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帰還と笑顔

 冒険者ギルドに戻った僕たち三人を出迎えたのは、慌ただしく走りまわるギルド職員と、悲壮な顔で装備の点検をしている冒険者たちの姿だった。


 中には、家族なのであろうか。

 小さな子どもの頭を愛おしそうに撫でながら、目に涙を浮かべている人や、恋人と見つめ会いながら小さな声で何事かを話している人もいる。


 普段は冒険者の陽気な声が上がっている酒場のテーブルも、今はギルドの幹部職員たちが地図を睨みつけながら何事かを話し合う場となっていた。


「おお、無事だったか!」


 そのテーブルで、一際鋭い目つきをしていたギルマスが僕たちに手を振り、そちらに来るように合図した。


「この状況で無事に帰ってくるなんて、さすがです」

「何かわかりましたか?」


 テーブルに着くのを待ちきれないように、ギルド職員が話しかけてきた。


「この状況……とは?」

「森に異変が起こっていた原因、それがわかったんだ」


 ギルマスが口を開いた。

 その口調は淡々としているが、表情はどこか苦しげで、事態の深刻さを表していた。


「ああ、それなら」

「ドラゴンみたいだ。しかも最低でも古竜ランクの」


 自らが掴んだ情報を話そうとした僕を遮るように、ギルマスが口を開いた。


「古竜ランク……ですか?」


 リネールが、口から漏れる悲鳴を止めるように口に両手を当てた。

 目は驚愕に見開かれている。


 グラン・グラトニー・スライムの他に、古竜までいたのか。

 森の中では全然そんな気配はなかったから、僕たちが入った所とは少し離れた所にいたのかもしれない。



 ちなみに、現在のギルドの分類では、ドラゴンのランクは7つに分かれている。

 下から、亜竜、準竜、正竜、古竜、真竜、王竜、そして五大竜だ。


 つい先日僕が倒した小地竜と地龍竜は準竜ランクである。


 それぞれのランクの間には隔絶した力の差があり、よほど成長した個体でない限り、上のランクの竜を倒すことはできないと言われている。


 最上位の五大竜は、神にすら牙を向けることができるとされている五体の竜のことで、レフカムゾラン様や黒竜はここに分類されているそうだ。


 歴史上、人類が倒せた最も高ランクのドラゴンは真竜で、それですら、一人ひとりが神話に出てもおかしくないような英雄クラスが6人集まったからこそ成し得た偉業である。


 今の冒険者たちでは、AランクとAAランクの冒険者を全員集めても、古竜ランクで精一杯だろう。

 だからこそ、古竜ランクはどのような個体でも、現れた時点で災害指定種となる。


 しかも、AランクやAAランクの冒険者は世界中に散らばっている。

 今から招集したとしても、全員が集まるのは数週間後になるだろう。

 つまり、古竜が現れたとされる今は、限りなくこの街の、いや人類の存続の危機なのである。



「なぜわかった」


 サラが口を開いた。


「ドラゴンは知覚能力もずば抜けている。

人類が感知できるほどの距離に近づいたら、ドラゴンにも当然気づかれているはず。

情報を持ち帰るのは困難」


 サラが一息に言い切ると、ギルマスは地図上の森を指差した。


「お前たちにも依頼した、森の異変の調査を依頼していた別のパーティが見つけたんだ。

もちろん、古竜の姿を確認したわけではない。

サラの言う通り、向こうの方が先に気がつくからな」

「見てないのに古竜だって、なぜわかったんですか?」

「ドラゴンそれ自体を確認したわけではないんだ。

だから、古竜ランクというのも推測だ」


 僕は首を傾げた。

 サラも僕の横で同じように首を傾げている。


「ドラゴンブレスを見たんだ、遠くから。

その威力や規模から、古竜ランク以上の魔獣が放ったものと判断した。

全力のドラゴンブレスかどうかは判断できなかったから、最低でも、と付けたんだ」


 悲痛な顔をするギルマスやギルド職員を尻目に、サラとリネールは顔を見合わせた。

 僕も、なんとなく何があったかわかったような気がする。

 

