志
翌日の朝、僕が冒険者ギルドに顔を出すと、僕を出迎えたのは、酒場で折り重なるようにしていびきをかいている屈強な冒険者たちだった。
「おう、きたか」
その様子を見て呆然としていた僕の肩が後ろから叩かれた。
振り返ると、疲れたような顔のギルマスが立っていた。
「ギルマス、これは?」
「おう、この馬鹿どもは朝まで呑んだくれていたんだ」
「朝まで。すごいですね」
「気持ちは分からんでもない」
ギルマスは肩をすくめた。
「チェスターたちが戻ってくるまでは、こいつらは死ぬ覚悟だったからな」
「死ぬ覚悟……?」
「そうだ。竜と対峙するってのはそういうことなんだ。
もし本当に古竜と闘っていたら、ここにいるやつらは全員死んでいただろうよ」
ギルマスは成長した子を見るような目つきで、冒険者たちを見た。
「なら、どうして」
「どうして闘おうとしたのか。どうして逃げ出さなかったのか……ってことを聞きたいのか?」
ギルマスの言葉に、僕は無言で頷いた。
死ぬことが確実な相手なら、逃げ出そうとする人がいても全くおかしくないと僕は思う。
「こいつらはな、落ちこぼれだ」
ギルマスは断じるように言った。
「いや、こいつらだけしゃない。
冒険者っていうのはそういうもんなんだ、俺も含めてな。
社会に適合できず、社会に必要とされない、ただの落ちこぼれだ。
そんなやつらが、死ぬとわかっていても逃げなかった。どうしてだと思う?」
僕は首を振った。
全くわからない。
「家族を、仲間を、そしてこの街を守りたかったからだ」
「守りたかったから……」
ギルマスの言葉は、僕の胸のどこかにすっと落ちてきた。
「冒険者ギルドってのは、元々は守るために作られたんだ。
不条理なほど戦力差のある魔物から、闘う力のない人たちを守るためにな。
自分の身よりも、守るべきものを守る。それが冒険者なんだ」
「守るべきものを守る……」
「ああ。そしてチェスター。お前さんにもこの精神が宿っていることを俺は知っている。
リネールを守るために地竜の目の前に身を投げ出した、あの姿を見たからな」
ギルマスはそう言うと懐に手を入れ、一枚のカードを取り出した。
そのカードは、窓から入ってくる朝日を反射し、神々しく光っている。
「お前さんはまだ冒険者になって間がない。
しかし、志はAランク冒険者にふさわしいものを持っていると俺は思う。
だからこれを渡すんだ、Aランク冒険者チェスター」
「Aランク……僕が?」
僕は首を傾げた。
「そうだ。登録して間もないが、お前さんの功績も実力もAランクにふさわしい」
「……ありがとうございます」
僕は手を伸ばし、ギルマスの掌に乗せられたギルドカードを受け取った。
材質は希少銀であろうか。
見た目よりもしっかりとした重さだった。
「さて」
ギルマスは、それまでの真剣な顔を崩し、いたずらっぽく笑った。
「Aランク冒険者のチェスターに早速指名依頼だ」
「……指名依頼?」
「お前さんは初めてだよな。
Bランク以上の冒険者に対して、ギルドから依頼するんだ。
他の冒険者には口外できないような内容のものや、特に困難な依頼であることが多い」
「どんな依頼ですか?」
僕がそう聞くと、まぁ慌てるな、とギルマスはギルドの奥に向けて歩き始めた。
こっちの方には入ったことがない。
僕は少し緊張しながら、ギルマスの後を付いていく。
ギルドのカウンターを抜け、その奥の廊下の突き当たりにある部屋のドアをギルマスは開けた。
「入れ」
僕は一礼するとドアを潜る。
「ここは……?」
「俺の執務室だ」
壁にはいくつもの勲章が飾られており、この部屋の主の功績を物語っていた。
部屋の奥側の壁には、地竜と闘った時にギルマスが持っていた長大な剣が、部屋に入ってくる人を威圧するように鎮座していた。
