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力試し

 しばらく歩いたところで、サラは足を止め、前方を指し示した。

 僕は身を低くしてサラの横に並び、木の陰から覗き込む。


 僕の視線の先に、木の生えていない空間ができていた。

 薄暗い森の中と比べ、はるかに明るい。


 その空間で、普通の人間よりも頭一つ分以上大きな鬼が何かに噛り付いていた。

 鋭い牙の生えた口元が赤黒く濡れている。


「ハイオーガ1、オーガ2」


 僕の耳元でサラが囁く。

 熱い息が耳に吹きかかり、僕の顔が少し熱くなった。

 村を出てから、というかサラと出会ってから、僕の顔は熱くなってばかりな気がする。


 そんな僕の様子に気がつくことなく、サラは音を立てないように矢を取り出し、弓を引いた。

 そのまま僕に顔を向けてくる。


 ハイオーガ達に気付かれないうちに、先制攻撃をするという意味なのだろう。


 僕とリネールが頷いたことを確認すると、サラは木の陰から矢を放つ。


 矢は空気を切り裂いて飛び、オーガの頭を貫いた。

 オーガの体がゆっくりと前のめりになっていく。


「チェスター、左、足止め! リネール、右!」


 オーガが地面に倒れると同時に、僕は飛び出す。

 後ろでリネールが魔術を唱え始める。


 僕の目が捉えるハイオーガの姿が、見る見るうちに大きくなる。


 ハイオーガまで残り数メートルとなったところで、僕をリネールの魔術が追い越した。

 土魔術だろうか。

 いくつもの拳大の石が、オーガに向かって飛んでいる。


「おらぁっ!」


 石に打たれ鈍い音を立てるオーガを横目に、僕はハイオーガの頭に向けて武器を振るう。


 この時になってようやく気が付く。


 『強化』かけるの忘れてた。

 やばい、どうしよう。


 僕の頭を雑念がよぎるが、手を止めることはできない。

 僕の攻撃は、吸い込まれるようにハイオーガの頭に向かう。


 鈍い音とともに、僕の手に衝撃が走る。

 肉ではなく、硬質の何かを打つ手応え。


 ハイオーガは、持っていた棍棒で僕の一撃を防いでいた。

 


「ぐっ!」


 僕はすかさず武器を戻すと、今度は地面と水平に、力任せに振り抜く。

 振るわれた武器は、空気を斬る鋭い音を立てハイオーガに迫る。


 再び固い手応え。

 またしても、僕の攻撃はハイオーガの棍棒に防がれた。


「うおっ!」


 ハイオーガの棍棒が僕の武器を弾く。

 バランスを崩した僕の頭を目掛け、ハイオーガは棍棒を振るう。


 Bランクの魔獣が振るう棍棒は、『強化』をかけていない状態で当たれば容易に致命傷になることがはっきりと分かるほどの勢いを持っていた。


 僕はなんとかバランスを取り戻し、バックステップで棍棒を避ける。


 僕の鼻先に風が当たり、背筋を冷たい汗が流れた。

 そのまま数歩距離を取る。


 危なかった。

 どうやら、技術的には、僕よりもハイオーガの方が高いものを持っているらしい。

 

 魔獣に負ける僕の技術ってどうなんだろう。

 でも。


「それならそれでっ!」


 僕は武器を振りかぶると、ハイオーガに向かって進む。

 刹那の間に、二人の距離は潰れる。


 僕は、最初の攻撃と同じように、ハイオーガの頭に向かって武器を振り下ろした。


「ぐぅっ!」


 Bランクに力で勝てなくて、どうやって黒竜に勝つというのか。


 僕は全身の筋肉に力を込めて押し込む。


 しかし、ハイオーガの体勢を崩すことはできない。

 頭二つ分は大きなハイオーガと力くらべで互角に戦うのが、人間としては精いっぱいの所なのかもしれない。


 なおも必死に押し込もうとする僕の耳に、矢が空気を切り裂く音が聞こえたかと思うと、ハイオーガの体から力が抜け地面に崩れ落ちる。

 支えを失って僕も倒れそうになるも、なんとかバランスを取り戻すことができた。


「ありがとう、サラ」


 サラの放った矢は、ハイオーガの頭を貫いていた。

 Bランク程度であれば、サラの矢は十二分に通用するらしい。


「こちらも終わりましたわ」


 リネールの相手にしていたオーガは、身体中のいたるところに穴が開き、見るも無残な様子になっていた。


「チェスター様もサラも余裕ですわね。Bランク程度であれば全く問題ありません」

 

 僕は全然余裕じゃなかったんだけど、と心の中で呟く。

 まだまだ足りない所が多い。


「じゃあ、予定通り奥に進むのかな?」


 僕の質問に、サラは小ぶりのナイフを取り出しながら答える。


「その通り。Bランクを中心に乱獲する」


 そう言うや否や、サラはナイフをハイオーガの胸に突き立て、抉るように動かす。


「ちょっ、サラ? 何しているの?」


 もう鼓動が止まっているからか、思ったよりも血は流れ出ていない。

 それでも、人型の生物にナイフを突き立てているのを見るのは、心構えなしに見るには少しショッキングすぎるのではないだろうか。

 夕飯のおかずにするのでは、と全く見当違いのことが僕の頭に浮かぶ。


「魔石。まさか知らない?」


 心臓部分から取り出した石をサラは手のひらに乗せて僕の目の前に突き出す。


 その石は、濃い紫色に輝き、時折脈打つように明るさを変えている。


「魔石なら知っているけど、魔獣の心臓から出てくるなんて知らなかったよ」


 魔石とは、大気中に満ちている魔素が、長い年月の間に堆積し、結晶化したものである。魔力を放出する性質があるので、魔道具の心臓部に使われていることが多いそうだ。


「地面の中から掘り出されるものもあるにはありますが、滅多にありませんのよ。

出回っている魔石のほとんどは魔獣から出てきたものですわ」

「僕の住んでいた村に魔道具なんてほとんどなかったからなぁ」


 魔道具とは、魔石に含まれる魔力を動力にして動く、様々な機器の総称である。

 僕の住んでいたような田舎はともかく、都市部では、照明や炊事道具など、様々な場面で使われているそうだ。


「冒険者なら知っていて当然の知識」

「そうですのよ。魔獣自体の討伐報酬よりも魔石の方が高価なんてことはよくある話ですし、なによりも魔石を持っていかないと討伐の証明になりませんから」


 そう話している間にも、サラは残るオーガ二体から魔石を取り出していた。

 ハイオーガの魔石よりも、二まわりほど小さい。


「まあ、Cランクならこんなもの」

「ランクによって大きさが違うの?」

「魔石は、その魔獣の生きてきた歴史。積んできた経験によって大きさが異なる」


 サラはそう言うと、それよりも、と話を続けた。


「チェスター、さっきの戦い、地竜と戦った時の魔術使ってなかった」


 その言葉に、僕は頭を掻いて答える。


「いや、忘れていた」


 ははは、と誤魔化すように笑うも、サラとリネールは呆れたように首を振る。


「強化系の魔術は戦いの前にかけるのが常識ですのよ。特に初見の魔獣と戦うときには」

「ごめん、次は忘れないようにするよ」


 なおも白い目で見てくる二人を誤魔化すように、僕は元気良く歩き出した。


「さぁ、次の魔獣を倒しに行こう!」


 サラとリネールは顔を見合わせ小さく笑うと、僕の後に続いて歩き出す。


 僕たちの目の前には、先ほどまでの喧騒が嘘だったかのように静まり返った森が続いていた。

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