表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ブラックサファイア  作者: 早紀
43/227

10 不意打ちの遭逢


 その頃サファイアは、タッキーが自分への恐ろしい妄想をしているとは露ほども知らずにツークンフト駅の傍にある市場を訪れていた。


 今では、別の意味でサングラスが必須となってしまったが、彼女にとっては日常に全く変化はなかった。


 市場では午前中のためかまだ商品は品薄にはなっておらず、瑞々しい赤き果実がいくつも置かれていた。




(よかった。たくさんある)


 サファイアは、口元を緩ませて、熟れたリンゴを選定し始めた。


 その時、夢中になるサファイアの腕が知らぬうちに近くの大籠に当たってしまい、中に積み上げられていたイチジクが地面に落ちようとしているのに気付いた。


「あっ!」


 サファイアが咄嗟に身をかがめてそれを掴もうとしたが、それより先に指の長い、美しい、でも己と同じくらいの大きさの手に横取りされてしまった。


 ふっ、とその手の持ち主に顔を上げると――。




(誰だろう?)


 そこには、己と同じくらいの背丈の少年らしき人物が口元に笑みを浮かべながら立っていた。


 らしい、と表現したのは彼があまりにもその背丈や格好に似合わない古ぼけた帽子(シルクハット)を被り顔の大部分を覆い隠していたせいだ。




「お姉さん、危なかったね」


「――!」


 サファイアは声を掛けられたこと以上に、その美しい声に驚きを覚えた。


 まるで、唄われたかのように囀られた。


 しかし、自分をお姉さんと呼んだということは、やはり少年で間違えないのだろう。


 サファイアは、なぜか安堵した。


「あ、ありがとう」


 そう言いながらサファイアは、少年の手からイチジクを受け取ろうとした。


 その瞬間、お互いの手が触れあった刹那(せつな)――。




 ドクンッ!


 己の心臓のさらに中心が強く鼓動したのを感じた。


「キャッ!」


 サファイアは思わず、少年の手を払いのけてしまいイチジクは結局地面へ落下してしまった。


 その実は、傷つきこそしなかったが、もはや店の商品として並べることができないのは明白だ。


 目端(めはし)に捉えた店主らしき男の視線の渋さが居た堪れない。


(せっかく、受け止めてもらったのに)


 サファイアは、そう思った瞬間、自分が目の前の少年に恩を仇で返すような行為をとってしまったことに今更ながら気づき慌てて少年に視線を戻した。




 しかし――。


 少年自身も、己のサファイアと触れ合った手を凝視し、何度か手の感触を確かめるように動かしていた。


(彼も感じたのかしら?静電気みたいなものよね)


 サファイアは、一人納得していた。


「あ、あの、ごめんなさい。これは私が購入するので」


 サファイアはそう言いながら、地面に横たわったままのイチジクを摘み上げ、当初の目的だったリンゴを数個素早く選び店主に勘定を依頼した。





「ねぇ、お姉さん」


 ビクッ!


 サファイアは、また心臓の高鳴りを覚えた。


 どうして、この少年にこんなに動揺させられるかが彼女には理解できなかった。


「……なにかしら?」


「お姉さんはリンゴを買う予定だったの?」


「えっ?……えぇ」


「ふーん。僕のせいで買い物増やしちゃったんだ。ごめんね」


 彼は、帽子(シルクハット)を取らずそのまま謝罪の詞のみを口にした。


(一応、紳士を気取りたいなら、その帽子(シルクハット)は今取るべきでしょう)


 一瞬、そう思ったサファイアだが、悪いのはどう考えても自分。


 言い返すことの方が筋違いである。


「大丈夫よ。イチジクも好きだから」

 ――おそらくタッキーも。


 サファイアは心のなかだけで付け足した。


 しかし、会話は終了したと思い込んでいたサファイアは、会計が済んだ後も自分の後ろに居続ける少年に違和感を覚えた。


 見たところ、商品を吟味してはいないようだ。


 むしろ視られているのは――。




「な、なにか私に御用かしら?」


 サファイアは思い切って訊ねた。


 それに対し、彼は頷いた。


 変わらずその笑みを隠そうともせず。




「うん!僕お姉さんに逢いたかったんだ。――サファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)に」


 囀りは一体どこへ飛んで逃げてしまったのだろうか、と思わせるほど低い声で呟かれた最後の詞に悪寒が走った。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