3-6
「三大公爵家当主が容疑者。これは下手に捜査できないわね」
サファイアは、一人唸った。
「まずは、動機だな」
「動機?」
「人は、動機があるからこそ罪を犯す。それが通説だ」
タッキーの持論は、なぜか、サファイアの心に突き刺さった。
自分が記憶を消そうと思ったことも、罪だった。
姉を結婚させようと思い立たなければ、一生思いつかなかった悪行だ。
それが、改めてわかった。
「……本当だね。確か、侯爵は王子に恨みを持つ者の犯行だって言ってたわ」
「それが、正解だとするなら容疑者は三大公爵家のなかでも絞り込める」
「え、どうして?」
サファイアは、驚いて訊いた。
「いいか。王子に怨恨を抱いた人間が、どうして宝石を盗んだか。最も可能性が高い動機は王子の王位継承権剥奪だ」
「王位継承権の?でもそれって……」
他国では知らないが、この国では現在、それを行うことはできない。
なぜなら――。
「そうだ。代々ツァール国の王位は、ダイヤモンドの宝石眼。もしくは、その者が高齢で隠居すれば、その長子。幼ければ実父が代理として王位を務める。前ダイヤモンドの宝石眼は先々代の王だった男だ。今は、代理としてあの王子の父親が王位に就いている」
「うん。それが、ツァール国の王家に必ず一人は宝石眼が生誕するためのしきたりみたいなものだって昔習ったわ」
「そうだ。特に宝石眼のなかでも最も高価な宝石であるダイヤモンドは王家に連なる血の者以外に生まれたことはないほどだ」
「うん。だから、いくら王子に恨みを持った人がいても王位継承権は覆らないんじゃないのかしら」
そんな馬鹿げた意味のないことをする犯人はいないだろう、とサファイアは予想した。
それを、いとも簡単に彼は打ち砕く。
「だがもし、その王子が宝石眼として神に認められていないと判断されたらどうだ?」
「っ!?それって、どういう意味?」
タッキーは再び椅子に腰かけた。
「早い話、このままダイヤモンドの涙が発見できないまま建国祭を迎えたとする。当然会場には王子は出席するだろう。そのなかで偽物の宝石を本物としてお披露目するしかない。盗まれたなんて民衆にバレたら暴動が起こりかねんからな」
「確かに」
サファイアは、頷いた。
「しかし、ここで誰かが大声でダイヤモンドの涙だけが偽物だと騒ぎ出したとする。お前ならどうする?」
「え?実際偽物なわけだから否定できない。でも、お披露目した以上本物として公開してるわけだし……あ!」
やっと、理解した。
恐ろしい可能性を――。
「そうだ。王子はその宝石を本物とも偽物とも言えない。どちらにせよ、民衆に嘘を吐いたことになるからな。当然王子の立場は悪くなる」
「本当だわ」
「ここでもうひと押し。誰かが王子はダイヤモンドの宝石眼として神に認められていないのでは、と噂話でも流せばいい。噂は巡り巡って民衆の不安を煽り、やがては国に反旗を翻すかもしれん。一体いつから、宝石が偽物だったか民衆は疑心暗鬼に陥るからな。そうしたら王子はどうなる?」
「……どうなるの?」
まさか――。
サファイアの不安を感じ取ったのか、タッキーはそれを否定した。
「殺すことはできない。曲がりなりにも宝石眼を宿してるんだからな。だから、犯人は民衆にこう囁けばいい。〝王子は宝石眼としての役目だけの公務に就かせ、もっと王に相応しい人間を王位に就かせてはどうだろう。そうすれば、民衆に隠し事をするような弱き王に治められる国ではなくなる〟、ってな筋書きだろう」
「恐ろしい……」
サファイアは恐怖した。
「人間の欲深さなんて底知れないからな」
人間以外の存在にそれを告げられると、殊更説得力が増して聞こえる。
「じゃあこの場合犯人は――」
「王子が王位継承権を失くした際、最も王位に近い存在。それの後見を務めてる人間だろう。おそらく、そいつの母親の実家が関係してくるはずだ。王子自身の母親は三大公爵家の出身ではなかったはずだからな」
「じゃあ、王位継承権第二位の後見人が三大公爵家のなかの誰かならその人が犯人ね!」
サファイアは声を上げた。
「実は、そうとも限らない」
タッキーは、冷静に事件を分析していた。
「え?」
「今のは、あくまで王子に怨恨を持つ者の犯行の場合だ」
「でも侯爵は……」
「いいか。可能性はもう一つある。三大公爵家が他の公爵家を潰そうとしている場合だ」
「?で、でも、王子は公爵家の人間ではないわ。もちろん遠い祖先では繋がりはあると思うけど……」
ダイヤモンドの涙を盗む必要性は見当たらない。
サファイアの疑問に、タッキーは別の視点からの解を教授する。
「そうじゃない。この場合王子は利用された可能性が高い」
「利用?」
「お前は、建国祭を毎年誰が取り仕切っているか知ってるか?」
「もちろんよ。当日の朝、雉の啼く声と同時に三大公爵家当主が、鞘に収まった三本の剣から各々剣を抜く。その先に薔薇の模様が刻み込まれている剣を選べた公爵家が取り仕切るのが習わしよ」
