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ブラックサファイア  作者: 早紀
18/227

4-5

 

 二人は、タッキーを一心に見つめた。


 そんな都合の良い糸口があるのだろうか、と。




「幸か不幸か、この屋敷は侯爵の実家となられるわけだ。つまり、侯爵があの家のどこをうろついても問題はない。当然、金庫の部屋を公爵が不在である時に訪れることもあるでしょう?」


 タッキーは、二人の強すぎる眼光を全く意に反さずユーリに訊ねた。


 ユーリは意図が掴めず、『まぁ、ありますが……』、と返答する。


「なら、その際運悪く金庫の鍵穴が壊れていたのを偶然にも発見したらどうしますか?」


「鍵穴?」


「もしかしたら、なにか盗難にあったかもしれない。公爵の息子としていずれは公爵より財産を受け継ぐ身。今すぐなかを確認したい。だから善呪師(グーテツァオベラー)に鍵を開けてほしい、と頼む。なかを確認した後は、何も盗難にあってなかったから、元通り鍵穴を直してほしい、ともう一度頼むわけです」


「そういうことか!それなら、幸いの望みとして筋が通る」


 ユーリは、本当にあったその針の穴に糸を通すような抜け道に驚愕し、感嘆した。


「ただし、あくまで鍵穴を壊すのはご自分たちでしていただかなければならない。しかも、これは実際実物を目の前にして呪を掛ける必要があるため、我々も公爵家へ出向かねばならない。貴族でもない我々が出入りしてもおかしくない理由も思案しなければならない、と問題が山積みです」


 タッキーは冷静に問題点を挙げた。


「しかし、それなら公爵に悟られることなく金庫を開けられる!本当に感謝いたします、助手殿」


 ヴィレは、その身分とは裏腹にただの助手だと思っているタッキーに感謝の意を述べた。


「ただし、実際は鍵穴を開閉するだけとはいえ、望みが望みなだけに、代償は昨夜持ち込んでいた金貨をすべて頂戴します」


「もちろんです」


 ユーリが大きく頷いた。




 その瞬間、新たな契約が結ばれた。


「では、数刻の後馬車をこの館前に手配していただきたい。私どもは新たな(まじない)に使用する水の準備をしなければなりませんから」


 タッキーの忠告に二人は了承し、上流階級特有の優雅なる礼をし金貨を置いたまま早々と部屋を退出していった。




 ドサッーー。




 サファイアは緊張の糸が途切れ長椅子(ソファ)に沈んだ。


「タッキー、ごめんなさい」


「なにがだ?」


「宝石の件。勝手にダイヤモンドの知識を話しちゃって……」


 サファイアは申し訳なさ過ぎて、下を向いたまま呟いた。


「……まぁいい。疑われたわけじゃないからな。それよりどうしてあんな知識がその阿呆な頭のなかにあったんだ?」


「私、一応宝石鑑定士なの」


「……」


「なに?」


 サファイアは僻んだ視線を送った。




 眼は口ほどに物を言う――。


 いやはや、古人は上手い表現を後世に残すものだ。


 サファイアは、そう苦々しく思考しながらタッキーを横目で睨みながら訊いた。




「宝石鑑定士ってのは、阿呆小娘でもなれるのか?」


サファイアの予想通り辛辣な言の葉が、驚愕の顔色をしながら話すタッキーの愛らしい口からこぼれ出た。


「酷い……」


 それには返答せず、タッキーは清水の湧く部屋へ再び向かった。






 その時、彼らも様々な思考に囚われていた――。 


「ヴィレ、俺は父が犯人だったら裁くつもりでいる」


「――!」


 彼らは馬車の手配を先ほどの宿の人間に取り付けていた。


 そんな、間の悪いと言えば、非常に悪い。


 そんな時に、ユーリは切り出した。




「俺は、お前があんな誓いを立ててるなんて全く知らなかった」


 ユーリは、独り言のように呟いた。


「……人に言うことではありませんから」


 ヴィレの詞に、確かにあの時感動した。




「それでも譲れない--」

 

 ユーリは、そう宣言する。




「俺は、父をこの世で最も尊敬している。だからこそ、もし本当に宝石を盗んだのならそれを息子として対処したい」


「……させませんよ。それにきっと公爵は犯人じゃありません」


「それでも、俺は犯人を(あぶ)り出す。父に恨みを持った人間がいるのなら放置しておくつもりはないからな」




 我がウンシュルト公爵家に仇名す者には、制裁を。


「ずっと古来より公爵家で言われ続けた家訓だからな」

 

