模擬戦(後)
「よし! 最後はチェスターだ!」
僕は『異次元』からエルダーオーガの骨を取り出すと、ケールさんに向かって歩き始める。
「全力でかかってこい」
「はい! よろしくお願いします!」
ケールさんが剣を構える。
その瞬間、冷たい氷を背中に当てられたような感覚が走った。
ケールさんから、壁のような威圧感が放射されている。
これがAランク冒険者……。
けど、僕もAランク冒険者なんだ。
負けるわけにはいかない!
「竜魔術『強化』『強化』『強化』!」
僕は『強化』を三重にかける。
当然、四重にかけた方が効果は高いが、今の僕では数秒しか耐えることができない。
超短期決戦でしか使うことはないだろう。
「そっちからかかってきていいぞ、チェスター」
「……お言葉に甘えますッ!」
僕は地面を蹴る。
周囲の景色が視野の外に消え、ケールさんしか見えなくなる。
僕は加速しながら、エルダーオーガの骨を振りかぶる。
最も、本気で振り下ろすつもりはない。
かするだけで、致命傷になりかねないからだ。
寸止めするだけにしておくつもりだ。
一瞬でケールさんの目の前まで接近する。
エルダーオーガの骨を振り下ろし始める。
ケールさんは全く反応できていない。
行ける。
今から動いても避けられない。
加速化された世界の中で、ケールさんと目が合った。
「ッ!?」
その瞬間、生存本能が警鐘を鳴らす。
僕はバランスを崩して地面に転がりながらも、何とか真横に進路を変えることができた。
そのまま、勢いを殺さず数度回転し、距離を取る。
「おい、チェスター」
静かに、囁くようにケールさんは口を開いた。
それなりの距離があるはずなのに、耳元で話されているようにはっきりと聞こえた。
「舐めているのか? 全力でかかってこいって言っただろ」
「いや、でも。怪我させるわけにはいかないですしし」
「ほう」
ケールさんの目が細くなる。
「お前の攻撃が当たるとでも思っているのか、チェスター」
ケールさんは抜いていた剣を鞘に納める。
「……何を?」
「5分やる」
ケールさんは僕を挑発するように、僕を手招きした。
「俺から攻撃はしない。5分以内に一撃当てて見せろ。
当てられたら、今日はここまでにしてやる」
……さすがに舐めすぎじゃないだろうか。
僕だってケールさんと同格のAランク冒険者だ。
いかに経験と技術がケールさんの方がはるかに上だとはいえ、攻撃だけを考えれば一撃当てるくらいはできるだろう。
今度は寸止めなんてしない。
「ケガしても知らないですよッ!」
先ほどと同じように突撃する……、
と見せかけて!
「竜魔術『迅雷』!」
威力よりも速度重視の竜魔術を放った。
僕の掌から出た細い雷撃は、刹那の間にケールさんに迫る。
「予想の範囲内だ」
雷撃が向かった先に、既にケールさんはいなかった。
「竜魔術『障壁』!」
今度は『障壁』でケールさんの退路を防ぎ、
「竜魔術『神鳴』!」
死角になっている上空から攻撃する!
「狙いはいいぞ」
僕の後ろからケールさんの声がする。
慌てて振り返ると、傷一つついていないケールさんが静かに立っていた。
「が、魔力の集中から発動までが遅すぎる。当たる方が逆に難しいくらいだ」
……そうなのか。
これまでは魔獣にしか使ったことがなかったから、そんなこと気が付かなかった。
「魔術に逃げるな。体を使え」
「そうさせていただきますッ!」
僕は地面を蹴り、ケールさんに迫る。
エルダーオーガの骨を振るう。
あっさりと避けられる。
これくらいだと避けられる。
早く、もっと早く。
一回避けられても、もう一度振ればいい。
「おらあああ!」
自然と、僕の口から咆哮が上がった。
早く、もっと早く!
全身の筋肉が悲鳴を上げる。
でも、もっと早く!
もっと早く動ける!
全身の悲鳴を無視して、僕は体の動きを速めていく。
いつしか、エルダーオーガの骨が空気を切り裂く音が、一繋がりに聞こえるようになっていった。
―――――
「時間だ」
ケールさんはそう呟くと、エルダーオーガの骨を片手で受け止めた。
動きの止まった僕の体から、汗が噴き出す。
全身から力が抜ける。
……5分経っても、一撃も当てることができなかった。
防御のことなんて全く考えず、ただひたすら攻撃していたのに。
「随分、バランスが悪いんだな、チェスターは」
地面に倒れている僕の横にケールさんは勢いよく腰を下ろした。
「バランス……ですか?」
「ああ。魔術も強力、運動能力も筋力も高い。Aランクになるのも納得できた。
だが、勝負勘と技術は最低レベルだ。正直、Cランクが精々のレベルだ。
これまでどうやって戦ってきたんだ?」
ケールさんは不思議そうな顔をしている。
「まあ、色々ありまして」
言葉を濁した僕に、ケールさんは、言いたくないなら言わなくていいけどよ、と答えた。
「まぁ、最後の方は少しマシだったな。動きも徐々に良くなっていたしな」
「ありがとうございます!」
確かに、最後の方はスムーズに体が動き、攻撃と攻撃が上手く繋げられていたような気がする。
「よし、もう5分やってみるか」
「はい!」
僕は軋む体を気力で持ち上げ、エルダーオーガの骨を構える。
体力は限界に近い。
が、今は動けば動くだけ強くなれる気がする。
僕は、悠然と構えも取らずに立っているケールさんに向かって、足を踏み出した。
この一歩が、世界最強に繋がっていることを信じて。