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森の異変

 地竜の襲撃から3日後、ようやく僕は冒険者としての活動を始めることができた。


 この3日間は、回復魔術師の所に行って2時間ほど説教を受けたり、市長に挨拶に行って3時間ほど演説を聞かされたり、口喧嘩しているサラとリネールを4時間ほどなだめたりと、非常に忙しい日々を過ごしていた。


 でも、ようやく。


 僕は勢いよく冒険者ギルドの扉を開けた。


「僕の、冒険者人生の幕開けだ!」



「おお? 英雄が来たぞ!」

「チェスター、ちょっとこっちこいよ! 一杯おごるぜ?」

「今日は逃さないからな!」


 僕の冒険者人生の初日は、朝っぱらからギルドに併設している酒場で呑んだくれているむさ苦しい冒険者たちの相手から始まったのだった。


「思っていたのと違う……!」



――――



 翌日、僕は二日酔いで痛む頭を抱え、再び冒険者ギルドの前に立っていた。


 昨日は朝から夜が暮れるまでおっさん冒険者たちが僕を離してくれず、延々と酒を飲まされ続けた。

 自分でも、よくこんなに飲めるな、と途中から面白くなってきてしまって、断わらなかったのが長引いてしまった原因かもしれない。



 辺りはまだ薄暗く、街には人っ子ひとり歩いていない。


 朝早く――というか世間的にはまだ夜なのだが――なら、飲んだくれたちもいないだろう、という予想で、僕は朝早く冒険者ギルドに来たのだった。


 こんな時間から営業しているのか?と心配はしていたが、窓に灯りが灯っていたので、既に誰かしらはいるのだろう。

 僕は、念には念を入れて、静かに扉を開けた。

 もし万が一、昨日みたいに飲んだくれがいっぱいいたら、静かにドアを閉じて退散しよう。



「ん? おお、チェスターか。ずいぶんと早く来たな」


 昨日は酔っ払いが騒いでいた酒場で、ギルマスが一人、書類に向かっていた。

 よかった。飲んだくれは今日はいないみたいだ。


「ええ、ちょっと昨日色々ありまして」


 僕が頭を掻くと、ギルマスは見ていたぜ、と楽しそうに笑った。


「まぁ、あいつらも悪気があるわけじゃないからよ。

ただ、自分たちの中から英雄が出てきてちょっとはしゃいでいるんだ。

あんまり嫌わないでいてくれよ」


 そう言い残すと酒場の棚からボトルを取り、僕に手渡した。


「昨日の礼だ。今日帰ったらゆっくりやってくれ」


 僕は礼を言ってボトルを受け取る。

 氷の魔道具で冷やしていたのか、ボトルはひんやりとしていた。


「話は変わるけどな」


 ギルマスは先ほどまで座っていた椅子に戻ると、一枚の紙を手渡した。


「お前さんに、ちょっとやってもらいたい任務があるんだ。

正直な所、厄介な任務でな。

お前さんのパーティくらいしかまともにこなせなさそうなんだ。

この街にBランクが3人もいるパーティなんて、お前さんの所しかないからな」


 Aランクのやつらは個性的過ぎて使いにくいからなぁ、とギルマスは独り言のように呟いた。


「どんな任務ですか?」


 僕は紙を読み始める。

 森の魔獣の生態を調査した報告書のようだ。

 報告書の中の一枚目は地図になっていた。

 

 地図の中心にある街はこの街だろう。

 この地図を見るまで知らなかったが、この街は、北を山脈、南と西を森に囲まれ、他の地域とつながっているのは東側だけのようだ。

 そして森の中に、赤く印が付いている。


「森の異変の原因調査だ」

「森の異変……ですか?」

 

 この赤い印の場所に異変があるのだろうか。


「ああ。この前の小地竜もだが、これまでの森ではなかったような異変が最近起こっているんだ。

元々は、森の浅いところは低ランクの魔獣しか住んでいなかったから、駆け出しのルーキーたちが任務をこなすのに丁度いいレベルだったんだ。

だが、その報告書にもあるとおり、3日前にベテランパーティに調査を依頼したんだが、森に入った瞬間に高ランクの魔獣が徘徊していて、Cランクの冒険者でも厳しい状況になっているらしい」


