チェスターの覚悟
地竜は、こちらに向かって突撃をしてくる。
進路上にいた小地竜が跳ね飛ばされるが、全く意に介した様子はなく、勢いは衰えない。
「くそっ! 正面から当たろうと考えるな。
敵はAAランクの上位だ。吹っ飛ばされるぞ!
遠距離攻撃部隊は地竜に攻撃を集中させろ!
他はどうでもいい!」
ギルマスの指示に従い、遠距離攻撃部隊の攻撃が地竜に集中する。
サラも矢を放ち、リネールも炎の弾丸を放出する。
しかし、
「嘘……だろ……?」
サラの矢は鱗に阻まれ力なく地に落ち、リネールの魔術も小さな焦げ跡を残した程度だった。
「リネール。合成魔術」
「わかりましたわ。一撃に威力を込めます」
「承知」
限界まで引かれたサラの弓が軋む。
集中を高めるリネールの額に大粒の汗が生まれる。
「『エンチャント・エクスプロード』!」
「『ストライク・シュート』!」
先ほどとは違い、爆発の魔術を纏った弓が一本だけ飛ぶ。
威力を一本に集中させているのだとすると、すごい威力となるのは間違いがない。
矢は空気を切り裂いて飛ぶと、一呼吸の間に地竜に直撃した。
轟音と爆炎が上がる。
辺りを砂煙が包んだ。
その様子を見たサラとリネールが地面に崩れ落ちる。
顔が真っ青だ。
僕は急いで二人に駆け寄り、魔力回復薬を飲ませる。
今の合成魔術は物凄い威力だった。
二人の様子から見ても、二人とも全力だったのだろう。
サラとリネールの、いやこの討伐隊の最大の攻撃方法なのだと思う。
きっと地竜も倒せたはず。
……もしこの攻撃で倒せていなければ、僕たちはあの地竜を倒せないだろう。
砂煙の向こう側に、黒い影が見えた。
「リネール! もう一度!」
へたり込んでいた二人は、弾けるように立ち上がった。
サラは弓を引き絞り、リネールは集中を高める。
その時、戦場を揺るがす咆哮が上がった。
思わず僕は蹲り、耳を両手で押さえる。
咆哮に吹き飛ばされるように、砂煙が消える。
「嘘……」
魔術杖を掲げていたリネールの腕から、弓を引いていたサラの腕から、力が抜ける。
からん、とどこか柔らかな音と共に、矢が地面に落ちた。
砂煙が消えたその場には所々から血は流しているものの、ほぼ無傷と言っても過言ではないほどの地竜がこちらを睨んでいた。
二人の攻撃は、全く効いていなかった。
地竜は進路を変え、こちらに向かって突撃してくる。
ほとんど効いていないように見えたが、サラとリネールを脅威に思ったのかもしれない。
「ッ! 前線部隊、集まれ。地竜を抑えるぞ!
ここが抜かれたら俺たちの街はおしまいだ!」
ギルマスが地竜の進路上に立ち、大楯を構える。
その左右に前線部隊が次々に集まってくる。
「中衛部隊と遠距離攻撃部隊は勢いが止まったら地竜を攻撃しろ!」
剣や槍を持った冒険者たちが、その周囲で武器を構える。
僕たちの後ろで、弓や魔術杖を構える気配がした。
リネールとサラも、青い顔で弓と魔術杖を構えている。
「くるぞっ!力を込めろ!」
ギルマスの声とともに、金属がひしゃげ、砕ける音が響いた。
悲鳴と呻き声が満ちる。
地竜の前に、彼らはあまりにも無力だった。
重装甲の前線部隊など障害にもなっていないかのように、地竜は直進してくる。
それもそうだろう。
地竜に比べると、人はあまりにも小さい。
「そんな……」
地竜の突撃に、前線部隊は抗うことすら出来ずに崩壊した。
地竜はそのままの勢いで遠距離攻撃部隊が立つ盛り土にぶつかる。
僕たちの立つ地面が激しく揺れた。
僕は思わずしゃがみ込み、必死に地面にしがみつく。
「リネール!」
だから、サラの悲痛な叫び声が聞こえるまで、その状況に対処することはできなかった。
サラは必死に手を前に伸ばしている。
手の先には、宙を舞うリネール。
バランスを崩して盛り土から落ちてしまったのだろう。
サラとリネールの目を絶望が覆い尽くす。
このままリネールが落ちれば、そこはもう地竜の目の前。
「くそおっ!」
だから僕は、宙に身を投げ、必死に手を伸ばす。
僕も一緒に落ちるとか、落ちた先には地竜がいるとか、そういったことはどうでもよかった。
「チェスター!」
後ろからサラの声が聞こえた。
サラにしては珍しく、声が震えているような気がした。
泣いているのかな、サラ。
そうだとしたら、ごめん。君を悲しませてしまって。
でもしょうがないだろう。
あのままだと、リネールは一人で地竜の前に立つことになっちゃうんだから。
僕は空中でリネールの体を捕まえると、必死に抱きしめる。
なんとかバランスを取り戻し、足から地面に着地することができた。
こんな動き、以前はできなかった。
これもレフカムゾラン様のおかげだろう。
おそるおそる顔を上げると、すぐ目の前には地竜が口を開き、低いうなり声を上げていた。
鋭い牙といかにも硬そうな鱗がはっきりと見え、口から漏れる熱い息が僕にかかる。
体高は僕の3倍以上だろうか。
後ろ足で立ち上がれば、もしかしたら街の壁よりも高いかもしれない。
こんなの、ついこの間までただの村人だった僕に勝てるわけがない。
でも。
僕は震える腕を意志の力で抑え、『異次元』からエルダーオーガの骨を取り出し、地竜に向かって構える。
怖い。
でも。
「下がっていて、リネールさん」
でも、サラ。
僕、言ったよね。
君を手伝って、黒竜を倒すって。
その目標に見合うくらい、強くなるって。
だから、
「地竜なんかに!
こんな所で殺されてやる訳にはいかないんだよ!」
見ていて、サラ。
ここが僕の、生まれ変わった僕の本当の出発点だから。
君を手伝うと言った、本当の覚悟だから。