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竜の息吹

「『バースト・アロー』!」


「『ファイア・ボム』!」


「竜魔術『神鳴』!」


 崖の上から炎の矢と魔術が飛び、天からは雷が地面を打つ。

 轟音とともに黒煙が立ち上がる。


 今の僕たちにできる、最大級の攻撃だ。

 全く通用しない、ということはないだろう。


「どうだ……?」


 僕の全身に鳥肌が立つ。

 眼下のグラン・グラトニー・スライムから強烈なプレッシャーが放たれている。


「狙われている? この距離で?」


 僕はエルダーオーガの骨を構える。

 僕の左右で、サラとリネールも体勢を整えた。


 その時、どこからともなく突風が吹き、黒煙が晴れた。


 僕たちの目の前には、

「効いていないのか……?」

 先ほどと全く変わらない、グラン・グラトニー・スライムの海が広がっていた。


 僕たちの攻撃は全く効いていなかったのだろう。


「くっ!」


 プレッシャーが強くなる。

 そしてグラン・グラトニー・スライムの一部が蠢いたかと思うと、僕の頭ほどの石が高速でいくつも飛んできた。

 おそらく、リネールが得意とする魔術と同系統の魔術だろう。


 あれにあたったらヤバイ。

 僕の背中に冷や汗が流れる。


 僕は必死にエルダーオーガの骨で石を弾き飛ばすが、一つ弾き飛ばすごとに手に痺れが走る。


 この距離でこの威力なのか。

 そう何発も防いでいられなさそうだ。


「撤退する」


 サラが僕の背中を叩いた。


「わかった!」


 僕は石を弾きながら、少しずつ後退していく。

 石の雨は、勢いが弱まることはない。


 精神をやすりで削られていくようなプレッシャーの中、僕たちは一歩ずつ後退していき、なんとか森の中に戻ることができた。



―――――



「ここまでくれば多少は安心できますね」


 木の生えている場所まで後退し、ようやく僕たち三人は一息ついた。

 未だに石は飛んできているが、木々に遮られ、僕たちの所まで飛んでくることはない。

 時折、石が木を砕く音が聞こえてくる。


「攻撃の密度がすごいな。狙われたら防ぎ切れる気がしない」


 僕は未だに少し痺れている手をさする。

 一発や二発であれば全く問題ないが、あれほど連続して攻撃されると、数分も耐えることはできないだろう。


「こちらの攻撃もほとんど効いていなかったようです。

特にわたくしとサラの攻撃は、威力が全然足りていないように見受けられました。

チェスター様の竜魔術は流石に効果があったようですが」


 リネールの言葉に、サラは頷く。


「チェスターの攻撃が当たったところのスライムは消滅していた」


 石を防ぐのに精一杯だった僕とは違い、サラとリネールは避けながらもスライムの様子をしっかりと観察していたようだ。

 こんな所も、能力頼みの僕との違いなのかもしれない。


「ですが、消滅させることができたのも全体からすれば微々たるものです。

あの程度であれば、もう回復されているでしょう。

やはり、ここは撤退して援軍を連れてくるのが良いかと」

「それがいい」


 リネールの言葉にサラも同意する。

 僕たちの街に僕たちよりもランクの高い冒険者はほとんどいないが、地竜の襲撃があった時のように、人数を集め、準備を整え、役割分担をした上で波状攻撃をかけることはできる。


 相手は準災害指定種であり、倒さなければ国が滅ぶ相手である。

 騎士団の協力も得られるであろう。


 時間を費やすことにより、グラン・グラトニー・スライムがより大きくなってしまうことが心配であるが、あのギルマスならすぐに手配を整えてくれるはずだ。


 普通に考えれば、撤退して援軍を連れてくることが一番安全で確率が高い手なのかもしれない。


 でも、まだ。


 でも、まだできることをやりつくしてはいない。


「それには僕も同意するんだけど」


 他の人の助けを借りる前に、やってみたいことがある。


「ちょっとやってみたいことがあって、一度だけ協力してもらってもいいかな?

いや、そんなに危ないことはしないんだけどね」

「何かお考えが?」


 リネールの赤く輝く目が僕を覗き込む。


「うーん、絶対ってわけじゃないんだけどね。今なら新しい竜魔術が使えるような気がするんだ」


 森に入ってから、それこそ100体を超える魔獣を倒してきたと思う。

 僕は、体の奥底から何かこれまでなかった力が湧いてきているかのような、そんな気がしていた。


「だから、この竜魔術が発動するまでの間、僕を守っていてもらってもいいかな?

