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ただ、その時の彼には、そんな短絡な詞しかでなかった。
それをいうことは、死の訪れすら、悦び待ち望んでいたゼーレにとって、酷い詞だった。
だって、そんなこと言われたら誰だって思ってしまうから。
彼こそ、己の救いの手だと――。
「なら、俺が家族になってやる!」
「――えっ?」
ゼーレが、告げられた宣言を理解し、思わず一歩進み出る。
すると、足元に落ちていた画用紙集を無意識に蹴飛ばしてしまっていた。
それは、隅の椅子の下に入って隠れてしまった。
もう、彼の視界からは見えない位置まで。
それは、去って行った――。
「……本当に?」
その勢いのまま訊ねる。
それに、彼は虚栄心がさらに増幅する。
そんなことを、言うな。
だって、なんの保証もできない。
ただの、子供だったのに。
宝石眼なんて関係ない。
それほど、〝家族〟とは容易くなれるものではない。
その覚悟が。
お前には備わってないだろう――。
「あぁ、もちろん。俺は、クルス!今日からお前の家族だ!」
クルスが、自信満々に告げる。
それを止めてあげられる、きちんとした指導者が。
宝石眼を特別扱いしない大人が。
彼の傍に一人でも立ち止まってくれていたら。
きっと、この過去は生まれなかったのに――。
なんと滑稽な純粋たる生き物よ。
出逢わなければ、希望を持つこともなかったのに。
雉が啼く――。
早朝と共に、教会へ神父が礼拝に一番乗りで訪れる。
重い神々しい扉を開放すると、そこに異質な影が二つ。
神父が、息を呑む。
しかし、すぐに気づく。
それが、神の使いではなく、人間であることを。
神父は、安堵した。
教会に捨てられた子供のなかで、年相応らしくなく、外で元気に遊ばない子がいることを知っていたから。
今回も、一人はその子。
ならば、悪知恵を働かせて、自分の行為を他の誰かにも強要させたのだろう。
無意識に溜息が零れる。
小言から始まる一日ほど、憂鬱なこともない。
そう、思って近づく。
ゼーレがその足音に気付き、目を覚ます。
いつの間にか、眠っていた。
何かを色々語った。
そしたら、夜明けが近くなっていた。
そこで、眠さから意識は途切れた。
視界に映った人間。
それを捉え、何度も叱咤された記憶が呼び覚まされる。
知らず、近くにあった布を掴んだ。
そこで、違和感を覚える。
いつだって、こんな時に傍にいてくれる友は、もっと無機質な固い紙特有の鋭さを持っていたのに。
(どうして、こんなに温かいんだろう……?)
その布は、ゼーレの意志とは別に動き出す。
それに、ハッとする。
本当に、夢幻ではなかったことに――。
「おい、ゼーレ!いい加減にしなさい!ここは、夜間立ち入りを禁じていると、何度言ったら――」
そう言った、神父の顔も声も表情も。
なにもかもが停止する。
横にいた、子供が起き上がった。
その視線を真正面から浴びてしまったのだ。
「うわぁーー!」
思わず、神を祀る神聖な場所で大声をだし、あまつさえ後ろに飛び退き、尻餅をついてしまった。
その神聖なる存在の愛する者に対して。
聖職者として、この国の民として、それは罰せられるほど罪なことである。
使いは、眠り眼をこすりながら不機嫌そうに言う。
「ゼーレに酷い詞を使うな!こいつは、俺の家族なんだからな!」
その詞に、ゼーレは心臓が強く跳ねる。
自分は、本当に生きていたんだ。
そう、実感させる。
どんなに欲しくても、手に入らないモノなんていくらでもある。
それは、種類によっては努力や運で手に入ることもある。
しかし、ゼーレが欲しかったもの。
それをこんなに簡単にくれる人がいる。
ただ、決めた。
残りの人生、総てを賭けて彼と共に在ろう――。
覚悟にはっきりと差が出た。
その時はまだ、小さな灯だったのに。
それが、燃え盛る炎となった時。
初めて気づく。
業火に焼かれるこの身を以って――。
その日は、ゼーレにとって人生のまさに転機だった。
あの後、恐慌状態となった神父の騒ぎによって、国はターコイズの宝石眼の失踪劇を知った。
あまりに短い小さな逃走。
しかし、国にとっては大きすぎた惨事となった。
クルスの両親と、無理を言って同行してきたように見える妹が、教会まで大慌てで馳せ参じてきた。
両親は、啼いて泣き喚いた。
しかし、決して彼を抱きしめようとしない。
いや、できなかった――。
なぜかって?
だって――。
彼らは、普通の夫婦だった。
それなりの生まれ。
それなりの育ち。
そのなかで出会い、普通に恋をして結婚して子を授かった。
それだけの夫婦だった。
なんの欲もなく彼らを身籠り、そして産んだ。
しかし、その双子は国の宝を携えて生まれてきた。
こんな、〝普通〟の私たちの子供として――。
それから、彼らの生活は一変した。
豪華な暮らしに、最初は戸惑ったものの、その恩恵に与れることを幸福に想っていた。
なんの不自由もなく、不満など持つはずはない。
〝普通〟ならね。
そう。
彼らは、普通を愛していた。
だから、身分不相応な生活も普通と思えば、気楽に過ごせた。
しかし、彼らは普通と異なり、自分の子供たちを自分たちで育てられなかった。
大事な大事な宝石眼。
彼らが、成長した暁には、素晴らしい紳士淑女となれるように。
彼らは、実の両親とその僅かしかない幼い成長の瞬間を、知らない大人たちと共に過ごした。
両親にとっての普通に当てはまらなかった、自分の子供たち。
だから――。
お互い知らない。
子供としての。
親としての。
〝普通〟の接し方を――。
「大丈夫?」
高い、その可憐な声が聞こえた。
無言の親子。
そこに入る、娘。
クルスの双子の妹。
その赤き実を瞳に携えながら。
両親が好きな果実。
あまりに、それと酷似していたから。
クルスとは異なり、すぐに名前が決定した妹。
「ザクロ……」
名前を呼ばれた、妹は微笑む。
「嬉しい!クルスのお蔭で、私まで外に出れたんだから」
『ザクロ・シュッツハイリンガー』
彼の双子の妹にして〝ガーネットの宝石眼〟でもある彼女は、彼を一切心配していない様子で言う。
泣き崩れる両親と真逆の妹。
そう、これが、クルスの唯一知っていた家族の形――。
だから、誤ったのだろうか。
家族という重みを。
あまりに稚拙に理解していたから。
だから、そんな願いを言えたのかもしれない。
「ねぇ、ゼーレも家族にして!」
この時、一斉にクルスの家族に見つめられていたゼーレは気づいた。
両親の訝しげな視線など目に入らない程。
彼の妹が、己を憎悪が入り混じった瞳で睨みつけてきたことを――。




