようだ。


 僕は改めてレフカムゾラン様に頭を下げる。


 今の僕があるのは、レフカムゾラン様のおかげ以外のものではない。


 僕は二本の牙を地面にそっと置くと、レフカムゾラン様に向かって手を伸ばす。


 

 やり方はわかっていた。

 この体に新たに宿った力、竜にしか扱えない魔術、竜魔術。


 当然、本来人間には使うことのできない高位の魔術だ。


「竜魔術『異次元の扉』」


 レフカムゾラン様の言葉の通りに、これからも一緒に戦えるように、僕はレフカムゾラン様の体を持って帰る。


 レフカムゾラン様の足元が紫色に輝くと、その体と二本の牙、そして周りに飾られていた物がゆっくりとその中に飲み込まれていく。


 レフカムゾラン様の体が見えなくなると、僕はその場に向かって深々と一礼する。

 頭の中には、これまでの人生と、レフカムゾラン様と出会ってからの時間が走馬灯のように流れていく。


 自然と、目からは感謝の涙が溢れていた。


 僕は顔を上げ涙を拭うと、出口に向かって進み始める。


「行ってきます。あなたに満足してもらえるくらい強くなって、ここにまた帰ってきます」



 出口までの道のりはかなり急な坂道だったが、筋力の向上した僕にとっては、大したことはなかった。


「この調子なら、世界最強になるのもすぐだな」



 本来人間には扱うことのできない竜魔術と恵まれた筋力。


 僕は、それまでとは全く異次元の力を手に入れたことで、浮かれていたのだろう。


 その時の僕の脳裏には、バラ色の未来しか浮かんでいなかった。


 洞窟の出口の光が、僕の明るい未来を暗示しているかのような気さえしていた。




「うん? あやつがくたばった気配がしたかと思ったが、こんなやつがあやつを殺したのか?」


 洞窟を出ると、綺麗な青空に、巨大な黒い竜が浮かんでいた。


 明らかに、レフカムゾラン様と同格の存在だった。


 いや、その禍々しいまでに殺気の込められた目は、レフカムゾラン様よりもはるかに大きな威圧感を産み出している。


「確かに、あやつの気配がこいつからするな。

そうか、やはりあやつはこいつに殺されたのか。

ならば、こいつを殺して、あやつの力を喰らうとしよう。

こいつも、まだあやつの力を操れていないようだしな。

ちょうどいい。死ね」


 僕の視界いっぱいに、黒色の炎が広がった。

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