結構時間かかっちゃうと思うんだけど」


 発動するかどうかもまだわからないんだけどね、と僕は続ける。


「前にお伝えした通りです。わたくしは、何が相手でもチェスター様を守り切りますわ」


 リネールが笑顔で僕の顔を見つめる。


「私も同じ」


 サラも相変わらずの無表情で頷く。


「ありがとう」


 僕は二人に頭を下げると、一つ深呼吸をして、再びスライムの待つ方向に歩き出す。

 僕の後をサラとリネールが続く。



―――――



 スライムが見える位置までくると、スライムも僕たち三人の気配を感じたのか、先ほどと同じように石を飛ばしてきた。

 風切り音を立て、石は僕たちに向かってくる。


「『ストーンウォール』!」


 リネールの魔術が発動し、僕たちの前に石の壁が現れ、石の雨を受け止める。

 石と石のぶつかる鈍い音が響いた。


 地竜のドラゴンブレスをも防いだ壁だ。

 リネールが魔術で作った壁の強度は高いことはわかっている。


 これならゆっくりと準備をできる。


「『シューティングアロー』!」


 少しでも石の壁にかかる負担を減らそうと、サラが魔力の矢を降らせる。

 魔力でできた矢が石にあたり、甲高い音を立てて石を砕いていく。


 石の壁が立てる音が少しだけ小さくなった。


「竜魔術『強化』『強化』『強化』」


 石と石、石と矢の当たる音が降り注ぐ中、僕は竜魔術強化を重ねがけする。

 これくらい『強化』を重ねないと、これから発動する竜魔術の反動に体が耐えられそうにない。


 僕は集中し、魔力を高めていく。


 頭に浮かべるのは、かつて見た黒竜の姿。

 全てを破壊する暴虐の化身。

 圧倒的な、想像を絶する密度の魔力。


 一度見たそれを、脳内で何度も再生し、イメージを固めていく。


 細部までイメージができるようになるに連れ、僕の魔力は高まっていく。

 あまりの密度の魔力に、大気が悲鳴を上げているような音すらしていた。


 グラン・グラトニー・スライムも何かを感じているのか、石の雨が増えていく。

 少しずつ、リネールの石の壁にひびが入ってきている。


 でも、これなら十分間に合う。


 一際大気の悲鳴が大きくなった次の瞬間、それまでの喧騒が嘘のように、静寂が辺りを包んだ。


 不思議と、石の音も止んでいた。



 静寂の中、小さな僕の声は、声の大きさの割に大きく響いた。



「竜魔術……『竜の息吹』」



 竜の口のように構えた両手から、膨大な光が溢れ出る。

 

 手に焼けるような痛みが走った。

 『強化』が足りなかったのかもしれない。

 でも、もう今更止められない。

 

 打ち切るしかない!


「うおおおおおおッ!」



 光の奔流が放たれた。


 反動で体が飛びそうになる。

 腰を落とし、必死に踏ん張る。


 光は一瞬で目の前の石の壁を溶かすと、そのまま地平線まで伸びる。

 そして僕の手の動きに合わせるように、大地を薙ぎ払う。



 一泊遅れて、僕たちを閃光と爆風が包んだ。

 僕は重心を更に落とし、爆風に耐える。


 数秒間のことだったと思うが、何時間にも思えるほどの時間が過ぎた。


「やった……か?」


 体を起こして崖の下を覗き込むも、土煙が立ち、様子を見ることができない。


 手ごたえはあったのだけど……。


 崖の下をよく見ようと一歩踏み出した時、視界がぐにゃりと揺れた。



 あれ?

 なんだこれ?



 地面に頬がついている。


 なんで僕、倒れているんだ?


 地面に手をついて起き上がろうとしようとしたが、指一本動かすことができない。

体に全く力が入らない。

 

「チェスター!」


 サラの声が聞こえたかと思うと、僕の体が空を向いた。

 喉を冷たい液体が通り抜けたかと思うと、視界が元に戻る。


 目の前にサラの顔が迫っていた。


 土煙は少し薄くなったのか、サラの向こう側に青空が少しだけ見えている。

 

 再び喉を回復薬が通る。

 やっと体に力が入るようになった。

 重度の魔力切れだったのだろう。


「血だらけじゃないですか!」


 リネールが悲鳴を上げた。

 腕を上げてみると、肘から先の服がなくなり、腕が血まみれになっていた。


 サラが回復薬を何本も開け、次から次へと腕にかけていく。

 すぐに傷は消え、血も洗い流された。


 『竜の息吹』を制御することができなかったのだろう。

 魔力を全部吸われた上に、自分の体にダメージが入ってきている。

 しかも、魔力の集積が甘かったせいで、威力も本来のものが出せていない。


 まだこの魔術は、僕には使いこなせないことがわかった。


 「『ウインド・ブロー』」


 リネールの魔術杖から突風が生まれ、土煙を押し流していく。

 崖の下の様子が見えるようになった。


「……倒せたには、倒せたよね、これ」

「……それはそうですが」


 グラン・グラトニー・スライムは、影も形もなくなっていた。


 それどころか、崖の下は見渡す限りの荒野になっていた。

 グラン・グラトニー・スライムが広がっていた場所はもちろんのこと、さっきまで森だった場所も、草一本生えていない。


「……損害賠償とか、請求されないよね?」


 準災害級を倒した訳だし、大丈夫だよね?


「……どうだろう」

「え、ええ。きっと大丈夫ですよ」


 サラとリネールは、僕から目をそらした。


……大丈夫だと信じたい。


 でもまあ、今の所は倒せたからいいとしよう。

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