17 囮大作戦
華やかな宴は、連日になろうともその輝きを失わせない。
それどころか、昨夜よりも急に参加者が増加しているという。
理由は二つ挙げられた――。
一点目。
滅多に公式の場にすら揃うことのない宝石眼が三者とも揃い組になったこと。
しかも、皆独身。
クルスは年齢的に結婚相手としてどうなのか、という疑問も感じられるが、その外見がそれを軽くいなしている。
貴族にとって、ここまでの好機はない。
二点目。
サファイアの宝石眼が行った加護により、公爵家に展示された宝石に注目、関心がありえない程高まっていることだ。
その身に宿せば、加護を受けられることが必至となった宝。
当然、競売に出席するつもりがなかった人間ですら、その思考を改める。
昨夜から今日までで、急遽、参加の旨を公爵家に募る貴族が後を絶たない。
もちろん、公爵家にとってこの状況は、渡りに船だ。
夫妻は笑みを隠す気もないだろう。
そんな大人数となった舞踏会の輪の中心を、今夜も彼らは彩って歩む。
「サフィー。疲れてないかい?」
「まだ、始まったばかりですよ、クルス様」
二人の宝石眼が仲睦まじげに談笑する。
それを周りで歯痒く見守る紳士淑女。
その構図にクヴェレ公爵夫人が愉しげに見つめる。
(なにか面白そうなことを企んでいますわね、サファイアの宝石眼。これは見物ですこと)
夫人の読みは的中する。
二人は、昨夜とは異なり舞踏をせず、周りに集う紳士淑女の元へ近づいて行った。
「どうも」
声を掛けられた貴族たちは驚愕し、ハッとして取り繕う。
「いや、これはターコイズの宝石眼様。サファイアの宝石眼様。御目に掛かれて光栄です」
一人の紳士の声を皮切りに、各々が挨拶を述べる。
それにサファイアも返礼する。
「すまないね。昨夜は、なかなか皆さまとお話しする機会に恵まれなくて。サフィーに話したかったと怒られてしまってね」
クルスが、穏やかに告げる。
「それは、それは。嬉しい限りです。サファイアの宝石眼様」
改めて、感謝の意を告げた貴族たちが自己紹介を始めた。
サファイアは、一人ひとり噛み締めながら、運び屋の情報と照らし合わせていく。
不自然な異なりや誤りがある人間はいない。
やはり、運び屋の情報に間違いはない。
(じゃあ、やっぱりあの人は偽物?)
サファイアは、慎重に待った。
きっと、相手から来る。
だって、そういう人だから。
「――サファイア様」
その可憐な声が真後ろから聞こえるのを感じ、サファイアはクルスに添えていた手に力を込める。
クルスもまた、その響きに警戒を強める。
二人は、一斉に振り向く。
そして、サファイアは、笑顔で声の主に返答する。
「――まぁ、アンネ様。日中はお話しできず申し訳ありませんでしたわ」
そう――。
アンネ・トート・ハッセン男爵令嬢。
彼女こそ、クルスだけが気づけた偽りかもしれない人物。
サファイアは、一刻前の密談を回想する――。
「ターコイズの宝石眼の睨んだ通りでした。アンネ・トート・ハッセン男爵令嬢の昔の容姿を知っている人間たちの証言を集め、当時を知る男爵家お抱えの絵師に嘘偽りない絵姿を描かせました」
――証言者も画家も、一年以上前に屋敷から暇を出されている人間たちですが、とユーリは最後に付け加えた。
彼は徐に懐から二枚の紙を取り出し、サファイアたちに開いて見せた。
「えっ?アンネ様って。――ひっ!」
サファイアは、悲鳴を上げる。
一枚の紙には、文字がつらつらと書きこまれている。
証言の報告書だろう。
それより、驚きなのは――。
「……この絵の女性が、アンネ様?」
「はい」
ユーリは、深刻に事実を告げる。
描かれた女性は、確かに昨夜邂逅を果たした男爵令嬢だった。
しかし――。
その両頬には、痛々しい三本の獣の爪痕がくっきり残されていたのだ――。
明らかに、なにかの生物に襲われ跡。
女性にとって、あまりに酷い姿。
タッキーですら、その目を逸らした。
「ハッセン男爵令嬢は、まだ幼少期に、父親の所有していた鷲に、屋敷の庭で襲われたそうです」
ユーリは、悲痛な声で告げる。
部屋に設置された暖炉の炎が弱まり、寒気が増した。
「鷲に……」
「はい。それ以降、令嬢は部屋に閉じこもりきりの生活を送っていたそうです。……しかし、ここ数カ月で急に、舞踏会などに顔を出すようになり、その美貌で一躍人気者になったそうです」
サファイアは、紙切れの文章に眼を通した。
そこには、その瞬間の地獄絵図を見てしまった使用人らしき人間の証言が書かれていた。
『お嬢様が庭で楽しげに飼犬と戯れていたのです。突然でした。突然、お嬢様の背後に鷲が飛び降りるようにお背中へ襲い掛かったのです。痛みに悲鳴を上げたお嬢様は、思わず振り返ってしまったのです。そしたら、鷲が、お嬢様の顔に爪を――』
サファイアは、思わずそれ以上の文章を読み進めず顔を背けた。
「俺は、ハッセン男爵令嬢が幽閉のような生活を送っているという噂を耳にしていた。しかし、昨夜見かけた彼女にそんな様子は見られない。彼女の周りにいた令嬢たちにも後でこっそりと訊ねたが、ここ最近の知り合いで、昔の彼女のことは知らないと話していた」
――どう考えても、不自然だろう、とクルスは静かに説明した。
ターコイズの宝石眼特有の能力。
彼に、密談をし謀をしても、それは決して成功しないだろう。
総てが筒抜け。
無駄な足掻きだ。
おそらく、鷲は本能的に獲物を狙ったのだろう。
犬を狙ったのか人間を狙ったのかはわからないが、これは悲惨すぎる。
所有物だったということは、なんらかの事故で籠か紐から逃れたに違いない。
(でも……)
サファイアには、小さな疑問が湧きあがっていた。
運び屋の情報にも、確かにハッセン男爵令嬢の情報は記載されていたのだが。
〝容姿は、華やかで交友関係も広く浅く。典型的なお嬢様体質〟
そう、書かれてあった。
きっと最新の情報を伝えるためだろうが。
(ハイネやトラオアさんなら、クルス様のように疑問を抱きそうなものだけど……)
サファイアは思案していた。
とにかく、彼女には秘密がある。
それは、間違いない。
「サファイア様。お約束でしてよ。今回は、私たちともお話してくださいな」
美しい、傷一つない顔に笑みを携え、彼女が言う。
その後ろでは、数人の令嬢がその様子を覗う。
サファイアは、ゆっくりとクルスの腕から離れる。
「クルス様。今夜は、アンネ様たちともお話したいのです。行ってもよろしい?」
懇願するように、彼女は告げる。
それに、クルスは笑顔を貼り付けたまま了承する。
「君の願いを聴けない男はいないよ。――行っておいで」
「はい」
サファイアは返事をする。
そして、振り返る。
(囮作戦、開始よ!)
心のどこかで鐘が鳴るのを感じた。




