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模擬戦(前)

 街を出てから1時間ほど経った頃、僕たちは全力疾走していた。


 ケールさんが僕たちが追いつくたびにニヤリと笑うと、速度を上げたことが原因である。


 当然、そのようなペースでは走り続けることは厳しく、僕も『強化』を2回かけていたにも関わらず、肩で呼吸をしていた。


「あれだ」


 唐突に前を走るケールさんが前方を指差した。


 ぼくは荒い呼吸をなんとか整える。


「あれが、古代遺跡、ですか」


 苦しい。

 少し話しただけで、また呼吸が荒くなる。


 苦しむ僕たちとは裏腹に、ケールさんは涼しい顔をしている。


「ああ、外観からすると、よくあるタイプの古代遺跡みたいだな。

罠もそんなに複雑なものはないし、中の魔獣もそれほど強くはない。

主が手強い場合があるが、まぁ、全体としては最初に挑む古代遺跡としてはラッキーな部類だな」

「そう、ですか」



 程なくして古代遺跡に辿り着くと、僕たちは地面に崩れ落ちた。

 全身から汗か吹き出る。

 もう脚に力が入らない。


「いい修行になったな」


 ケールさんは楽しそうに笑い声を上げると、古代遺跡の脇につくられた掘っ建て小屋に向かう。


「ギルドの監視員に挨拶してくるわ」


 僕たちはその後ろ姿を無言で見送る。

 なんであんなに走ったのに、平然としていられるのだろう。


「やっぱりあの方はあの方でしたね」

「もう無理。動けない」


 サラとリネールは地面に寝転がり、並んで空を見上げながら愚痴を吐く。

 二人の額に汗が浮き出ている。


「それにしても、すごい体力だね。ケールさんは」


 ケールさんはあれだけのペースで走っても息も切らさなかった。

 まさしく化物というのにふさわしい。


「体力だけじゃありませんわ、チェスター様」

「そう。技術もすごい」

「経験が違いますわ。ケールさんは私たちが生まれる前から冒険者をやっていらっしゃいますから」


 サラとリネールも呼吸が整ってきたようだ。

 二人とも上体を起こして、水分を補給している。


「そんな前から冒険者なんだ」

「エルフだから長生き」

「ええ、今のギルマスも、先代のギルマスもケールさんの教えを受けていたそうですわ」

「……先代も、なんだ。すごいね」


 もしかして、100年以上は現役なのかもしれない。

 そんな人に鍛えてもらえたら、僕も強くなれるのかもしれない。


「僕もケールさんに教えてもらいたいな。僕には技術がないし」


 僕がポツリと言うと、サラとリネールは引きつった表情をこちらに向けてきた。


「……そのお言葉はケールさんに聞かれないようにした方がよろしいかと」

「多分、嬉しそうに模擬戦しようって言ってくる。気絶するまでしごかれる」



「ほう、サラは模擬戦がしたいのか。

奇遇だな、俺もそう考えていたところだ」


 いつのまに戻ってきていたのか、ケールさんが後ろからサラの肩を叩いた。

 察知能力に長けたサラに後ろから近づくなんて、それだけでもケールさんのすごさ分かる。


「ちょうどいい。今日はもう遅いし、軽く模擬戦をしたらここで休むことにしよう。

古代遺跡の探査は明日の朝からだな」


 お前らの実力も見ておきたいしな、とケールさんは続ける。



「まずはサラからだ!」


 ケールさんはすごくいい笑顔でサラを引っ張ると、少し離れた場所に移動する。

 反対に、サラは本当に嫌そうな顔をしている。

 サラがあれほど感情を表情に出すのは珍しい。


「全力でこいよ!」


 サラは諦めたように首を振ると、目にも留まらぬ速さで背負っていた弓を構え、

「『バースト・アロー』!」

 矢を放った。


 手加減など一切ない、殺気のこもった攻撃である。


 空気を切り裂き、矢は飛ぶ。


 やりすぎじゃないだろうか。

 当たったら大怪我するぞ、あれ。


「おっと」


 ケールさんは軽い声を立て、横にステップして矢を避けた。

 よかった、と僕は胸を撫でおろす。


 矢はそのまま直進し、後ろにあった木に直撃して爆発する。

 それなりの太さのあった木にも関わらず、乾いた音を立てて折れてしまった。


 うん。やっぱり模擬戦で人に向けて打つ威力じゃない。

 そもそも矢で木の幹を折るってどういうことだ。


「まだまだだな。構えてから矢を受けて放つまでが遅いし、軌道も単純だ」

「うるさい」


 サラは弓に魔力を込める。


「『アローレイン』!」


 魔力の矢が雨のように降り注ぐ。

 この攻撃範囲と密度なら、ケールさんも避けることができなさそうだ。


 ケールさんは魔力の矢を見上げる。


