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告白

「そろそろ夜営の準備をしましょうか」


 どことなく、木々の間から見える空が暗くなり始めた頃、リネールが足を止めた。

 森の中に入ってから、既に20体近い魔獣を倒している。


「場所、探してくる」


 サラは周囲を見渡すと、茂みの中に姿を消す。

 かなりの速度で動いているにも関わらず、ほとんど物音がしない。

 サラに言わせると、他の人が物音を立てすぎ、とのことだったが。


「森の中で夜営するの? 一度外に出た方が良くない?」


 僕はリネールに尋ねる。

 いくら戦闘能力が高くても、冒険者としての経験がモノを言う分野では、僕はあくまで素人に過ぎない。

 こうやってベテラン冒険者のサラとリネールから、できる限りのことを吸収しないと。


「一見すると森の中の方が危険が多いように思われるかもしれませんが、外と中、どちらも一長一短ですのよ。

確かに森の外の方が魔獣は少ないですが、身を隠すところがありませんから」


 そんなもんか、と僕が頷くと、後ろから肩を叩かれた。


「こっち。きて」


 いつのまにか、サラが僕の後ろに戻ってきていた。

 肩を叩かれるまで全く気配を感じることができなかった。


「早いですのね」


 後ろを振り向かずに歩き出したサラの後をリネールが追う。

 その様子を見て、僕も慌てて二人の後を追って森の中を進む。




 しばらく歩くと、大きな木がそびえ立っていた。

 近くにある木々と比べても、一本だけ突出して大きい。


 サラは、その木をするすると登り始めた。

 あっという間に、葉に隠れてサラの姿は見えなくなった。


「サラ?」


 僕はその様子を見て首をかしげる。

 木の上で寝るということだろうか。

 確かに地面よりは安全かもしれないけど、寝相が悪かったら落ちて死にそうだ。


「少しお待ちください」


 リネールは何かを待つようにサラの登って行った後を見上げる。

 それにつられるように、僕も上を見上げる。


「ほら、来ましたわ」


 葉の間から、ロープが降りてくる。

 リネールはロープを掴むと、するすると木を登り始めた。

 華奢な体格からは想像もできないはど、力強く登っていく。


 リネールに続き、僕もロープを使って木を登る。

 ロープに何か加工でもされているのか、滑ることなく、思ったよりも楽に登ることができた。


「おお、すごいな」


 サラとリネールが待っている所まで登ると、そこには、幹と枝を上手く利用してテントが張られていた。

 サラが登ってから僕が来るまでの短い間に張られたとは思えないほどのテントだった。


「どうぞ、中に入ってください」


 リネールがテントの入口を指差す。

 僕はその言葉に従い、テントの入口をくぐる。


 テントは地面に張られているのと同じくらい、しっかりと僕の体重を受け止めた。


「おお!」

 

 再び僕の口から感嘆の声が漏れる。


「高級品。誰でも持っている訳ではない」


 驚いている僕に気を良くしたのか、後から続いて入ってきたサラのイヌミミがピコピコと嬉しそうに動いている。


「すごいな。どういう構造になっているんだ?」

「素材に『硬化』の概念が宿っていますわ。幹と枝に絡ませてから魔力を込めると安定するんですの」


 リネールは背負っていた荷物を下ろすと、流石に疲れましたわね、と床に座り込む。


「他にも『隠蔽』の概念も宿っていますの。

魔獣が近づけば警報がなる機能もありますし、夜も比較的安全ですわ。

私も持っていますし、チェスター様も今度お求めになっては?」


 リネールは鞄から小さな包みを取り出すと、僕とサラに手渡す。


「保存食ですわ。味には期待しないでいただきたいのですが、栄養は豊富に入っています」


 僕は包みを開けると、中から出てきた茶色い塊にかぶりつく。

 一口噛んだ瞬間、なんとも言えない甘さが口の中に広がった。

 蜂蜜に砂糖をぶち込み、大量のフルーツを入れて煮詰めて固めた感じ、と言えば伝わるだろうか。


「……確かにあまりおいしくはないね」

「しょうがない。火使えないし。ないよりはるかにマシ」

「もちろんそうだけどね」


 『異次元の扉』に食べ物を入れておけばよかったな。

 中の時間は止まっているみたいだし、いつでも熱々の食べ物が食べれる。


「さて」


 食事を一瞬で終えると、リネールが僕の顔を覗き込んだ。

 銀色の髪にランプの灯りが反射し、輝いている。


「チェスター様。差し支えない範囲で教えていただきたいことがあります」

「何かな?僕にわかる範囲でよければ答えるけど」


 僕がそう答えると、リネールは身を乗り出した。

 誰に聞いても美人と答えるであろうリネールの顔が間近に迫り、僕の顔を赤くする。


「チェスター様は、こう言っては失礼にあたるかもしれませんが、非常にアンバランスに思えます。

地竜と真っ向から戦える能力があるにも関わらず、強化魔法をかけるタイミングなど、冒険者として最も基本的なことをご存知なかったりもします」


 リネールは一度言葉を切ると、更に顔を近づけた。

 もう僕に息がかかるほどの近さである。

 僕の顔がますます赤くなる。


「それに、あの強化魔法はどんな系統の魔法ですか?

