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ブラックサファイア  作者: 早紀
34/227

7-3


「こちらに、公爵様のご希望に()う宝石を各種取り揃えさせて頂きました」


「うむ。素晴らしい」




 フレウンド公爵は応接間にて宝石商の差し出す宝石を吟味していた。


 どれも、眩いばかりの宝石が揃っていた。


 一年に一度の建国祭前に、公爵家は国王陛下へ謁見しその年の領地の作物の取れ高やワインの出荷量の報告を行う。




 というのは建前(たてまえ)で、実際はいわゆるご機嫌伺いだ――。




 その際には必ず国王が溺愛している王妃、つまりヴィレの母親への贈り物を献上するのがもはや暗黙の了解と化している。


 今日は、そのための宝石を選定していたのだ。


「……これは?」




 別に国王に媚を売っているわけではない。


 しかし、あの王妃のお蔭でこの国に宝石眼(ユヴェールアオゲ)が生まれたことには敬意を評する。


 そんな雑念を抱いていた公爵の目になぜか飛び込んできたのが、かの黄緑に輝く宝石だった。




「さすがは、公爵様。お目が高いですな。それはペリドットでございます。かの宝石眼(ユヴェールアオゲ)に数えられるまさに選ばれし宝石。どうぞ、お手に取ってください」


 調子のよい宝石商の世辞には答えず、公爵は綿手袋を嵌め、その宝石を手に取った。




 覗くと目の前の景色が〝透明(クリア)〟に映し出された。




「ずいぶん、透き通っているな」


「はい。高価な石ほど傷がなくまるでガラスのようにそのままの景色が映り込みますから」


 宝石商は手を合わしながらにこやかに告げた。




 彼は公爵相手に値段の相場など話さないが、金貨が山のように積みあがる様が容易に浮かぶ。


 公爵が宝石を選定した後は、その宝石の形状等を判断し、最も相応しい装飾品(アクセサリー)にするための加工を施す。


 それは、公爵の与り知らぬこと。


 一級品が完成するなら、別に加工によって変化する代金の差額やその名称に興味はないのだから。


 公爵は、無意識にそのペリドットに決定を与えようとしていた。


 しかし――。





「それは、違うわ!」


 突然の高音(ソプラノ)に公爵と宝石商は驚いた。


「な、なんだ?」


「お前は……」


 まるで幽霊に声を掛けられたかのように慌てる宝石商とは裏腹に公爵は、ソファの影に隠れてたふわふわの髪をすぐに発見した。


「それは、ペリドットではないわ!」


 ミリーは、公爵が手にしていた石を指さして宣言した。


「な、なにを莫迦(バカ)なことを」


 宝石商は影から出てきたのが生身の人間であることに気づき、安堵しながらもミリーの否定を一蹴した。


「だってそれはペリドットではないもの!」


「嘘を吐くんじゃない!この石はこの通り鑑定書も発布された正真正銘の本物だ!」


 宝石商は脂汗を拭いながら彼女を怒鳴りつけた。


「嘘よ!だって、ペリドットは覗くと皆二つに視えるんだから!」


「――!」


 公爵が目を見開いた。


「絵空事を言うな!公爵。このような子供の戯言をまさか真に受ける気ではございませんでしょう?」


 宝石商が猫なで声で公爵に確認する。


 しかし、彼はそれに答えず少女を無言で真っ直ぐ見下ろしていた。


 ミリーも公爵から目を逸らさなかった。




 なぜ、こんなに真っ直ぐ私を見る、いや、見れるのだろうか。




「ミリー!」


 その時、ユリーネと侯爵が応接間に入ってきた。


 どうやら、廊下まで少女の悲痛な叫びは轟いていたらしい。


「申し訳ありません、公爵。この子がなにか不愉快なことをいたしましたか?」


 ユリーネは我が子を抱きしめながら震えていた。


「全くです。その子供はあろうことか私が持ち込んだ宝石を偽物呼ばわりしたんです!」


「えっ!」


 ユリーネは顔色(がんしょく)を失った。


「違うわ!だってあの宝石はペリドットではないもの」


 えっ、と娘の指さす方を見ると、公爵は未だに宝石を持ったままミリーを見ていた。


 宝石商は、商売にケチを付けられたことに憤慨していた。




「……どうしてそう思ったの?」


 ユリーネは深刻な顔で娘に訊ねた。


「だって、お爺ちゃまが宝石を覗いたら、あの人がそのままの景色が見えるって言ったのよ!」


「これだから素人は困る。傷や割れ一つない宝石はそれだけ透き通って――」




「それは、内包物(インクルージョン)のことをおっしゃっているのかしら」


 ユリーネは、宝石商を睨みつけながら訊いた。


「え。イ、イン……クルージョン?」


 宝石商は面食らって、意味不明な単語をそのまま訊き返した。


「おかしいですわね。宝石商なのに内包物(インクルージョン)も知りませんの?」


 ユリーネの詞に宝石商は戸惑いを見せた。


 侯爵もいつも穏やかな彼女からは感じない怒りの雰囲気に驚いていた。




「よくも……よくもそれで宝石商を偽れますわね。本当に宝石を愛している方は、こんなことスラスラと話せますのよ!」


 ユリーネは怒りを露わにした。





 汽車で宝石を通して自分に勇気を与えてくれた、ずっと年下の少女とも呼べる年頃の女性。


 その彼女と同じ宝石をこの男が扱うわけがない。


 ユリーネも確信していた。


 公爵が今手にしているペリドットもこの男も偽物だ――。


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