予言
古代遺跡から帰ってきた翌日は、体を休めるため、休日にすることにした。
さすがに肉体的にも精神的にも疲れがたまっている。
朝目覚めると、体の芯にぐったりとした重さが残っていた。
重い体を動かして、階段を降りる。
「おはようございます」
「あら、チェスターさん。今日は遅起きなんですね」
階段を降りたところで、テーブルを拭いていた女将さんが僕に気がついた。
女将さんはひとりでこの宿を切り盛りしている。
そろそろ中年に差しかかろうとしている年齢だが、上品な色気があって、近所の人や宿を利用する冒険者には密かに人気があるらしい。
「サラさんもリネールさんも、もうご出発されましたよ」
「ええ、置いてかれてしまったようです」
何か朝食を作りますね、という女将さんに甘え、食堂の隅っこのテーブルに座らせてもらった。
それにしてもサラとリネールはどこに行ったんだろう。
僕は起きるだけでもやっとだったのに、疲れてないのかな?
しばらく待っていると、朝食が運ばれてきた。
「すいません、残り物しかなくて」
女将さんは申し訳なさそうに軽く頭を下げた。
「いえ、僕が寝坊したのが悪いのですから。それにごちそうですよ」
野菜の入った暖かいスープに、固い黒パン。
僕にとっては十分なごちそうである。
故郷の村にいるときは、1日にイモ一個のときもあったし。
いや、村全体がそうだった訳じゃなくて、叔父が僕にそれだけしかくれなかったからなんだけど。
黒パンをスープに浸し、口に運ぶ。
うん。
野菜の旨味がたっぷりスープに染み込んでいて、すごくおいしい。
それにしても、今日はどうしようか。
寝てるだけだとつまらないしな。
……街にでも出るか。
この街に来てからなんだかんだいろいろあって、街の見学なんてほとんどできていないし。
うん。
そうしよう。
―――――
「いってきます」
お気をつけて、という女将さんの声を背中に受け、宿から出る。
一歩外に出ると、大きな壁が目の前にそびえ立っていた。
この宿は街の外周部にある。
値段がちょっとだけ安いのも、中心街から離れているせいだろう。
壁に背を向け中心街に向かって歩き出す。
もうお昼も近いせいか、街には人が溢れていた。
地面にゴザを引いて商品を並べている商人。
屋台で焼かれている肉や野菜を食べたさそうに眺めている兄弟。
依頼主の居場所を探しているのか、小さな紙を持って辺りを見回しながら歩いている冒険者。
共通するのは、誰もが武器を持っていることだ。
小さな兄弟ですら、小ぶりのナイフを腰に下げている。
この街は辺境にあるせいか、元々魔獣への備えは充実していたそうだ。
しかも最近魔獣の出現が増えているらしく、自衛の手段は一層必要となっている
この街は、空から見ると大きな円の中に小さい円が入っているような形をしているらしい。
小さい方の円はなにかあったときに住人が逃げ込む砦になっている。
この前の地竜が侵攻してきた際も、住民は内側の円に逃げ込んでいたそうだ。
中心部では、平和な時は色々な高級品を売っているらしい。
魔獣が襲撃してきても安全だから、徐々に大きな商会や稼いでいる人が住むようになったから、その人たち向けの店が並んでいるそうだ。
……そういえば、まだ行ったことがないし、行ってみるか。
どうせやることもないし。
そう決めた僕は、ゆっくりと通りを歩いていく。
通りの両脇には、色とりどりの果物や、見たこともないような肉を焼いている屋台など、沢山の店が並んでいる。
店は、中心部に進むにつれて、店構えが立派に、そして大きくなっていく。
買い物をしている客の服装も、小綺麗な服装をしている人が増えたような気がする。
売られているものの値段も外周部とは桁が一つ違っていた。
さらにしばらく進むと、建物がなくなり、だだっ広い空間にたどり着いた。
前方には、内側の壁がそびえ立っている。
外側の壁ほと大きくはないが、それでも5メートル以上はあるだろう。
壁の前には堀があって吊り橋がかけられている。
なにかあったら吊り橋を上げ、壁の中に籠城するのだという。
ここを超えると中心街だ。
門があったが、特に調べられることもなく通過できた。
まあ、調べられても大丈夫だけど。
犯罪歴もないし。
内側の壁の中は、がっしりとした石造りの建物がきれいに並んでいた。
木像の家が多い外側の街並みとは全然違う。
屋台も並んでおらず、呼び込みの声も上がっていない。
どの建物も暗い色の石を使っているせいか、外側に比べると、静かで落ち着いた雰囲気が漂っている。