わたくしは、魔法の知識であれば相当なものを持っていると自負しておりますが、チェスター様の魔法は初めて拝見いたしました」


「……ええと、何から説明すればいいかなぁ」

「全部。私も知りたい。最初、なぜ黒竜に追われていたのか」


「黒竜!?」


 サラの言葉を聞いて、リネールは目を見開いた。


「黒竜とは、あの黒竜ですの!? 特別災害指定種の中でも最警戒が必要な?」


「そう。その黒竜」


「黒竜と戦って生きているなんて……」


 どうやって説明すればいいかわからず、口を開いては閉じ、開いては閉じを繰り返している僕の様子を、サラとリネールは無言で見つめている。


 一番わかりやすく説明するのは、そうだな。


「そうだね、これを見てもらうのがいいかな」


 僕は『異次元の扉』を開くと、中からレフカムゾラン様の牙を取り出す。


「それ、最初に見せてくれたやつ」

「これは……竜の牙、ですか? この前の地竜のものではないようですね」


 僕は頷く。


「これは、竜王レフカムゾランの牙」


「竜王の!?」


 リネールは身を乗り出し、牙に顔を近づけた。


「さ、触らせていただいても!?」

「ど、どうぞ」


 リネールのあまりの剣幕に、僕は若干引きながら牙を手渡した。

 リネールは壊れやすい物を触るような手つきで牙を受け取り、顔を近づけた。


「確かに、物凄い力を感じますね……。

これは……『強者殺し』の概念!? 初めて見た……」


 リネールは口の中でぶつぶつとつぶやいている。

 しばらく舐め回すように牙を見ていたが、やがて紅潮した顔で僕に牙を戻した。


「チェスター様がこの牙を持っているということは、チェスター様は竜王を倒したということですか?」

「倒したと言えば倒したけど、色々深い理由があるんだ」


 僕は竜の生贄に選ばれてからレフカムゾラン様との出来事を話していった。



―――――



「すごいですわ!」


 僕が話し終わると、リネールが感極まったように声を上げた。


「チェスター様は、特別災害指定種の中でも上位に位置づけられている竜王の経験を得たんですね!

現時点で人間の中では最高峰のお力を持っているのではないでしょうか。

あ、ということはつまりあの魔術は……」


「竜魔術って言うらしいよ」


「やっぱり! 竜魔術を身につけられた方なんて、歴史上でもほとんどいないはずですわ!」

「身につけたのは英雄クラスばっかり」


 サラの耳と尻尾がせわしなく動いている。

 無表情ながら、彼女も興奮しているようだ。


「いや、でもまだほとんど使いこなせてないよ」

「それでもすごいですわ! チェスター様は現代の英雄になれる方です!」


 それからしばらく、僕はサラとリネールの質問に答えていった。

 二人が満足したころには、夜も更け、テントの外はすっかり暗くなっていた。



 僕の頭は、靄がかかったように動かなくなっていく。

 慣れない冒険に疲れていたのだろうか。

 しきりに、大きなあくびが出る。


「チェスターは安心して寝ていい。

魔獣が近づけば警報が鳴るし、何よりも私が気づく」

「それは頼もしいな、サラ」



―――――



 チェスターはサラの言葉に甘えその場に横になると、すぐに寝息を立て始めた。

 その様子を見ていたリネールは静かに微笑んだ。


「チェスター様、疲れていたんですね」

「体力はともかく、精神的には疲れたはず」

「そうですわね」

「能力は高くても、冒険者としては駆け出しも同然。

もしかしたら、このことが致命的な隙になるかもしれない」

「大丈夫ですわ。あなたとわたくしがいるのですから」


 サラはランプを消すと、入口を背にするように横になる。


 それを見たリネールもテントの床に身を預ける。


「まずは明日。明日には森の中心につくはず。異変の原因があるとしたらそこ」

「ええ。頑張りましょう」


 安心しきったようによだれを垂らして寝ているチェスターを見て、二人の女性は笑みをこぼした。

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