 僕の手元の報告書は、古くからこの街で活動している、全員がCランクの冒険者で構成されたパーティが作成したものだった。

 森の中で確認した魔獣と、大体の分布がまとめられている。


「高ランクの魔獣……ですか」


「ああ。ハイ・オーガやジェネラル・オークあたりのBランク級がゴロゴロしていたそうだ。

もしかしたら、Aランクもいるかもしれない」


 ギルマスは疲れたようなため息をついた。


 それもそうだろう。

 これまで初心者でも入ることができた森が、ベテラン冒険者でも入ることを躊躇するような魔境になったら、冒険者ギルドの運営にすら悪影響が出てくるだろう。


「わかりました」


 僕は報告書から目を離し、頷いた。

 ギルドのためになるなら受けない理由がない。

 それに、高ランクの魔獣と戦えるなら僕も嬉しい。


「受けてくれるか。すまんな」

「いえ、冒険者になったのも、ランクの高い魔獣と戦うためでしたので」



―――――



 それから数時間後、僕たち三人は、森の入り口に立っていた。

 報告書の内容が先入観となっているせいか、森はいつもよりも薄暗く、不気味に見えた。


「異変の原因って何だと思う?」


 僕は両隣に立っている二人に尋ねた。


「高ランクの魔獣は、元々は森の深いところにいた魔獣が追い出されて外周部に来たと考えるのが妥当ですわ。

森の奥に、更に高ランクの魔獣が出現したのかもしれません」

「Bランクだと相手にならない個体。

Aランク以上は確定。もしかしたらAAランクかも」


 リネールの言葉を引き継いで、サラが頷く。


「AAランク……か。ちなみに、この前の地竜のランクは?」

「地竜はAAランクですわ。

本来であれば、Aランクのフルパーティで討伐をするのが適切ですの。

それを、周りの援護があったとはいえ、ほとんどお一人で戦ったチェスター様は流石ですわ」


 リネールに熱い目で見られ、僕は頬が熱くなるのを感じた。


「た、たまたまだよ。リネールとサラも助けてくれたしさ。

他の人も援護してくれたし。あれがなかったら勝てなかったよ」


「それでも、チェスター様が互角に戦っていた事実に変わりはないですわ」


「そ、そんなことよりもさ」


 居心地が悪くなり話をかけようとした僕の腕を、リネールは抱え込んだ。

 豊かな双丘が、僕の腕を柔らかく包み込むように形を変える。

 顔の熱が更に高くなる。

 この調子で熱くなったら、僕もドラゴンブレスを放てるかもしれない。


「離せ」


 サラが頬を膨らませ、僕の反対の腕を抱え、引っ張った。

 悲しいかな、僕の腕に伝わったのは、少し固い感触だけだった。


「そ、そんなことよりもさ」


 僕は話題を変えようと、さっきと同じことを繰り返しながら二人をそっと離す。


「地竜と同格以上の魔獣がいる可能性があるんでしょ?

僕たち3人だけだと厳しいんじゃないかな?」


「そうですわね。それにAランクも単独であれば問題ないと思いますが、複数ですと少々厳しいですわね。

AAランクともなりますと、わたくしとサラはお役には立てないでしょうし。

地竜を倒したチェスター様がどれくらい強くなっているか、にもよりますが。でも」

「今勝てないなら、強くなればいい」


「サラさんの言うとおりですわ。

幸い、今この森にはBランクの魔獣が溢れています。

これを倒して経験を得ていけば、Aランク以上でもどうにかなる可能性はありますわ」


 サラは背中にくくりつけていた弓を外すと、森の奥を示した。

 さっそくだけど、とサラが小さな声で呟いた。


「こっちに3体いる。多分Bランクが1体にCランクが2体」


 その言葉に、僕は異次元からエルダーオーガの骨を取り出し、リネールは魔術杖を握りなおす。


「じゃあ、まずはその3体を倒そう。

それで問題なく倒せれば、どんどん奥に入っていこう」


 僕の言葉にサラは頷くと、少し姿勢を低くして、先頭に立って歩き始めた。


「先行する。ついてきて」


 僕達は、鬱蒼と茂る木々の中に足を踏み入れた。

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