建物の中では、サラとリネールが好きそうなアクセサリーや、高級そうな布を売っていた。
二人のお土産に買って行こうかな、と小さなアクセサリーの値札を見ると、
「……失礼しました」
思わず謝ってしまうほどの値段だった。
僕なんかが、一瞬でも買おうと思ってすいません。
なんの魔力も感じないただのアクセサリーが、僕たちの泊まっている宿の2か月分くらいの値段だった。
「あら、お客さん。それをお求めですか?」
思わず呆然としていると、買うか買わまいか迷っているように見えたのか、高級そうな赤い服を着た女性が話しかけてきた。
「それはですね、かの有名なドワーフの巨匠、ザンドロー二のお弟子さんが作った作品なんですよ。王都でも流行の最新モデル。他の店はレプリカですけど、これは違いますよ。ほら、ここを見てください。繊細な作りになっているでしょう。こんなに細かいところまで作りこめるのはドワーフの職人ならではですよ。うちにも滅多に入荷しないんですよ。お客さん、ラッキーですね。彼女へのプレゼントですか? いいですよ、プレゼントにも。これを渡したら、彼女もあなたにメロメロになりますよ。それにしてもですね」
「け、結構です」
矢継ぎ早に話す定員さんの言葉をなんとか遮ると、僕は逃げるようにその店を後にした。
店が見えなくなるところまで足早に歩き、ようやく一息つくことができた。
中心街は、ちょっと僕には高級すぎるかもしれない。
「ちょっとそこの兄さん」
後ろから声が聞こえ、思わず身体が強張る。
また高級品を売りつけられるのか?
ぎくしゃくしながら呼びかけられた方に視線を動かすと、小さな路地から老婆が手を招いていた。
「こっちの店、見ていかんかね」
明らかに怪しい。
いや、高級品を売りつけられるような感じはないけど。
高級店が並んでいるはずの中心街にしては、着ているものもみすぼらしい。
所々布を当てて修繕した跡が残っている。
詐欺、という言葉が頭に浮かんだ。
着いて行ったら、強面のマッチョな男たちに囲まれるかもしれない。
身ぐるみ剥がされるかも。
だけと、なんとなく、その老婆に着いていかなければならないような気がした。
まあ最悪、『強化』をかければ逃げられるよね。
そんな考えが頭をよぎる。
老婆の後に続き、路地を進んでいく。
路地は人一人がやっと通れるような狭さで、薄暗く、湿っていた。
迷路のような道をしばらく歩くと、
「ここじゃよ」
と老婆は小さなドアを開けた。
看板などは出ておらず、なんの店かわからない。
店の中からは、なんだか古びたような匂いが漂ってきていた。
「ほれ、お入りなさい」
老婆は先に立って店の中に入って行く。
「失礼します……」
店の中には、小さな棚が壁中につけられており、様々な小物が陳列されていた。
陶器でできたトカゲの置物、子どもの頭ほどの石、毒々しい緑の葉……。
「なんのお店なんですか、ここ?」
「必要な人に、必要な物を売る店さ」
老婆は体を震わせながら、ふぉふぉふぉ、と不気味に笑う。
必要な人に必要な物を売る店、か。
店内をざっと見回す。
……特に惹かれるものはないな。
「僕には何が必要なのですか?」
そう尋ねると、老婆は首を振った。
「それはお主にしかわからん。いや、なにが必要なのか、自分自身で探さなければならん」
自分自身で探す、か。
まあ、あなたにはこれが必要です、っていきなり言われても信じられないだろうし、そんなもんか。
「じゃが、これだけは伝えておこう」
不意に。
それまではしゃがれていた老婆の声に張りが出る。
まるで別人のような声だ。
「その力。
人の身には過ぎたるものだ。
頼りすぎはいずれ身を滅ぼす。
既にもう混じり始めている。
気をつけろ。
完全に混じり合った時、お前はお前ではなくなる」
気のせいか、老婆の視線が左手に注がれているような気がした。
力?
竜魔術のことだろうか?
使い過ぎは良くないのか?
僕が僕じゃなくなる?
いや、この左手は竜魔術を使ったせいじゃないし……。
「混じり始める、とは?」
そう尋ねると老婆はまた、ふぉふぉふぉ、と笑い、何も答えることはなかった。
不気味だ。
なんなんだろう。
僕は口の中でもごもごと挨拶をすると、逃げるように店から出る。
なんだったんだろう、一体。
足早に店を後にする。
ちょっと進んだところで一度振り返ったが、既にあの店は周りの建物に溶け込み、どこにあったかすらわからなくなっていた。
なんだったんだろう、一体。




