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ブラックサファイア  作者: 早紀
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7 建国祭と二つの再会


 あれから数日後……。


 アメシストの宝石眼(ユヴェールアオゲ)である大司教の薨去(こうきょ)及びサファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)の誕生は国中に轟く大事件(ニュース)となった。


 大司教の遺体は、彼のアメシストの(トレーネ)とともに厳か に埋葬された。


 サファイアの希望であの日誓いの証としたサファイアの宝石の粒を握りしめたまま。


 代わりに最後の大司教の形見の石を彼女はその手にした。




 (これは目印よ。また逢える日のための)




 そして、葬式の終了と同じくしてサファイアは祭壇へサファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)としてサファイアの(トレーネ)の献上及び就任式に臨んだ。


 周りでは、ヴィレやユーリも参列した。


 しかし、そこに彼の姿はなかった。


 サファイアは、それが唯一寂しかった。




 物陰からこっそりその愛くるしい身体を縮こませて見守った存在に気付けなかったからだ。


 かわりに、最も自分を愛し待ってくれている人のまなざしを強く感じた。




 姉であるスズランだ――。




 姉との再会は、涙から始まった。


 国から、自分の妹がサファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)として目覚めたという突拍子もない知らせを受け、一目散に王宮へ赴いた姉のいつも美しいはずの髪が乱れている様と、焦燥する顔、そしてそのか細く柔らかい身体に苦しいほどに抱きしめられた瞬間をサファイアは生涯忘れないだろう。


 しゃくり声しか上げられず、子供のように自分に抱きつく姉にどれほど心配をかけたかを身に染みて思い知った。




 この人の記憶を自分は消そうとしたのだ。


 サファイアはこの罪を姉へ正直に告げた。


 スズランは妹の行おうとしたことに無言で頬を(はた)いた。


 しかし、あまりに優しすぎるその痛みに啼けた。


 そしてまた姉妹で抱き合った。


 今スズランは、サファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)として祝福の光を一身に浴びる妹の堂々たる姿に喜びの涙を流した。



 

 そして、アメシスト月十二日。


 ユヴェール神の加護を一身に受けるツァール国の建国祭は盛大に幕を開けた。




 (きじ)の鳴き声とともに、三大公爵家が剣を鞘から抜く。


 今年、加護を存分に受ける幸運な公爵家は――。




「残念でしたね、父上」


「あぁ。マハラートの奴、天からすら俺を贔屓しなかった」


 ウンシュルト公爵とユーリが親子で笑い話をしていた。




 大司教の死後、すぐにユーリは父の元へ急いだ。


 父は屋敷に戻っており、書斎で息子の帰途を待っていた。


 息を切らして目の前にそびえ立つ息子に対峙した公爵は、豪華な装飾が施された一点物の椅子に腰かけたままだった。




「私を殺すか?」


「そうしてほしいんですか?」


 公爵は視線を逸らした。


「……どうして、王子が王位に就きたくないとわかったのですか?」


 ユーリは静かに訊ねた。


「そうだな。王位に就きたいと望む連中を厭というほど視てきたからか。……いや、違うな。私が〝公爵〟として当主になることを選択した時、色々な感情を捨てたからかもしれん。だからこそ、それと引き換えに見えないものが見える眼を養えたのかもしれん」


 そこで、詞を一旦区切ると公爵は静かに一度深呼吸をした。


 いずれ己の跡を継ぐ者だからこそ、罪を告白せねばならん。




「……だが、結局私も欲望を優先させた。あれを……あのアメシストの宝石眼(ユヴェールアオゲ)を焦がれた幼き日の自分自身の望みを」


 ユーリが眼を見開いた。


 これが血の繋がりか。


 一瞬で悟った。




 公爵は、息子を見つめ続けた。


 その表情がいかにして歪むのかこの眼で見届けなければならない。




 だからこそ、異変に気付いた――。


 目の前に立つ己の若き日に瓜二つの人間の顔から嫌悪感を抱かせないことに。


「……大司教様が、あなたを友人と呼んでいました」


 ガタッ!


 公爵が思わず席を立ちあがった。


 その顔は驚愕に満ちていた。




「……私の一方的な想いだと。あれは、私になんの感情も示していないと。だから、嬉しかった。あれの最後の望みを託されたのが自分だったという至上の喜び、優越感が……」


 公爵が頭を抱えた。


「……なら、その罪を一生抱き続けながら生きてください」


 ユーリは、そんな父親を見下ろしながら告げた。


「……」


「ある者に、価値と動機がわからなければ、悪人かはわからないとの教訓を得ました」


「価値と動機か……」


「私は、王子の地位を一瞬でも脅かしたあなたを許さない。ですが、もし王子が、ヴィレが同じ行動を取ったら、私はたとえあなたの地位が危ぶまれるような残虐な行為でも躊躇わずに実行するかもしれない」

 ――今のあなたのように、とユーリは続けた。


「自分にとって最も価値のある者のためなら人はなんでもする危うい生き物……俺はあなたと同じだ」




 自分は、この父を責める資格などない。


 それどころか、心の奥底に眠る、己すらまだ知りえない冷酷無情な本性が潜んでいるような気さえする。




「ユーリ……」


「……その時は、あなたにもご迷惑をかけてしまうでしょう」


 公爵は静かに口元を緩めた。




「……家族はこの世で唯一迷惑をかけても離れられない存在……か」




「え?」


「本当にその通りだ。――シリンフォード侯爵。私はお前の行末を見守るとしよう。常に(おの)が正しいと判断する道を歩め」


「――はいっ!」


 ユーリは敬礼し退出した。





 公爵は徐に立ち上がって、引き出しを開けた。


 そこには、幼い頃そんなに暇なら読め、と大司教から手渡された聖書だった。


 頬を熱くする自分を悟られないために敢えて憎まれ口を叩いて乱暴に受け取ったそれは、今も(ほこり)一つ被らず彼の手元にあった。





 本当に、私たちは老いたなマハラート。


 自分の信念を迷わず進めるあの若さが我々にはもうない。


 それでも、信念を誰かに受け継がせることはできる。


 私には、それができる愛すべき家族がいた。


 だが、お前には託す相手はいなかった。


 だから()いていたのか。


 自分の信念を継承する存在を。




「間に合ったんだよな、マハラート」


 彼は天に向かい問い掛けた。


 先ほどまで雲に隠れていた月がその姿を現し、月光が彼に降り注いだ。






「本当に残念でしたね、ウンシュルト公爵」


 サファイアが二人の会話に参加した。


「あぁ。しかしフレウンド公爵は、今年はかなり自信がお有りだと言っておりましたからな」

 ――気合負けしましたかな、と公爵は笑った。


(こんなに晴れやかに微笑まれる方だったのね、ウンシュルト公爵って)


 サファイアは、それに微笑みを返した。




 そこへ噂のフレウンド公爵が民からの歓声を浴びながらやって来た。


 三大公爵家のなかで、最も歴史が古くかつ高齢のフレウンド公爵は、その知性が顔の皺と比例した気品ある人物だった。




「お初にお目にかかります、サファイアの宝石眼(ユヴェールアオゲ)


 そう言って一礼した公爵にサファイアも返礼した。


「あなたに、お礼を申し上げなくてはならない」


「えっ。あ、今年の領地への恩恵についてですか?」


「いえ。私に天使を授けてくださったことへです」


「天使?」


 サファイアが首を傾げた瞬間。




「お姉ちゃまーーーー」


 懐かしい声でたった一人がサファイアにした呼び方が響いた。


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