手入れの途中だったのか、鞘から出され、刃をむき出しにしている。
「近くで見ると、やっぱりすごい剣ですね、これ」
「そうだろう」
ギルマスは嬉しそうに顔をほころばせた。
「俺が若い時に古代遺跡の最奥で見つけたんだ。
フレーマ・グラディオって銘がついている」
「すごいなぁ……」
僕は剣に顔を近づけ、しげしげと眺める。
よく見ると、剣自体が微かに赤く発光しているようだった。
これが魔力の輝きなのだろうか。
「お前さんの武器もなかなかじゃないか、あれ。
見たところオーガ種の骨を加工した武器にも見えるが。ハイオーガか?」
「いえ。あれはエルダーオーガですよ。
加工とかはしてないので、正直扱いにくいんですが」
僕が何気なく言った言葉に、ギルマスは呆れたように首を振った。
「エルダーオーガって準災害指定種じゃねえか……。
まぁ、お前さんが今更何を言おうが、もう驚かないけどな」
「扱いやすいように加工ってできないですかね。
ギルマスのお知り合いでそういうの、得意な人いませんか?」
丈夫なのは助かるけど、正直骨のままだと扱いにくい。
周りの人の目も最近少し気になるし。
ギルマスは考え込むように天井を見上げた。
「準災害指定種の素材の加工か……。
普通の鍛治師じゃあ無理だな。素材に振り回されちまう。
……となるとあいつしかいないだろうな。今どこをほっつき歩いているかわからんのが難点か」
ギルマスは僕に視線を戻した。
「一人だけ心当たりがある。
ただそいつは放浪癖があってな。今どこにいるかわからん」
やはり、準災害指定種の素材を加工できる人は少ないのか。
「……そうですか。残念です」
「まぁ、こちらで探しておく。
他の大陸には行ってないと思うから、そのうち見つかるだろう」
僕はギルマスにお礼を言う。
思わず本音が口をついて出てきた。
「早くまともな武器が欲しいなぁ……」
ニヤリ、とギルマスは口の端を歪めて笑った。
なんだろう。
誘導尋問というか、上手く言わされたような気がする。
「武器が欲しいんだな、チェスター」
「ええ、やっぱり素材のままだと闘いにくい気がします」
「なら古代遺跡に行くのが一番いいな。しかも未探索のものだと更にいい」
「……そう都合よく見つかるものですか?」
「そんなお前さんにこいつをあげよう」
感謝してもいいんだぞ、とギルマスは机の中から一枚の紙を取り出すと、僕に手渡した。
「……依頼書ですね、これ」
「そうだ。さっき話した指名依頼だ」
僕は依頼書に目を走らせる。
その内容に、胸の鼓動が早くなっていく。
「お前さんがドラゴンブレスみたいなやつで森を焼き払っただろ?
そのおかげでこの遺跡を見つけることができたんだ」
ギルマスは地図を一枚僕に投げ渡す。
「未探索の古代遺跡は危険が大きい。
トラップがあったり、強力な守護者がいたりな。
だから、最初は高ランクの冒険者に探査を依頼しているんだ。
危険な分、見返りも大きいぞ?」
僕はうなずいた。
もしここで武器が手に入るなら嬉しいし、何よりも古代遺跡に行ってみたい。
「受けさせていただきます」
僕の返答に、ギルマスは嬉しそうに頷いた。
「ただ、お前らのパーティに迷宮探査の経験はない。
サラもリネールも討伐任務が中心だしな。
だからギルドから一人斡旋させてもらいたいんだが、いいか?
人柄と実力は保証するぞ。古代遺跡の探査ならトップクラスの奴だ」
「もちろんです。ありがとうございます」
僕が頭を下げると、ギルマスは満足そうに笑った。
「じゃ、翌朝に正門前に来てくれ。
そこで協力者と落ち合って、そのまま遺跡探査に行ってもらいたい」
僕は、わかりました、とだけ告げて、ギルマスの部屋を後にした。
古代遺跡の探査か。
どんなところなんだろう。
楽しみだ。