修行が足りない
「古代遺跡の探査?」
しばらくギルドで時間を潰していると、サラとリネールが連れ立ってやってきた。
僕がギルマスからの依頼のことを二人に伝えると、黒と銀のイヌミミが仲良くぴょこんと動いた。
昨日も遅くまで二人で話し込んでいたようだし、見た目は正反対の二人だが、すごく仲がいい。
「うん。ギルマスが指名依頼を出してくれたんだ。
未探査の古代遺跡が見つかったんだってさ」
「そうなんですね。
でも、未探査の遺跡探査はAランク以上の冒険者が行うことが通例なのですが……」
僕の言葉に、リネールは首を傾げた。
首の動きに合わせ、銀色の髪がさらりと肩にかかる。
「あ、僕、Aランクになったんだ」
後で言おうと思ったんだけど、と僕が頭をかくと、サラとリネールは同じようにイヌミミをピクンと立て、目を丸くしていた。
その表情からも、イヌミミの動きからも驚いていることがはっきりとわかる。
サラの表情はちょっとわかりにくいが。
「もう? さすがに早すぎる」
「いえ、サラ。チェスター様はグラングラトニースライムを単独で撃破するような方です。
もしかしたら、Aランクになるのも当然のことなのかもしれません」
それなら古代遺跡探査の依頼が来るのも納得ですね、とリネールは頷く。
「私も早くAランクにならないと」
「ええ、そうですわね。
チェスター様は規格外とはいえ、離されてばっかりではお側にいる資格がありません」
「今回の古代遺跡探査はチャンス。国宝級のマジックアイテムを見つけてAランクにあがる」
サラは鼻息を荒くしている。
「あ、あとさ」
「まだあるの?」
僕が切り出すと、サラは呆れたように首を振った。
「いや、ギルマスがね、僕たちは古代遺跡探査の経験がないから、サポートの人をつけてくれるって」
「それは心強いですわね。古代遺跡の中は、外とは勝手が違うそうですし」
あのギルマスの紹介なら安心できますね、とリネールは頷いた。
「二人は古代遺跡に入ったことはあるの?」
僕は二人に尋ねる。
「ない」
「探査済みのものでしたら、一度。未探査のものは初めてですわ」
二人は揃って首を振る。
「そんなもんなんだね」
二人とも僕よりも経験が多いから、探査済みの古代遺跡なら経験があると思っていた。
古代遺跡の探査と言えば、物語の中でも序盤の山場になることが多いし、憧れている冒険者は多いと思っていた。
志は高いものの、能力的には平凡な冒険者だった主人公が偶然入った古代遺跡で特別な武器――意志を持つ武器であることが多い――を見つけて、英雄としての道を歩み出す、というのがよくあるストーリーだ。
僕も小さいころはこういった物語が好きだった。
「探査済みは旨味が少ない」
「ええ、罠は大体解除済みですし、遺跡主も討伐済みなので、比較的安全なのですけどね。
遺跡内で倒した魔獣からは素材も取れませんし、経験も外の魔獣のほうがもらえますし。
マジックアイテムが残っている可能性も低いですから、金銭的な見込みも低いですわね」
思った以上に、冒険者は現実的だったようだ。
そんなもんか、と僕は納得した。
―――――
翌朝、まだ空の端がやっと白くなり始めた頃、僕たちは正門の前に来ていた。
「集合時間が早すぎる。まだ眠い」
サラは半分程度しか開いていない目をしきりに擦っている。
イヌミミもいつもより力なくふにゃっとなっている。
よほど眠いのだろう。
「しょうがないだろ。ギルマスがこの時間を指定してきたんだから」
僕は周囲を見渡しながら答えた。
昼間であれば屋台が並び、人びとで賑わっている正門前の広場も、さすがにこの時間には誰もいない。
「それにしても、そろそろ着てもいい頃だと思うのですが。
ギルマスは誰がくるとおっしゃっていたのですか?」
リネールもしきりに辺りを見回している。
「名前は聞いてないなぁ。
古代遺跡の探査ならトップクラスの人って言っていたけど……」
「古代遺跡探査ならトップクラス……まさか!」
「リネール!」
サラとリネールは何か分かったようだ。
二人の雰囲気が一変する。
ほとんど閉じていたサラの目が見開かれた。
サラの目配せに、リネールは魔術杖を掲げた。
「『ウインド・サーチ』!」
魔術杖を中心に、風に乗った魔力の波動が広がる。
「いました! 左後方、7メートルですわ!」
「『シューティング・アロー』!」
リネールが叫ぶと、すかさずサラが弓を引く。
リネールが指定した場所に、魔力でできた矢が雨のように降り注ぐ。
「なんだいきなり。危ないやつらだな。相変わらずだが」
魔力の矢が地面に当たる音に紛れて、僕の横から声がした。
驚いてそちらに顔を向けると、初老の男性がにこやかに僕の方に手を置いていた。
いつの間に?
さっきまで誰もいなかったのに。
声をかけられるまで、全く気が付かなかった。
「な? お前もそう思うだろ?」
「チェスター様! 逃げてください!」
リネールは初老の男性に魔術杖を向け、間髪入れずに光の矢を放った。
「血の気が多くて困るな、リネールとサラは」
男性は軽やかにその矢を避ける。
その間に、サラが僕の腕を掴んで男性から距離を取った。
サラの腕に相当力が入っていたのか、掴まれた場所に鈍い痛みが走る。
「ど、どうしたの二人とも? この人は?」
僕は全く状況について行けてない。
「おそらくこの人がギルマスの言っていたサポート」
「そうなんだ。それなら、なんでそんなに警戒しているの?」
サラは弓に魔力を込め、リネールは魔術杖をその男性に向け続けている。
サポートの人なら、こんなに警戒しなくてもいいんじゃないだろうか。
「いえ、警戒し過ぎて損はないですわ、このお方には」
「油断するとやられる」
「や、やられるって何を? 味方でしょ?」
「このお方は、いつでもどこでも『修行が足りない』とおっしゃりながら攻撃してきますの」
「しかもAランクでも上位の力を持っているから油断すると死ぬ」
「さらに言うと、うちのギルドのCランクの昇格試験はこの方の修行に1時間耐えることですの。合格率は10パーセントを下回りますわ」
「指導が的確な分、誰も断れないからタチが悪い」
「し、指導が的確なら、それはいいことじゃないの?」
「時と場所さえわきまえていただければ、ですわ」
「食事していても、休んでいても、寝ていても襲ってくるのが問題」
「ご自身が修行が好きだからって、他の人も同じだと思っていらっしゃるのですの」
「四六時中修行することしか考えていない」
「そ、そうなんだ」
「「通り名は『修行バカ』(ですわ)!」」
「はっはっは、そう褒めるなよ」
サラとリネールの鋭い目つきにも全くたじろぐことなく、その男性は口を開けて楽しそうに笑っていた。
「「褒めてない(ですわ)!」
サラとリネールを更に声を荒げた。
僕は一人取り残されたような気がして、ぼんやりと三人の姿を眺めていた。