「悪くない」


 左の腰に手をつけていた剣の柄を握り、重心を落とした。

 何かする気なのだろう。


「が、威力が足りない」



 りん、と鈴のなる音がした。



「え?」


 気がつくと、ケールさんの頭上に迫っていた魔力の矢は全て消滅していた。

 ケールさんはいつのまにか、剣を振り切った後の体勢になっている。


 もしかすると、あの剣で魔力の矢を全て払ったのかもしれない。

 抜刀も剣の軌道も全く見えなかった。


「なんだ、あの剣……?」


 ケールさんの剣は、見たことがない形状をしていた。

 細く、反りがあり、太陽の光を反射して冷たく、そして美しく輝いていた。


 その剣を見て、僕はどこか懐かしい物を見るような気がしていた。


「次はこちらから行くぞ」


 ケールさんは抜いたままの剣を右手に持ち、無造作に近づいて行く。


「っ!」


 サラは焦ったように矢を何度も放つも、ケールさんは矢の軌道がわかっているように、半歩だけ体をずらして避けて行く。


「だから構えてから放つまでが遅いんだって。軌道も直線的。当たるわけがないだろう」


 遅いって……あれで?

 ほとんど間断なく矢が放たれているんだけど……。


 サラとケールさんの距離が6メートルほどになった瞬間、ケールさんの姿がぶれる。


「……降参」


 次の瞬間には、ケールさんは剣をサラの首筋に当てていた。


 すごい。

 全く何も見えなかった。


 あれがAランク冒険者……か。



「次! リネール、こい!」


 ケールさんはサラを開放すると、リネールに手招きした。


「惜しかったね」


 僕は戻ってきたサラに声をかける。


「全然惜しくない」

 サラは無表情ながら悔しかったのか、弓を強く握りしめていた。

「知っていたけど、まだまだ遠い。追いつける気がしない」


「……そっか」


 僕はサラの頭に手を伸ばし、ゆっくりと撫でる。

 僕の手に、滑らかな感触が伝わってきた。


 サラは僕の方を見て驚いたように目を少し見開いたが、特に何も言うことなく、視線を前に戻した。

 心なしか、サラの顔が赤くなっているような気がした。

 

 なんだか僕も恥ずかしくなってきたので、手を止め、リネールの戦いに視線を戻した。



「『ストーンウォール』!」


 リネールを囲むように石の壁が立つ。

 グラン・グラトニー・スライムの攻撃を防ぎきった強度の壁だ。

 パワーファイターには見えないケールさんには有効だろう。


「『フレイムバレット』!」


 そして空いた上側から大量の炎の弾丸が飛び出してくる。


 これなら、ケールさんの攻撃は『ストーンウォール』で防御し、自分だけ一方的に攻撃することができるのか。

 リネールもなかなかエグい手段を取るな。

 これは行けるんじゃないだろうか。


 ケールさんに炎の弾丸が迫る。


 数にすれば100近いだろう。

 さすがにこの物量は、さきほどのサラの攻撃を防いだケールさんでも捌ききれないかもしれない。


「悪くない」


 ケールさんはそう笑うと、もう一本の剣を抜き、両手に一本ずつ剣を持って笑う。

 そしてケールさんの姿は、炎の弾丸の中に消えた。


 轟音を立てて、炎の弾丸は地面にぶつかっていく。

 土煙が立ち込める。


 一発の威力は低そうだが、これだけ数があると相当な迫力だ。



「『フレイムバレット』!」


 再び炎の弾丸が現れる。


「……ちょっとやりすぎじゃない?」


 僕は傍らに立つサラに話しかけた。


「問題ない。むしろ足りない」


 土煙が晴れる。


「ほらね」


 ケールさんは、焦げ目一つない姿で、その場にたたずんでいた。

 どうやってあれだけの数を躱したのだろうか。


「悪くない」


 ケールさんは石の壁に向かって歩く。

 あの壁はどうやって攻略するつもりだろう。

 かなりの硬度なんだけど。


「なかなかの強度だな」

 コツコツと、ケールさんは剣先で石の壁をつついた。

「だが、まだまだ甘い」


 ケールさんは無造作に、剣を地面と水平に振るう。

 固い音が鳴った。


 石壁をあの細い剣で切るというのだろうか。


 僕の視線の先で、石壁がずれる。

 まさか、本当に?

 切った?


「固くすりゃあいいってもんじゃないんだよ、リネール」


 切断された石壁から、苦笑いしているリネールが出てきた。


「まだまだ通用しないみたいですね」

「ま、もっと鍛錬しろよ」


 ケールさんはリネールの肩を叩くと、こちらを向くと、二本の剣の切っ先で僕を指し示した。


「よし! 最後はチェスターだ!」

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