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暴食の粘体

「グラン・グラトニー・スライム……!」


 リネールの顔が蒼白になった。

 手足は震え、今にも倒れ込みそうである。

 普段は艶やかに陽の光を反射している銀色のイヌミミも、ペタリとへたり込んでいる。


「どうしたんだ? 大きいとはいえ、ただのスライムだろ?」


 リネールはどうしたんだろう?

 実はスライムが苦手とか?



 彼女の反応とは反対に、僕は胸を撫でおろしていた。


 さっきまでの緊張感が体から抜け落ちた。

 心配して損した。


 それも仕方がないことだと僕は思う。

 スライムといえば、遅い、柔らかい、穏やかの三拍子揃った、子どもでも倒せる雑魚魔獣として有名である。

 ちょっとした魔力溜まりからも発生するため、どこででも見つかる魔獣だ。



 しかし、リネールだけではなくサラも、先ほどよりも強張った顔をしている。

 そう。まるで地竜が出てきたときのような顔だ。


「ただのスライムじゃない。

準災害指定種のグラン・グラトニー・スライム」


 サラの声も震えている。


「準災害指定種!?」


 準災害指定種ってことは、AAランクの地竜よりも強力な魔獣ということか。

 スライムなのに?

 準災害指定種ならば、二人の反応も納得できるけど。


「……チェスター様、ネルケイヤ大砂漠をご存知ですか?」


 リネールの声は震えている。



「確か、西の方に広がっている大きな砂漠だよね?

魔獣も含めて、生物が何も住めないほどの過酷な環境の」


 子どものときに読んだおとぎ話の中に何度か出てきたような気がする。

 勇者とその仲間たちが、ネルケイヤ大砂漠にある巨大な古代遺跡に行き、特別な武器や魔術を入手する話だったと思う。


「ええ、そうですわ。一度迷い込んでしまうと30日間は抜けられないという、途方もない大きさの砂漠です。

今でこそ砂漠になっていますが、今から1300年ほど前は、豊かな森や平原が広がり、強大な王国が一帯を治めていたそうです。

しかし、グラン・グラトニー・スライムが、その王国を一週間で滅ぼしました」


「一週間で……」


「その王国は強力な戦士や魔術師を多く抱えていたそうですが、グラン・グラトニー・スライムには通用せず、一週間で13もの街が飲み込まれたそうです」


「……そんなに」


 僕は先ほどまでの緊張感を取り戻した。

 準災害指定種なのも理解できる。


 顔が引き攣るのを感じる。

 僕の顔も、二人と同様に青くなっているだろう。


「でも、スライムなんだから核を破壊すればいいんじゃないか?

例えばサラの弓なら、この距離からでも打ち抜けるだろ?

リネールの魔法で核を潰してもいいし」


 僕はサラの顔を覗き込んだ。

 サラは首を振って僕の考えを否定する。


「核が一つじゃないから無理」

「ええ、サラの言う通りです。

グラン・グラトニー・スライムは、無数のスライムが共食いを繰り返すことによって生まれるとされています。

そのため、核も無数にあるそうです」


「核が無数に……!」


 それは厳しい。


 雑魚魔獣と思われているスライムだが、それは核が破壊しやすいからである。

 核以外の部分は、柔らかくはあるものの、打撃にも魔術にも強い。

 核が破壊できないとなると、途端に倒すのが難しくなる。


 無数にある核を破壊するとなると、どのような手段を取ればいいのか、想像もできない。


 でも過去に倒した例があるのなら、それを突破口にできないだろうか。


「過去に現れた時には、どうやって倒したんだ?」


 リネールは、少し考え込むように沈黙した後、青い顔をしたまま僕の顔を見る。


「伝承では、英雄的な二人の魔術師が命と引き換えに放った合成魔術でなんとか倒せたそうです。その魔術は『神の炎』と呼ばれています」

「『神の炎』……?」


「強力な炎の魔術で、グラン・グラトニー・スライムを一瞬で焼き払ったそうです。

ネルケイヤ大砂漠は、その魔術の余波でできたと言われています。

呪いにも似た性質もあったようで、グラン・グラトニー・スライムを倒した後でも草一つ生えず、生物が住めない土地になってしまいました」


 僕は息を飲んだ。

 現在の最高峰の魔術師が放つ魔術でさえ、最早災害と言っても過言ではないほどの威力であると聞く。


 しかしそれでも、それほど大きな地域を砂漠に変えてしまうことは不可能であろう。

 想像もできないほどの威力である。


 ましてや、1000年以上も効果のある呪いを残すなんて。


 そんなに威力の高い魔術でないと倒せないのか。

 僕たちはどうすればいいのだろうか。


 使える竜魔術を思い浮かべたが、到底無理そうな気がする。


「まだ小さいからいけるかもしれない」

「サラさんの言う通りですわ。伝承で伝わっている大きさよりも小さいですから、まだ倒せるかもしれません」


 ……つまり、時が経てば経つほど、倒すのが難しくなるということか。

 やっぱりここで倒さないと。


「まぁ、やれるだけやってみよう。

そんなに動きは速くないようだし、まだ気が付かれていないし、威力重視の魔術を当ててみよう」

「……ええ、そうですね。だめだったら別の手段をまた考えましょう」

「考えたところで、いい案は出ないと思うけど」



 僕たち三人は眼下に広がるスライムの海に視線を戻すと、精神を集中させる。


 遠くで、木が倒れる音が聞こえた。

 地面が揺れているような気がする。

 僕たちが立っている丘も吸収されつつあるのだろうか。



 僕は少し焦りながら、魔力を集中させていく。 


 そして、サラの弓が鳴るのを合図に、僕たちは一斉に動き出す。


「『バースト・アロー』!」

「『メテオ・ファイア・ボム』!」

「竜魔術『神鳴』!」

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