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サファイアは、思わずタッキーの方を振り返った。
(タッキー、お二方の顔色が……)
(おそらく、見覚えがある屋敷だったんだろうな)
サファイアは、意を決して彼らに声を掛けた。
「どうでしたが?宝石の所在は特定されましたか?」
「……これは、事実ですか?」
ユーリが視線を水鏡から離さずに訊いた。
それを訊くこと。
そこに意味などないことを、双方理解しているはずなのに。
それでも訊かずにはいられない。
また、答えなければならない。
今は、私こそが善呪師なのだから――。
「……えぇ。少なくともこの瞬間ダイヤモンドの涙は水鏡に映し出された金庫のなかに在ります」
ユーリは震えながら拳を握りしめた。
「ユーリ……」
ヴィレは小刻みに震える自分の臣下に声を掛けた。
それに気づきながら、彼は告げる。
「……この屋敷は、我がウンシュルト公爵家の屋敷です。あの金庫は父が所持していたものです。独特の構造で正式な鍵を使用しなければ決して破られることはない、と話しておりました」
ヒュッ、と思わず息が漏れた。
それってつまり……。
サファイアはタッキーを見た。
タッキーは続けてサファイアに指令を出した。
それは、彼にしては意外な台詞だった。
「侯爵。勘違いされないでください」
「えっ」
「私どもが依頼された望みは宝石の在りかのみです。今ウンシュルト公爵家に宝石が在るからといって、それがそのままウンシュルト公爵が犯人ということにはなりません」
「しかし!」
ユーリは、激しく否定しようとした。
「他の公爵家の陰謀という説も考えられます。もしかしたら悪呪師の力を使った恐れすら……。よろしければ、今度は直接犯人を映し出しましょうか?もちろん再び代償を支払っていただきますが」
「いや。止めてください」
意外な人物がそれを拒否した。
宝石を盗まれた張本人。
その詞を彼が言う。
皆、目を丸くした。
「王子、調べていただきましょう!これは国を揺るがす大事件なのですよ」
「……そうじゃありません。望みを犯人ではなく金庫を開けることに変えるんです」
「?」
ユーリは、王子の真意を測りかねているようだった。
「私は、初めから犯人を捜し出すことを要求するつもりはありませんでした。宝石さえ建国祭の期日までに取り戻せればそれで構わないんです」
「なぜです?」
サファイアは訝しんで訊ねた。
自分を陥れようとしたかもしれない相手。
放置すれば、必ず後顧の憂いとなるはずなのに。
それを、なぜ厭わない。
「……私は宝石眼です。その命を狙われることはほぼ皆無です。誰からも命を奪われることはない。次期国王としての地位も安泰している。そんな私に対し不満を抱く者は少なくないでしょう。だからこそ、私からも私自身に仇なした人間の命を奪わないことを大司教に付き添ってもらい神の前で誓ったのです」
――神からその者への神罰が下されぬように、とヴィレは右手を胸にあて宣言した。
「……」
「ですから、犯人を特定する必要はありません。それよりその金庫を鍵なしで開いていただきたいのです。可能でしょうか?」
サファイアは己の手が小刻みに震えているのを実感した。
それは、確かに歓喜の印だった。
彼が収める国の民であることへの――。
一国の王子で宝石眼。
周りから見れば誰よりも神に愛された存在のはず。
それを重荷にして枷として自らに強いていようとは。
「……さすが、ダイヤモンドの宝石眼ですね」
「え?」
タッキーがこちらを見た。
台本にはない台詞を私が口にしたからだろう。
それでも……。
どうしても伝えたかったのだ。この人に。
「数ある鉱物のなかで、最も強固な石であるダイヤモンドは〝征服されざる者〟という意味から名づけられました。この宝石には不屈の勝利という宝石言葉があり、それには強固な意志を必要とします。壊されない〝石〟と壊されない〝意志〟が関係しているのでは、と私は時々思います。征服されない王家の血とその誇り高き強固な意志を兼ね備えたあなたはまさしくダイヤモンドの宝石眼に相応しい方です」
「……」
部屋が水を打ったようにしんとなった。
サファイアの微笑みに誰も口を開けなかった。
それほどまでに、宝石を語る彼女は美しかったのだ。
まるで、女神からの言伝が風に舞って届いたかのように。
「……あ、ありがとう……ございます」
ヴィレは茫然としながらなんとか返答した。
それ以外の、もっと気の利いた詞など知り合わせていないかのように――。
「ゴ、ゴホン」
タッキーの咳払いにサファイアはハッとした。
「善呪師さまは、宝石への知識が膨大にあるのですよ」
「――っ!?そ、そうでしたか。……いや、驚きました。さすがは善呪師殿。その頭のなかはまさに知識の宝庫ですね」
サファイアやヴィレの会話で、若干気持ちが浮上していたユーリが感心していた。
「あ……ありがとうございます」
サファイアはその褒め詞に頬を染めた。
それを、タッキーが咳払いをして遮った。
「では、再び呪で望みを叶える契約をされるということでよろしいですか?」
「お願いいたします」
「だが、今回の頼みは難易度が高い」
「どういうことですか?」
タッキーの詞に男たちは驚きを表した。
ただ、鍵を開錠するだけ。
宝石の在りかを捜索する方が、望みとしてはずっと高度のように思えるからだ。
タッキーは、彼らの詞にならぬ疑問を察しながら説明し始める。
「善呪師さまに代わって私めから説明いたしましょう。善呪師は、あくまで幸いの望みを叶える存在です。しかし、今回のお二方の望みは金庫の閉じられた鍵を勝手に開くことが目的とされている。いくら中身の宝石が盗まれたもので取り返すためとはいえ、そう簡単には開くことは叶わないでしょう」
「しかし、実際には盗品を取り返すだけで他の品に手を出すわけではない」
「もし、公爵が犯人でなければどうです?」
「「え?」」
二人は、虚を突かれたように同時に声を上げる。
その意味をまだ図りかねているようだ。
「公爵がもしなんらかの恨みを他者に買われたことで宝石をあの金庫に隠されたと致します。すると公爵にとっては、自分の金庫を勝手にこじ開けられた上、なかを物色されたことになる」
「――!」
サファイアですら、その先が理解できた。
「そう。これは公爵が無実だった場合幸いの望みとは言えない」
二人は押し黙った。
「仮に今ここでその望みを叶え、すんなり鍵が開けば、それはつまり、公爵の罪も同時に暴かれる結果となる。しかし、王子はそれをお望みではない。そうでしょう?」
「はい……」
ヴィレは額に手をあて苦悶した。
「タッキー……」
サファイアは縋るような眼で見つめた。
それに対しタッキーは軽く頭を掻いた。
「……しかし、別の方法はあります」
「えっ!」
二人が同時に立ち上がった。