 ユーリは、眼光を鋭くしながら言った。




 それこそ、三大公爵家の次期当主に名を連ねる自分の存在理由の一つ。




「なら賭けましょう」


「え、賭け?」


 ユーリは、面食らった。


 意味が理解できなかったからだ。


「私が先に真相に辿り着いた時は、犯人が特定されたとしても、その人間に危害を加えないと。法によって裁かれる者をユーリの好き勝手にはできません」


「……俺が先に見つけたら?」


「その時はユーリの自由です」


 ユーリは訝しんだ。


「どうしたんです?」


「なに(たくら)んでる?お前がそんな一か八かの賭けするなんて。俺が勝ったら間接的とはいえお前に恨みを抱いていたかもしれない奴を殺すことになるんだぞ」




 あまりに、無鉄砲な勝負。


 行う意味すらない。




 それ、彼は笑みを浮かべる。


「信じてますから」


「どういう意味だ?」


「公爵は犯人じゃありません。そして、ユーリは犯人を見つけても必ず法の下へ連れて行ってくれると信じてます」


 ヴィレは、堂々と理由を告げる。


「……それは賭けじゃないだろう」


「そうです。だから賭けを申し出たんです」


 ユーリは、その詞に笑い出した。


「なにがおかしいんですか?」


「ハハハ。いや、なんでもない。そうだな。その賭け乗った!」


 了承した。


 そんなこと、つい一瞬前まで思わなかったのに。




 あの時、水鏡に映った自分の実家を見た瞬間、背筋が凍りついた。


 容疑者に自分の父親が含まれていることにユーリはなんの焦りもなかった。


 自分の父親が犯人であるはずがないと高を括っていたからだ。


 だから、あの呪の結果がすぐには信用できなかった。


 だが、屋敷の風景がどれだけ変わろうと、それは自分が住み慣れた部屋や家具ばかりだった。


 極め付けは父親が珍しく一目で惚れ込んだという金庫。


 あれだけは、どうやっても見間違えるはずはない。


 恐ろしかった。このまま進めば最悪の結果になる気がして。


 父親が国の宝を盗んだ犯人として白日(はくじつ)の下に晒される姿が目に浮かんだ。




 だから、いっそその前に自分の手で。


 そう考えてしまった――。




 そんな俺の気持ちなんてお構いなしに、この(あるじ)はそれを一蹴した。


 性格に異常をきたし、それでも王位継承権第一位の王子として、ダイヤモンドの宝石眼(ユヴェールアオゲ)として、その高い崖の先端に君臨し続けるかの人を守るのは自分の役目だと決めつけていた。


 それが、自分を泥沼から引き揚げてくれるまでの存在に成長していたとは。




 本当に雛が巣立つのは早い。


 手から水が滴り落ちるように、ほんの僅かな時なのだ。


 それを思い知らされ、寂しいのに嬉しくてユーリは笑いを抑えきれなかった。


 ついさっきまで、父親をこの手で殺そうとまで考えていたのに。




 今なら信じられる気さえする。


 自分の父親は犯人ではない。


 きっと、なにかの糸が絡まってる。


 その先の真実を俺はただ真っ直ぐ見つめて突き進めばいい。


 必ず、俺が法の下へ連れて行く――。







「タッキー、一つ質問があるんだけど」


「なんだ?」


 タッキーは清水の湧く部屋で肩掛けの深緑の水筒(すいとう)に清水を一杯に流し込んでいた。


「タッキーってこの館から出たら力は使えないんでしょう?公爵家へ行って金庫の開閉なんてできるの?」


「俺が力を使えないと言ったのは、この館の清水の管理を怠れないからだ。数日なら召使(めしつかい)に任せられる。一旦館から離れれば、持ち出した清水を使い切った後、ここへ戻るまで実際に力は使えないからそう言ったまでだ」


「召使?ここ侍女とかいたの?」


 サファイアは、周りをきょろきょろと見渡した。


「そんな面倒な者おらん。ただ、どうしても仕事で外へ出なければいけない時に清水の管理と館への何人の侵入も許さぬように頼める召使がいる」


「そうなんだ。でもどこに?」


「これから呼ぶ」


 ピュー、とタッキーは口笛を吹いた。


 すると、どこからか物体が数匹飛び込んできた。


 それは、あまりに急だった。




「キャアーーーー!えっ、リス?」




「そうだ」


 タッキーは匙に注いだ清水をリスに一匹ずつ掛けていった。


 すると、ボンッという効果音とともに煙のなかから侍女の格好をした夫人が現れた。


 もはや、卒倒する勢いだった。




「えぇーーーー!?」


「うるさい。リスどもが怯える」


 タッキーの言った通り、夫人に扮したリスたちは大声を出したサファイアに怯えているようだった。


「ご、ごめんなさい」


「おい。いつも通り館内と清水を頼むぞ。何人も近づかせるな」


 リスたちは一斉に頷き、持ち場へ去って行った。




「タ、タッキー、あれどういうこと?」


 サファイアは、ただ訊ねた。


 それくらいしか、できなかったのだ。


「あいつらはこの辺りに住み着いたリスどもで俺の力で人間に変化させた。館の管理を依頼する見返りに、いつも大好物のクルミを大量に用意してな」


「……なんだか私、本格的にお伽噺の世界に迷い込んだみたい」


 サファイアは興奮して両頬に手を当てながら言った。


「めでたい頭で妄想はいいから、お前は小瓶をいくつかこのケースに詰めて持て」


 そんなことにも、一切関心のない呪師(ツァオベラー)は、冷淡に告げる。


 確かに、己以上に驚愕される存在もそうはいないだろう。

 



「あっ、はい」


 サファイアは、指示に従い、慌てて小瓶を荷物に詰め始めた。


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