 ……全力で土下座してくれれば、許してくれるだろうか。


「それ」

「きっと……そうですわね」


 サラとリネールは、僕に顔を向けた。

 彼女らの目に、どこか責めるような色があるのはしょうがないことであろう。

 僕は2人の目から逃れるように目をそらすと、口を開いた。


 うん。やっぱり土下座しよう。


「それ……僕です」


 僕が申し訳なさそうな様子で小さく挙げた手に、一斉に注目が集まる。


「……どういうことだ?」


 今度はギルマスやギルド職員が首を傾げる。

 うん。そんなリアクションをされると思っていたよ。


「順を追って説明いたしますと」


 どうやって説明すればいいのかわからず、僕は何度も口を開けては閉じ、開けては閉じを繰り返してしまった。

 そんな僕を見かねたのか、リネールが助け舟を出してくれた。

 さすがリネール。頼りになる。


「チェスター様がドラゴンブレスを放ってスライムを倒しましたの。以上ですわ」

「全然順を追ってないよね、それ!」


 全く助け舟になっていないリネールの説明に、僕は急いで脳みそを再起動させる。

 やっぱり自分で説明しないと。


「チェスター様の凄さが皆さんに伝われば、わたくしはいいのです!」

「いや、それ僕がスライム相手にドラゴンブレスを放つ過剰攻撃野郎みたいじゃん……」


「森の異変の原因を探りに行った。

深部でグラン・グラトニー・スライムを発見。

既に広域に繁殖。推定10キロメートル四方。

通常の攻撃で対処不能。チェスターがドラゴンブレスに似た魔法で倒した。以上」


 説明にならない説明をしたにも関わらず、豊満な胸を張ってドヤ顔をしているリネールの横で、淡々とサラが補足する。

 


「グラン・グラトニー・スライムを倒した……だと?」

「それに、ドラゴンブレスに似た魔法ってなんだ? 聞いたこともないぞ」


 ざわめくギルド職員たちとは対照的に、ギルマスは僕の目の奥を静かに覗き込んでいた。

 あまりの威圧感に目をそらしたくなったが、なんとか耐える。


「チェスター。本当なんだな、その話」


 僕はギルマスの目を見返して頷いた。

 ここで目を逸らしたらきっと信じてくれないだろう。


「ええ、本当です。全て消滅してしまいましたので討伐を証明はできませんが」


 ギルマスはしばらく僕の目を覗き込み続ける。

 僕はそれ以上何も言うことができず、ギルマスから目をそらす事もできなかった。


 そのまましばらく時間が経過する。


 ざわめいていたギルド職員や冒険者たちも、ギルマスと僕の様子に気がつき、徐々に静かになっていく。


 ギルド全体が、水を打ったように静かになった。



「よし、わかった!」


 沈黙を破るように、ギルマスは手を叩き、声を張り上げた。


「グラン・グラトニー・スライムを個人で討伐して、しかもそれがドラゴンブレスみたいな魔法ってのは信じられる話ではないかもしれないが、俺は信じることにした!

なんたって、Fランクのくせに地竜とタイマンしてぶっ倒すようなやつだからな、チェスターは」


 ギルドに歓声が沸き起こる。

 冒険者やギルド職員たちが僕の元に殺到し、口々にお礼を言っていく。

 頭や肩を何度も叩かれる。

 屈強な冒険者たちに叩かれて痛みが走るが、悪い気がしない。


 どの顔も喜びに満ち、先ほどまでの悲壮な様子はなくなっていたからだろう。


「よし、今日は飲むぞ! 会計は全部ギルド持ちだ!」


 ギルマスの言葉に、冒険者もギルド職員もさらなる歓声を上げ、酒場に雪崩れ込んだ。



「飲んでばっかりだね、冒険者って」

「いつも緊張していると肝心な時に集中できなくて簡単に命を落とすから、リラックスする時間は必要」


 筋骨隆々とした冒険者に肩車をされた僕の呟きに、サラが答えた。


「そういうものか」

「嫌い?」


 僕の様子にサラは首を傾げた。


「いや、嫌いじゃないよ」


 僕が笑いかけると、サラは嬉しそうに笑った。

 いつも無表情なサラには珍しい顔全体に広がる笑顔に、僕は胸の高鳴りを抑えることができなかった。

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