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ブラックサファイア  作者: 早紀
16/227

4-3


 それは、(きじ)のみが啼く、朝靄に包まれし時刻。


 その鳥が啼けば、その日を晴天で迎えられる、と云い伝えられている。


 そんなことを、思考する暇さえ今日に限ってはない。




「来たぞ」


 タッキーの声にサファイアはひどく緊張した。


 何度も繰り返し特訓は受けた。


 あとは、それを実践で活用できるかどうかだ。


(あとはもう野となれ山となれ作戦で堂々と相手を迎え撃つしかないわ!……勝負じゃないけど)




 扉が昨夜とは異なり、静かに開いた。


「失礼いたします。善呪師(グーテツァオベラー)殿、助手殿。こんな早朝からご訪問したことをお許しください」


 先に入ってきたユーリがにこやかな顔でそう詫びた。


 後ろにはヴィレが視線を俯かせたまま付いて入室してきた。


「まぁ。本当に早いお着きですこと。でも、事情が事情ですものね。どうぞお掛けになって」


 そう言ってサファイアは二人をソファへ導いた。


 二人は軽く頭を下げ、長椅子(ソファ)へ腰を下ろした。


「それで、昨夜我々が述べた代償の件はなにか新たにご用意されたのですか?」


 タッキーが(おもむろ)に訊いた。


「もちろんです。我々は――」




「なぜサングラスを掛けているんですか?」


「え?」


「王子!」


 サファイアとユーリが同時に口を開いた。


 ヴィレは、ばつが悪そうな顔をしたが、ちらっとサファイアへなにか希求(ききゅう)するような視線を向けてきた。


(そういえば、朝からずっと掛けたままだったわ。だってそれが私の普通だったから……)


(小娘!演技を続けろ!)


 タッキーの喝に、サファイアは、ハッとして微笑した。


「申し訳ありません。これは癖のようなものでして……。お客様の前で失礼でしたわ」


 サファイアはサングラスを外し改めてヴィレとユーリを見た。


 ヴィレは満足そうな顔をしたが、ユーリは渋い顔で王子を一瞥(いちべつ)した。




「……申し訳ありません。話を戻させていただきます。こちらをご覧ください」


 取り出されたのは、王家の鷲が(かたど)られた紋章を刻印した長方形の箱だった。


 ユーリが、(おごそ)かに箱を開くとなかには二粒の輝々とした宝石が仕舞われていた。




 ダイヤモンドとアメシスト――。




 眩い煌々(こうこう)たる輝きを放つそれを見た瞬間、息が詰まりそうになった。


「これはもしや……」


「そうです。ここにいる王子とアメシストの宝石眼(ユヴェールアオゲ)である大司教様より提供していただいた宝石です」


 宝石眼(ユヴェールアオゲ)として一度(ひとたび)、神へ献上する(トレーネ)の宝石を生み出した後も、彼らの涙は宝石となる場合がある。


しかし、全ての涙が宝石となるわけではなく、己の感情の高ぶり等により流した涙が雫とならず、そのまま結晶化されるのだ。

 

 無論本人すら望んで生み出すことは叶わず、大小も形態も毎回異なった形で生み出される。


 それは、非常に価値が高く宝石の収集家(コレクター)にとっては喉から手が出るほど欲する幻の品である。


(適正価格なんて付けられない。おそらく資産価値は常人(じょうじん)が目にしたこともないような桁数になるわ……)


 サファイアは宝石鑑定士として、こんな宝石を間近で拝見できる日が訪れるとは思っていなかったため密かに興奮していた。




「今回、恥を忍んで宝石が盗まれた経緯を大司教様へ報告したところ、このアメシストを頂戴いたしました。さらに、神への説得もしていただいている最中です」


 ユーリが、面目なさ気に告げる。


「神への説得?」


善呪師(グーテツァオベラー)様。お忘れですかな?アメシストは宝石眼(ユヴェールアオゲ)のなかでも神への信仰心を司っている存在。ゆえに唯一、宝石眼(ユヴェールアオゲ)のなかで神の声を聴き届けられる才を持っております。同時に民衆の声を神へ届けることも」


 タッキーがすかさず助言(フォロー)を入れる。


「助手殿のおっしゃる通りです。未だ神がダイヤモンドの(トレーネ)を盗まれたことへの天罰を誰にも下していないのは、(ひとえ)に大司教様の誠心誠意の説得の賜物というわけです」

 ――その上貴重な宝石まで、とユーリは恐縮しきりながら宝石を見つめた。


 そのやり取りの間にも、サファイアとタッキーは密かな討論を繰り広げていた。




(どうするのタッキー!こんな高価な宝石を二粒も)


(慌てるな。それほど王宮では切羽詰まった状況だということだ)


(――まさか、もらうつもり?)


(当然だ、向こうから差し出してるんだからな)


 サファイアは引きつく笑顔を見せた。




「な、なるほど。噂に違わず美しい宝石。これなら代償として十分でしょう。少しお待ちください」


 若干足元をふら付かせながらサファイアは特訓通り奥から光水(リヒトヴァッサー)が並々に満たされた瓶を優雅な足取りで運んだ。


「この瓶は?」


「私の力はこの水を使用するのが決まりごとなんです。あなた方の望みは、宝石の在りかでよろしいのでしょう?下準備は済ませておりますので、あとはあなた方がこの水をなにか平面の水鏡ができる場所へ注げばそこへ真実が映し出されます」


 サファイアは、瓶を静かに二人の前へ置いた。


 しかし、二人は暫くそのまま沈黙した。


 表情も優れない。


「どうされましたか?」


「いえ。呪と聞いておりましたのでなにか呪文のようなものを唱えるとばかり思っていたので……」


 予想とは異なり呪(が地味なことに不安を抱いているようだった。




(酷い……昨夜の瓶に清水が注がれるまでの光景を知らないからって、こんなあからさまに不信感を募らせるなんて)


 サファイアは憤慨した。




「あの!」


「さあ。もし今ここで試すおつもりなら皿でもご用意しますが?」


 サファイアの文句を遮り、タッキーは促した。


「もちろんです。お願いいたします」


 ユーリの(ことば)にタッキーは大きめの皿を用意した。


 皿を目の前にして、二人は息を呑み、恐る恐る光水(リヒトヴァッサー)を皿に注いだ。


 すると、水鏡には豪華絢爛な屋敷がスッと映し出された。


 その映像は、まるで誰かの視点を覗いているかのように、そのまま屋敷のなかへと入り、ある書斎らしき空間へ辿り着いた。


 さらに、その奥の小部屋を通じ、なかが開かれるとそこにはたくさんの貴金属が博物館のように陳列されていた。


 その横には頑丈な金庫が備え付けており、その場で水鏡の映像は停止した。




 おそらくこのなかにダイヤモンドの(トレーネ)が隠されているに違いない。


 (よかった。)


 信じてはいたが、自分が介入することで、なにか失敗するのではと危惧していたのだ。


 それが杞憂で終わったのだから。


 そう思い顔を上げてサファイアは驚いた。




 目の前の二人の顔が固まっている。


 よく見ればユーリの方は血の気が引いて顔が真っ青になっていた。


 室内が重く厭な静寂に包まれた。


 杞憂で終われない者たちもいたようだ――。




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