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ブラックサファイア  作者: 早紀
47/227

10-5


 タッキーは、その瞬間テーブルが軋むほど音を立てながら立ち上がった。


「ふざけるな!嫌がらせにもほどがあるぞ!」





 一体、どこの世界に己の二つ名である宝石を見間違う者がいるのだろうか。


 サファイアですら、己がサファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)として就任して以降、なぜかサファイアの宝石だけはどんなに遠目から見てもかの宝石だと判断できた。


 それが、どれほどの価値があるかも。


 道端ですれ違う若い少女たちが、単なる飾りとして模造品を身に着けているかも。


 だからこそ、己より長きにわたりその役目を賜っている彼にとっては、それは無意味な申し出。


 明らかに試されている。


 クルスはサファイアに喧嘩を吹っかけてきたのだ。


 宝石鑑定士としても、同じ宝石眼(ユヴェールアオゲ)としても外せない。


 タッキーが、サファイアを止めようと視線を向けた。




 しかし、そのまま無言になった。


 サファイアの黒き瞳。


 その内側に秘める蒼い波がまるで燃え盛る炎のように煌めいて揺らいでいた。




 知ってる?


 火って、赤色より青色の方が実は熱いんだって。




 一度は聞いたことがある、その事実が今、改めて真実だと思い知らされる。


 クルスもサファイアの予想外の反応に少し怯んでいるようだった。


 笑顔に陰りが見えた。





「――手に取っても?」


 サファイアの呟きにクルスは慌てて頷いた。


 彼女は、その了承にすぐさま綿手袋を嵌めた。


「……いつも懐に忍ばせてるのか、それ」


 タッキーの呆れた声が聞こえた気がしたが、サファイアは気に留めず鑑定を開始した。


 しかし、ルーペ等の器具は一切持ち出さず、そのまま宝石を優しく抱き上げ、感触、色彩、その()彼女にしかわからない判別を行っていた。


 二粒の宝石はどちらも美しい青空を連想させる澄んだ色彩だった。




 一方は、傷やひび割れ一つない真っ青とした宝石。


 表面も滑らかで均一だった。


 よく瞳を凝らすと内部に泡のような流れる線が見受けら、触れると(ほの)かに温かく感じられた。




 他方は、表面状に網目模様のひび割れが肉眼で見受けられる同じく青々とした宝石。


 ひび割れの太さは均一で、表面にへこみ等は見当たらない。


 触れた際、やや冷たさを感じた。




 サファイアはそれだけ確認すると石を二粒とも宝石箱に仕舞った。





「――わかりました」


「「えっ!?」」


 サファイアのあまりに早い返事に思わず二名は声が揃っていた。


「お、おい、小娘。大丈夫か?お前が置き場もないほど持ち込んだ器具は使わんのか?」


 タッキーが珍しく慌てていた。


 クルスも神妙な顔をしていた。


「……それでは、答えをお教えいただけますか?」


 静かに訊かれる詞に彼女は微笑んで答える。




「はい。本物のターコイズは――これです」




 パタンッ――。


 その詞を呟く寸前、彼女は静かに二粒の宝石が入った宝石箱を閉じた。


 彼らがえっ、と思う隙も与えないまま彼女が指さした先――。






 それは、宝石箱にはめ込まれたくすんだ深緑の鉱物だった。






 宣言された方は、どちらも瞳を見開いた。




 タッキーはすぐに意識を現実に戻し、間髪入れずに声を上げようとした。


 しかし、次の瞬間、ターコイズの宝石眼(ユヴェールアオゲ)の、その震えを必死に抑え込んだ余裕のない表情を捉えてしまった。


 その表情に、聡い彼はすぐに察する。


 だから、サファイアを信じられないというような目で見つめた。





「……なぜですか?あなたは、それに触れてさえいないのに……」


 声が僅かに震える。


 それは、決して歓びではなかった。




 そう。


 クルスの言う通りだった。


 サファイアは、真偽を確かめる際指一本すらその宝石には触れなかった。


 むしろ眼中になかったようにさえ見えた。




「最初から、美しいと思っていましたよ」


 サファイアが笑顔で伝えた。

 

 その顔は、なにを当たり前のことを、と逆に質問返しをしてきそうな不思議そうな声色だった。


 クルスがゆっくりと(おもて)を上げて、己の対戦相手をその麗しい瞳で見つめた。


 その瞳は、その美しさのなかに揺らめきが見受けられた。


 それは、明らかにその瞳本来の眩さを半減させている。




「……理由を」


 彼は、精一杯それだけ口にした。


 先ほどまで、同じ宝石眼(ユヴェールアオゲ)とは思えないほど幼気(いたいけ)な少女が確かにここにはいたはずだった。




 じゃあ、彼女は?


 眼の前で不適に微笑むこの女性は何者だ?




 クルスは一人、自問自答していた。


 それほどまでに、彼は焦っていたのだ。


 勝負を仕掛けて優位に立っていたのは、初めから自分ではなかったことに。



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