――この国ではもはや常識だわ、とサファイアは答えた。
「その通りだ。付け加えるなら選ばれた公爵家はその日を無事成功させ建国祭を終了させれば、そこでお披露目された宝石の加護を一年、他の公爵家よりも享受できる」
宝石眼の恩恵。
それを一年、より増して受けられるのは、その年の民の潤いに大きく差が生じる。
公爵家当主として、外せない行事なのだ。
「えぇ。だから毎年、この時期になると各領地どれも盛り上がりをみせるわ。今年はどの領地により恵みが与えられるかって」
「しかし、今年だけは違う」
タッキーの低い呟きに、サファイアもすぐに察することができた。
「――そうか!今年は宝石が偽物だから成功して終われない」
「そうだ。当然さっきの場合と同様に、誰かに宝石が偽物だとバラされれば王子のみならず建国祭を失敗させたいずれかの公爵家も一緒に泥を食う羽目になる。なにしろ、建国祭の失敗なんてツァール国の歴史上一度も記録されてないからな。もし、犯人がなんらかの方法で建国祭を取り仕切れる剣を他の公爵家に故意に掴ませることができたなら……」
「その公爵家は、実際にはなんの落ち度もないのに罪を被ることになる……」
先を、サファイアが代わって告げる。
「当然、三大公爵家としての地位や発言力も他の二大勢力よりも劣ることになるだろう」
「で、でもこれじゃあ……」
全く犯人を絞りきれない。
動機すら、未確定なのだから。
「そう。今回は犯人の動機が明確でなければ犯人は絞り込めない。もしかしたら、両方の動機が当てはまるかもしれないし、全く異なる視点の動機がこれから浮上してくるかもしれんからな。……ただ、俺の予想では後者だと思案する」
「どうして?」
「本当に容疑者がこの三人のみなら、宝石眼から宝石を盗んだ時点で己に神からの罰が与えられる可能性を考慮するだろう。大昔は宝石眼が十二人勢揃いしていたこともあり、その内の一人くらいには遺恨を晴らしたいと思考する莫迦な人間も多かったからな。だが、実際宝石眼を負傷させた奴の死に様は悲惨だ。その身を雷で打たれ、死体を鼠に食い散らかされた奴を俺は知ってる」
「うっ……」
サファイアは思わずその惨劇を想像してしまった。
「三大公爵家の屋敷にもそういった黒歴史が記された歴史書は数多存在するはずだ。それを無視するような粗野な奴が当主に納まってるとは考えにくい」
「じゃあ、どうして王子の宝石だけを盗んだの?」
「持ち出すなら一粒のみにした方が成功率は上がると考えたんだろう。王子の石を盗んだのには、色々可能性がある。実際はどれでもよかったのか。王子の石が盗まれた、という多大な衝撃を民衆に与えられることを予測してか。もしくは王子の代わりに王位を狙う第二継承権の後見人である公爵家を潰すためか。単に目障りな他の公爵家を排除するためか、ってところだな。とにかく宝石眼に危害を加えるつもりはないってことだ」
タッキーは、肩を竦めながら仮説を述べた。
「でも、実際には王子にも火の粉が飛ぶわ」
サファイアは、納得がいかなかった。
「神は宝石眼を特別慈しんではいるが、あくまで人間に平等な存在だ。宝石眼への直接的な手出しをしてないなら、罰を免れると考えた公爵家がいてもおかしくない。実際、宝石が盗まれてから今この瞬間まで、三大公爵家当主が罰を受けたという報告はどこにも届いていない。まあ、〝三大〟って名は付いてはいるが、内情は優劣がついてる部分も、探せば湯水のように溢れ出てくるだろうからな。皆腹に一物を抱えてても不思議じゃないだろう」
「……人間って恐ろしい生き物なのね。タッキーが自分を高貴な存在って断言してしまうのも仕方ないのね」
サファイアは落ち込んでいた。
外の世界へ飛び出して知徳したことは、良いこともあったが、自分の驕りや人間の欲深さばかりだった。
「気にするな。……知らないままの方が良かったと思ってるわけじゃないだろう」
ハッとした。
「――うん!ありがとう、タッキー」
サファイアはタッキーの不器用な思い遣りに感謝した。
「でも、動機が絞れないんじゃ宝石の在りかもわからないわ」
問題はなに一つ解決へ進まないことをサファイアは嘆いた。
それに、彼がわざとらしく、咳払いをする。
「お前は、俺を誰だと思ってる?幸いの望みをなんでも叶えられる善呪師だぞ」
その詞に、サファイアは顔を上げた。
「そうだわ!……ってじゃあなんであんなまどろっこしい説明を?」
「簡単に答えがわかる問題ばかりでは、人は頭を悩ませて思考することを止めてしまうからな」
「……私のために?」
「阿呆が。お前に私との賢さの違いをより強く自覚させるためだ」
タッキーは、一切遠慮のない詞でそう宣言する。
「あ、そう……。それで、どうやって宝石の在りかを探すの?」
ふふん、とタッキーは笑った。
「付いて来い」
タッキーは、部屋のさらに奥の間仕切布の裏へ歩いて行った。
サファイアは、慌てて後ろを付き添った。