古代遺跡への挑戦
翌朝、僕たちは古代遺跡の前に立っていた。
ケールさんに貰った回復薬を飲んだおかげで、昨日の模擬戦の怪我や疲労も全て無くなり、体調は万全である。
朝起きた時の筋肉痛は、これまで感じたことのない痛みだったが、それも一瞬でなくなった。
高級な回復薬なのだろう。
エルフの秘薬とかかな?
古代遺跡は、街でよく見るようなレンガや石を積み上げた建物ではなく、一枚の大きな岩をくり抜いて作ったように、つなぎ目がどこにも見当たらない建物だった。
どうやって造られたんだろう、これ。
「近くで見ると、そんなに大きくないんですね、ケールさん」
僕はケールさんに尋ねる。
古代遺跡と言うからには、街が一つ入るくらいの大きさはあるかと思ったが、近くで見ると意外と小さかった。
僕の村の平均的な一軒家が5軒くらい入る程度であろうか。
「確かに地上部分はそんなに大きくないな。
古代遺跡の本体は地下にあるんだ、チェスター」
「そうなんですね」
「面積で言うと、地上に出ているのは全体の1パーセント以下だ」
そうなのか。
この建物の100倍以上と考えると、たしかに大きいな。
全て探索するのには、かなりの時間がかかりそうだ。
「さあ、こんなところでぼさっとしてないでさっさと入るぞ」
どこから入るんだろう?
壁には切れ目一つなく、中に入る場所があるようには見えない。
入口は反対側にあるのかな?
ケールさんは古代遺跡の一部に手を当てた。
すると、古代遺跡の壁の一部に薄い光が走り、その部分の壁が消える。
「今のは……?!」
「よくわからん。不思議だよな、古代遺跡って。どんな文明が作ったんだろうな」
ケールさんは口を開けて笑うと、古代遺跡の中に足を踏み入れた。
サラとリネールは、躊躇うことなくケールさんの後に続く。
「ほら、お前もついてこい」
僕は慌てて三人の後を追う。
古代遺跡の中は、壁全体が青白く発光しているようで、明るかった。
どういう仕組みになっているんだろう、これ。
僕は思わず壁をしげしげと眺めてしまった。
「置いてくぞ、チェスター」
ケールさんの声に振り返ると、すでに奥に向かってケールさんは歩き出していた。
サラとリネールは数歩歩いたところで、僕の方を見て止まっている。
「今のうちに古代遺跡の探査の基本を教えておくが」
ケールさんは鞄から金属の棒を取り出すと、カチカチと音を立てて伸ばしていった。
「絶対に不用意に触るな、だ。不用意に触ると、」
ケールさんは少し下がっておけ、というと、金属の棒で1メートルほど前の地面を突いた。
「うわっ!」
轟音を立て、勢いよく地面から槍が何本も飛び出してきた。
穂先は鋭く、あそこに立っていたら串刺しになっていただろう。
「とまぁ、こんな感じで死ぬ」
ケールさんは鞄からペンを取り出すと、地面に印を書いていく。
「後からくる人たちのために、罠を見つけたら印を書いておくんだ。
本当は解除できればいいんだが、時間がかかるから今日は印をつけるだけだ。
後でギルドの専門の人たちに解除してもらおう」
印をつけ終わると、ケールさんは槍の間を歩き始めた。
僕たちもケールさんの後に続く。
「なぜわかった」
サラがケールさんの背中に声をかけた。
ケールさんは既に槍が生えている場所を抜けていた。
「なぜ罠があそこにあるかわかったか、って質問だよな?」
「そう」
「簡単に言うとだな、古代遺跡の罠は2パターンに分類されるんだ」
ケールさんは指を二本立てた。
「機械式と魔力式だな。その名の通り、罠の発動を機械で行なっているか魔力で行なっているかの違いだ。
それぞれで見つけ方が異なる」
「どうやって見つけるのですか?」
リネールが口を挟む。
「魔力式は簡単だ。明らかに魔力が濃い場所があったら、その周辺に大体設置されている。魔力の感知さえさぼらなければ、大丈夫だ。問題は機械式だ」
ケールさんは後ろを振り向いて槍の群れを指差した。
僕が釣られてそちらを見ると、槍が静かに地面の中に戻って行くところだった。
「あの槍も機械式だ」
「……そうですね。確かに魔力は全く感じられません。他の場所と違いは見つけられません」
リネールは少し集中するように槍のあった場所を見つめると、首を振った。
「この棒を使うんだ」
ケールさんは先程の金属の棒を取り出すと、僕に手渡してきた。
手に持った瞬間、ずしりとした重みが僕の手を押す。
この棒は、見た目よりもはるかに重い。
「重いですね、これ」
「そうだ。ある程度の重さがないと反応しない罠もあるからな」
僕は先ほどのケールさんを真似して、棒を伸ばしていく。
「その棒で地面を叩いていくんだ。機械式の罠が合ったら反応する」
「……なんていうか、割と力ずくなんですね」
僕は数歩先の地面を棒で叩きながら、前に進む。
「これ、棒が重いから、かなり手が疲れますね。
ずっと叩いているとなると、かなり厳しい気がします」
「修行にもなるし、安全に古代遺跡を探査できるし、一石二鳥ってやつだな。
まあ、他にもやり方は色々あるんだが、俺はこれが気に入っている」
他の手段はまたの機会にな、とケールさんは満足そうに何度も頷いている。
「チェスター、敵の気配」
その時、サラが鋭く声を上げた。
数秒後、曲がり角の向こう側から足音がしてきた。
音からすると、それなりの大きさの敵だろう。
「ちょうどいいな。この階にはそんなに強力な魔獣はいないだろうし、力試しだ」
ケールさんは一歩下がると、お前らだけで戦ってみろ、と僕たちに告げた。
僕は『異次元』からエルダーオーガの骨を取り出し、構える。
そして僕たち三人は、僕を敵側の頂点とした三角形を作る。
僕が敵を押さえ、後ろからサラとリネールが攻撃する、僕たちの最も得意な形だ。
初戦闘だから、手加減抜きで全力で行かせてもらう。
僕はエルダーオーガの骨を握る手に力を込めた。




