9 過去と日常
「ねえ、今喜んでる?」
薄暗い部屋のなかで、それとは対照的な華やかな純白の衣装に着飾った花嫁は、己の血肉を分け合って生を受けた双子の兄へゆっくりと訊ねた。
豪華な一点物の花嫁衣裳は、彼女の美しさを見事に引き立て、まるで聖女を思わせる出で立ちだった。
それ以上に、艶やかな彼女の微笑に彼はただ息を吐くことしかできなかった。
自分は、正しいことをしているはずだ――。
そう、幾度となく自分に言い聞かせてきた。
そうでなければ、今この場に花嫁はいない。
これは、彼女を宝石眼として生き続けさせるために必要なことなのだ。
「あぁ。すごく嬉しい。お前が、あいつと結婚してくれるなんて。……俺は幸せだ」
彼は、嘘を吐いた。
宝石眼への虚偽を彼は厭わない。
なぜなら、彼自身もまた神に愛されし宝石眼なのだから。
「そう」
妹の詞は嬉しそうにも聞こえ、悲しそうにも聞こえた。
それを、もしあの瞬間訊き返していたならば、過去は変わっていたのだろうか。
もし、あの時――。
その回想たる呟きは、彼が最もこの世で嫌う詞。
そして同時に最も焦がれる詞。
そんな詞を生涯使用しないような人間でありたかった。
そんな詞を何の躊躇もなく言える人間でありたかった。
なら昇華しよう。
己を別の存在へ。
それが単なる逃げであったとしても。
そうしないと、俺は――
〝後を追いたくなるよ〟
その時代、最も有名な双生児。
母親の胎内より生まれしその日に、双方が異なる配色の瞳を持ち誕生した。
国中にたった十二人しかいない宝石眼を彼らは身内で二つも受け持ったのだ。
そんな奇跡のような双子の物語――。
その影に隠れた真実の物語をあなたは知りたい?
観たいのは喜劇?それとも悲劇?
この物語を聴きたいならまずはそれを教えて。
そうでないと、きっと後悔してしまうから。
好奇心は身を滅ぼすんだって。
まるで、パンドラの箱だね――。