新米冒険者、一転ドラゴンスレイヤー
竜の息吹が僕に迫る。
死を目前に集中力が極限まで研ぎ澄まされたのか、迫りくる竜の息吹がはっきりと見える。
何度『強化』と『障壁』をかけても、到底防ぎようがないほどの魔力だ。
終わった。
死んだ。
確実に。
僕の体から力が抜ける。
本能が生存を諦めたのだろう。
ごめん、母さん。
ごめん、レフカムゾラン様。
ごめん……サラ。
「『ストーンウォール』!」
その時、僕を守るように石の壁が現れた。
「『ストーンウォール』! 『ストーンウォール』!」
石の壁は、竜の息吹に破壊されながらも、次から次へと生まれていく。
この魔法は。
「『ストーンウォール』! 『ストーンウォール』! 『ストーンウォール』!」
何枚、いや何十枚の石の壁が破壊されただろうか。
しばらくして、石の破壊される音が途切れた時、僕の前には、僕を守るように石の壁が聳え立っていた。
「リネールさん……」
僕が振り向くと、青い顔をしたリネールが、魔術杖に体重を預けて立っていた。
あの短時間で魔力を全て使い切ったのだろう。
「チェスター様、あなたはわたくしが守り切ります」
リネールは弱々しく、しかしどこか力強さを感じさせる笑顔を浮かべた。
「ですから、地竜を倒すのはあなたの役目ですのよ」
リネールは僕に魔力回復薬が入った瓶を手渡す。
魔力回復薬を飲み干すと、僕の体に力が戻った。
「さぁ、地竜に通用する攻撃ができるのはあなただけです。行ってください」
リネールの励ますような言葉を背中に受け。僕は再び地竜に対峙する。
「遠距離攻撃部隊!
ダメージが通らなくてもいい!
地竜に攻撃を集中させろ!
あいつが攻撃する隙を作るんだ!」
地竜の突撃を受け、血だらけになったギルマスの声が響いた。
その声に従うように、盛り土の上から矢や魔術が放たれ、地竜を攻撃する。
いずれも鱗に弾かれダメージは与えていない。
でも十分だ。
「竜魔術『強化』」
僕の体を金色の魔力が覆う。
「竜魔術『強化』」
僕の体に力が満ちる。
「竜魔術『強化』」
金色の魔力が視覚化できるほど濃さを増す。
「竜魔術『強化』」
僕はエルダーオーガの骨を構えると、地を蹴った。
体の限界を超えた『強化』をした代償か。
僕の体に、一歩進むごとに大きな痛みが走る。
身体中の骨という骨、筋肉という筋肉、血管という血管が悲鳴をあげ、次々に損傷していく。
せっかく回復した魔力が零れ落ちていく。
僕は体から発せられる痛みを無視し、一瞬ごとに近づいてくる地竜だけを見据えていた。
―――――
「金色の……翼?」
リネールの目には、チェスターの魔力の光跡が金色の翼のように見えていた。
あたかも、空を羽ばたこうとしている金色の竜のように。
―――――
地竜は遠距離からの攻撃を嫌がっているのか、頻りに体を動かし、なんとか回避しようとしている。
ダメージは与えていないものの、注意を削ぐ役目は十二分に果たしている。
ありがたい。
行ける。
地竜は遠距離攻撃に紛れて近づく僕に気がついていないようだ。
地竜まで、残り数歩。
僕は、エルダーオーガの骨を握る手に力を込めた。
しかし、地上の強者たる所以か。
それとも先ほどのことで僕を警戒していたのか。
遠距離攻撃に気を取られているように見えたのは、狡猾な知性の生み出した虚偽の隙だったのか。
僕がエルダーオーガの骨を振り上げ、地竜の頭を攻撃しようとしたところで、地竜の目が僕を捉え、腕を振り上げた。
どこかその表情は、地竜が笑ったかのようにも見えた。
だけど、僕の体はもう止められない。
僕がエルダーオーガの骨を振り下ろすのが早いか、地竜が僕を叩き潰す方が早いか。
その勝負だ。
その時、飛んできた矢が地竜の目を射抜いた。
通常であれば、たとえ目に当たっても大したダメージにはならない。
しかしその矢には、微かな、ないにも等しいほどの竜殺しの概念が宿っていた。
地竜が悲鳴を上げる。
僕から注意が逸れた。
「ありがとう、サラ」
僕には、その矢の持ち主が誰かわかっていた。
盛り土の上で、サラはいつも通り無表情で次の矢を構えているに違いない。
僕はその様子を一瞬脳裏に浮かべると、手に力を込め、エルダーオーガの骨を振り下ろした。
これで!
爆音が響いた。
振り返った僕の視線の先で、地竜は何かに迷うようにゆらゆらと体を揺らしていた。
僕の一撃が効いていたかどうか、この位置では判断することができない。
……だめだったのか?
今の一撃でだめなら、もう勝ち目はない。
僕の体から金色の魔力抜ける。
エルダーオーガの骨を持っていられずに、地面に落としてしまった。
もう体力も魔力も全く残っていない。
今のが正真正銘の、最後の一撃だった。
エルダーオーガの骨が地面に落ちた一拍後、地竜の体が音を立てて地面に倒れる。
地響きが鳴った。
僕の一撃は、地竜の頭を破壊していたようだ。
勝った。
よかった。
緊張か、疲労からか、僕は自分の体を支えきることができなくなり、その場に崩れ落ちた。
地竜の後を追うようにその場に倒れこむ。
冒険者たちから、大きな歓声があがった。
最後の力を振り絞ってそちらに顔を向けると、盛り土の上からサラが飛び降りるのが見えた。
さすがに、サラも笑ってくれているかな。
それとも心配しているだろうか。
心配かけたって、後で怒られたりしないよな。
まあ、怒られてもいいか。
そんなことを考えていると、僕の視界は徐々に狭くなっていき、やがて黒一色に染められた。