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小地竜の襲来(後編)

「こっち、きて」


 僕はサラに手を引かれ、盛り土の中ほどに張られたテントに向かって移動する。

 僕たちの後ろを、リネールがついてきている。

 周囲から差し伸べられる手に対して、リネールは笑顔を振りまき、ハイタッチを繰り返した。


「あの魔術、すごいね。どうやったの?」


 僕は手を引くサラに尋ねる。


「後で説明する」


 サラはそっけなく応えると、なおも移動を続けた。



 テントの陰に入ったところで、サラとリネールは地面に崩れ落ちた。


「どうしたの!?」


 急変した二人に、僕は慌てて駆け寄る。

 二人とも顔が真っ青で、肩で荒い息を繰り返している。


「魔力補充薬」


 サラが震える指で差し示した青い薬を、僕は急いでサラの口元に持っていく。

 瓶を傾けると、サラの喉が小さく動いて薬を飲み込んだ。



「もう大丈夫」


 一口薬を飲んだサラは、今度はしっかりと瓶を受け取ると、自分で飲み始める。

 僕はリネールにも同じことを繰り返す。


「ふぅ。やっぱりこれだけ一気に魔力を使うと、少しつらいですわね」


 サラとリネールは次から次へと魔力補充薬を飲んでいる。


「どういうこと?」


 僕は空き瓶を二人から受け取り、新しい瓶を二人に渡す。


「あの魔術に全魔力を込めた。急性魔力欠乏症」

「あのままだと、まともに戦えずに蹂躙されるのは目に見えていましたからね。

急性魔力欠乏症になってしまうことを考慮に入れても、いい手段でした」


 リネールは首を振った。


「そうなんだね。でもあの魔術、すごかったね。どういう魔術なの?」

「二人の合成魔術」


 サラはそっけなく応えると、それ以上話すつもりはないのか、魔力補充薬に口をつけた。

 その様子を見ていたリネールは苦笑し、わたくしがご説明しますね、と口を開いた。


「通常の魔術は、威力、速度、連射性能の三要素に魔力を割り振り、それぞれの性質を決めています。

威力が高いけど速度が遅く単発でしか使えない魔術や、威力は低いけど速度が速く連射もできる魔術、といった形ですね。

あの魔術は、この三要素を二人でそれぞれ補うことによって、全ての要素を最高レベルにして、その相乗効果で威力を高める、というものです。

私が威力を、サラの魔術が速度を、弓の技術が連射性能を担っています」


「タイミングが難しい」


 魔力補充薬をもう一本飲み切ったのか、サラが口を挟む。


「そうですね。今わたくしが話した限りだと簡単そうに聞こえるかも知れませんが、わたくしたち意外に合成魔術を使える人の話を聞いたことはありません」


 そう話すリネールはどこか誇らしげな表情で、思わず僕は思ったことをそのまま口に出してしまった。


「二人って、仲いいんだね」


 僕の言葉に、サラは顔を背け、リネールは照れたような笑みを浮かべた。

 微かに頬が赤くなっていて、どことなく色気を感じた。


「そんなこと、ない。そもそも、私の魔術があればあの程度の敵、どうとでもなった。

でも手柄の独り占めは本意ではじゃないから、仕方なくリネールにも手伝わせてあげただけのこと。

結果としてチェスターには共闘したように見えたかもしれないけど、実際にはリネールは私についてくるのが精一杯」


「まあまあ、照れないでくださいな、サラさん。

二人で必死に練習してマスターした合成魔術じゃないですか」


 顔をそむけるサラと反対に、リネールはにこにこと微笑んでいる。

 リネールのイヌミミも、嬉しそうにぴょこぴょこと動いていた。


 その様子を見ていたら、なんだか今がピンチではないように思えて、笑いがこみ上げてきた。


「何笑ってる」


 サラがこちらを睨んで唸り声を上げたが、僕は更に笑ってそれを受け流した。サラの手を取り、軽く引っ張る。


「さ、二人とも。元気になったならもう一働きしよう」


 テントの向こう側では、戦場の怒号が断続的に鳴り響いている。


 遠距離攻撃の主戦力二人を早く連れ戻さないとな。




 サラとリネールと一緒に前線に戻ると、ちょうど騎士団が最初の突撃をするところだった。


「突撃!」


 騎士団長さんの澄んだ声に続き、野太い歓声が上がり、戦場に砂煙が立つ。

 歩調を揃えて突撃する重鎧を纏った戦馬は、僕の位置から見ても迫力がある。

 勢いよく小地竜の中に飛び込むと、進路上にいる小地竜を跳ね飛ばしながら進んでいく。


 その様子を見た冒険者から大きな歓声が上がった。もちろん僕も。


「遠距離攻撃隊、騎士団の離脱を支援しろ!」


 ギルマスの指示に従い、騎士団の左右と後方に弓と魔術が集中する。


 僕はサラの横に立ち、必死に矢を受け渡す。

 あまりの速射に、矢が一本の線のように繋がっているかのように見える。


 そうこうしているうちに、騎士団は一度目の突撃を完了し、二回目の突撃を始めるために少し離れたところで隊列を整え始めた。


「中衛部隊、隙があったら少しでも敵を減らしてくれ」


 ギルマスの呼びかけに、大楯を持った前線部隊の後ろに控える冒険者が声を上げた。

 彼らは、大楯と大楯の間から槍を突き出し、迫ってくる小地竜を攻撃している。


 大楯を持った前線部隊は堅固で、崩れる様子はない。

 また遠距離攻撃部隊の物資もまだまだあり、しばらくはこの勢いを継続できそうだ。

 そして要の騎士団の突撃も有効だった。


 このまま行けば、時間はかかりそうだが問題なく小地竜を撃退できる。

 僕はそう思っていた。


 いや、僕だけじゃない。


 指揮をとるギルマスと騎士団長さんも、サラもリネールも、他の人たちも、きっとそのように考えていたと思う。


 全てが順調に行っていたからこそ、その変化に対応することができなかった。



「ち、地竜だ! 地竜が出たぞ!」


 悲鳴が上がる。

 その指差す方向を見ると、小地竜の群れの中に、一際大きな、そして圧倒的なまでの存在感を放つ竜がこちらに向かってきていた。

 体の大きさは小地竜の10倍くらいはあるだろうか。


 短くて太い首に、同じくらい太くて長い尾を揺らし、四本の脚で大地を力強く踏みしめている。


 まるで岩のような肌をしていて、いかにも硬そうだ。

 剣も矢も魔術も、全てを防いでしまうのかもしれない。


 あいつは、小地竜とは文字通り格が違う。


 かなり距離があるが、そのことがはっきりとわかった。

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