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ブラックサファイア  作者: 早紀
92/227

15-6


 ただ、その時の彼には、そんな短絡な詞しかでなかった。


 それをいうことは、死の訪れすら、悦び待ち望んでいたゼーレにとって、酷い詞だった。




 だって、そんなこと言われたら誰だって思ってしまうから。


 彼こそ、己の救いの手だと――。




「なら、俺が家族になってやる!」


「――えっ?」


 ゼーレが、告げられた宣言を理解し、思わず一歩進み出る。


 すると、足元に落ちていた画用紙集(スケッチブック)を無意識に蹴飛ばしてしまっていた。


 それは、隅の椅子の下に入って隠れてしまった。


 


 もう、彼の視界からは見えない位置まで。


 それは、去って行った――。




「……本当に?」


 その勢いのまま訊ねる。


 それに、彼は虚栄心がさらに増幅する。




 そんなことを、言うな。


 だって、なんの保証もできない。


 ただの、子供だったのに。


 宝石眼(ユヴェールアオゲ)なんて関係ない。


 それほど、〝家族〟とは容易くなれるものではない。


 その覚悟が。


 お前には備わってないだろう――。




「あぁ、もちろん。俺は、クルス!今日からお前の家族だ!」


 クルスが、自信満々に告げる。




 それを止めてあげられる、きちんとした指導者が。


 宝石眼(ユヴェールアオゲ)を特別扱いしない大人が。


 彼の傍に一人でも立ち止まってくれていたら。




 きっと、この過去は生まれなかったのに――。




 なんと滑稽な純粋たる生き物よ。


 出逢わなければ、希望を持つこともなかったのに。






 雉が啼く――。




 早朝と共に、教会へ神父が礼拝に一番乗りで訪れる。


 重い神々しい扉を開放すると、そこに異質な影が二つ。


 神父が、息を呑む。


 しかし、すぐに気づく。


 それが、神の使いではなく、人間であることを。


 神父は、安堵した。


 教会に捨てられた子供のなかで、年相応らしくなく、外で元気に遊ばない子がいることを知っていたから。


 今回も、一人はその子。


 ならば、悪知恵を働かせて、自分の行為を他の誰かにも強要させたのだろう。




 無意識に溜息が零れる。


 小言から始まる一日ほど、憂鬱なこともない。


 そう、思って近づく。




 ゼーレがその足音に気付き、目を覚ます。


 いつの間にか、眠っていた。


 何かを色々語った。


 そしたら、夜明けが近くなっていた。


 そこで、眠さから意識は途切れた。




 視界に映った人間。


 それを捉え、何度も叱咤された記憶が呼び覚まされる。


 知らず、近くにあった布を掴んだ。


 


 そこで、違和感を覚える。


 いつだって、こんな時に傍にいてくれる友は、もっと無機質な固い紙特有の鋭さを持っていたのに。


(どうして、こんなに温かいんだろう……?)


 その布は、ゼーレの意志とは別に動き出す。


 それに、ハッとする。


 本当に、夢幻ではなかったことに――。




「おい、ゼーレ!いい加減にしなさい!ここは、夜間立ち入りを禁じていると、何度言ったら――」


 そう言った、神父の顔も声も表情も。


 なにもかもが停止する。


 横にいた、子供が起き上がった。


 その視線を真正面から浴びてしまったのだ。




「うわぁーー!」


 思わず、神を祀る神聖な場所で大声をだし、あまつさえ後ろに飛び退き、尻餅をついてしまった。


 その神聖なる存在の愛する者に対して。


 聖職者として、この国の民として、それは罰せられるほど罪なことである。




 使いは、眠り(まなこ)をこすりながら不機嫌そうに言う。


「ゼーレに酷い詞を使うな!こいつは、俺の家族なんだからな!」


 その詞に、ゼーレは心臓が強く跳ねる。




 自分は、本当に生きていたんだ。


 そう、実感させる。


 


 どんなに欲しくても、手に入らないモノなんていくらでもある。


 それは、種類によっては努力や運で手に入ることもある。


 しかし、ゼーレが欲しかったもの。


 それをこんなに簡単にくれる人がいる。




 ただ、決めた。


 残りの人生、総てを賭けて彼と共に在ろう――。


 


 覚悟にはっきりと差が出た。


 その時はまだ、小さな(ともしび)だったのに。


 それが、燃え盛る炎となった時。


 初めて気づく。


 業火に焼かれるこの身を以って――。






 その日は、ゼーレにとって人生のまさに転機だった。


 あの後、恐慌状態となった神父の騒ぎによって、国はターコイズの宝石眼(ユヴェールアオゲ)の失踪劇を知った。


 あまりに短い小さな逃走。


 しかし、国にとっては大きすぎた惨事となった。


 クルスの両親と、無理を言って同行してきたように見える妹が、教会まで大慌てで馳せ参じてきた。




 両親は、啼いて泣き喚いた。


 しかし、決して彼を抱きしめようとしない。


 いや、できなかった――。


 なぜかって?


 だって――。




 彼らは、普通の夫婦だった。


 それなりの生まれ。


 それなりの育ち。


 そのなかで出会い、普通に恋をして結婚して子を授かった。




 それだけの夫婦だった。




 なんの欲もなく彼らを身籠り、そして産んだ。


 しかし、その双子は国の宝を携えて生まれてきた。




 こんな、〝普通〟の私たちの子供として――。




 それから、彼らの生活は一変した。


 豪華な暮らしに、最初は戸惑ったものの、その恩恵に与れることを幸福に想っていた。


 なんの不自由もなく、不満など持つはずはない。




 〝普通〟ならね。




 そう。


 彼らは、普通を愛していた。


 だから、身分不相応な生活も普通と思えば、気楽に過ごせた。




 しかし、彼らは普通と異なり、自分の子供たちを自分たちで育てられなかった。




 大事な大事な宝石眼(ユヴェールアオゲ)


 彼らが、成長した暁には、素晴らしい紳士淑女となれるように。


 彼らは、実の両親とその僅かしかない幼い成長の瞬間を、知らない大人たちと共に過ごした。


 両親にとっての普通に当てはまらなかった、自分の子供たち。




 だから――。


 お互い知らない。




 子供としての。


 親としての。




 〝普通〟の接し方を――。




「大丈夫?」


 高い、その可憐な声が聞こえた。




 無言の親子。


 そこに入る、娘。


 クルスの双子の妹。




 その赤き実を瞳に携えながら。


 両親が好きな果実。


 あまりに、それと酷似していたから。


 クルスとは異なり、すぐに名前が決定した妹。




「ザクロ……」


 名前を呼ばれた、妹は微笑む。


「嬉しい!クルスのお蔭で、私まで外に出れたんだから」




 『ザクロ・シュッツハイリンガー』 


 彼の双子の妹にして〝ガーネットの宝石眼(ユヴェールアオゲ)〟でもある彼女は、彼を一切心配していない様子で言う。




 泣き崩れる両親と真逆の妹。


 そう、これが、クルスの唯一知っていた家族の形――。




 だから、誤ったのだろうか。


 家族という重みを。


 あまりに稚拙に理解していたから。


 だから、そんな願いを言えたのかもしれない。




「ねぇ、ゼーレも家族にして!」


 


 この時、一斉にクルスの家族に見つめられていたゼーレは気づいた。


 両親の訝しげな視線など目に入らない程。




 彼の妹が、己を憎悪が入り混じった瞳で睨みつけてきたことを――。



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