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「えっ、おい!」
サファイアは、タッキーの呼び止めにも気づかず出て行ってしまった。
(リンゴくらい、一杯余ってるのに)
タッキーは別にわざわざサファイアに買い出しに行かせたかったわけじゃない。
そのまま食べるのも、なんとなく己の高慢が許さなくて、付け足しただけだった。
しかも、ご丁寧に毎回自分の財布から金を捻出している。
いくら、今まで自分のために贅沢したことがないからって、あの年齢だ。
相当貯め込んでるってわけでもないだろうに。
タッキーは溜息を吐いた。
思えば、あの日からそうだった。
ここに置いてくれと、縋ったあいつを住まわせたはいいが、あいつは自分の本来の部屋の家具をここに持ち込みたいと言い出したのだ。
それくらい、今まで通り呪師の力でできると言っても、あんな豪華な家具は自分には似合わないだのと言い訳を作って、色々実家から持ち込もうとした。
しかし、大きな家具を持ち込むと近隣の住人の注目が集まってしまうという困難な壁にぶつかってしまい、結局実家の家具の移動を呪師の力で移動させることとなってしまったのだ。
その時の、あいつの申し訳ないと何度も頭を下げて謝罪する姿が思い起こされる。
わかっている。
あいつは、俺に必要以上に清水を使わせないようにしていることを。
特に自分のことに対して。
だから、やらなくてもいい家事だって率先してやろうとする。
人に何かをしてもらうという行為を彼女はあまり受け付けない。
家族にはまだそれでも依存していた部分もあっただろうが、それ以外には殊更少ない。
むしろ皆無と云っていいほどだ。
それが、彼女の幼少期の〝日常〟だったから仕方ないと言えばそれまでだが、やはり多少なりとも変わらせてやる方がいいのではないだろうか。
タッキーは珍しく悩み、即決できないでいた。
これから先、サファイアの宝石眼として生きるなら民衆に頼られ、崇められる頻度は今までの遥か上を行くことになるだろう。
だからこそ、その総てを叶えようと無理をすればいずれ壊れてしまう。
それは、阻止してやりたい。
タッキーは、己が自分らしくないことを考えていることに気づき、そこで思考を止めた。
『人間はね、自由だから美しいのよ』
遥か昔に言われた台詞がふと、頭に流れ込んできた。
「ふん」
タッキーは頭を軽く振った。
そして、徐にサファイアが作っていた煮込みの鍋を覗きこんだ。
「……どうでもいいが、あいつは俺に何日かけてこれを食べきらせる気だ?」
鍋のなかには確かに食欲をそそられる美味なる匂いを感じ取れるのだが、何十人分というその量の多さにタッキーは顔をしかめていた。
「あいつ、俺を太らせて食う気じゃないよな」
――どこぞのお伽噺じゃあるまいし。
タッキーは自分のおかしな妄想を区切り、そのまま清水の管理のため南京錠の掛かった仕事部屋へ向かっていった。




