16-8
夕暮れ時――。
各々が想い想い新たな経験をしつつ時を過ごした後、サファイアとクルスよりも遅れて、タッキーが客室へ帰ってきた。
いつもの彼らしくなく、浮かない表情をし、心なしか、自慢の尾も垂れ下がっているように見えた。
「タッキーは、どこに行ってたの?」
「……とりあえず、屋敷中を正体が見破られないように、隈なく回ってきた」
タッキーはそう言って、椅子に沈むように腰かけた。
すかさず、フランソワーズが配茶する。
「回ってきた?」
「あぁ。……過去の顔見知りがいるかどうかをな」
「あっ……」
彼の沈んだ声色に、サファイアは察した。
(悪呪師を捜してたんだ……)
呪師は、どうやってその力を習得するのか。
いつの段階で、善か悪を選択するのかさえ、弟子になったサファイアもまだ知らない。
でも、能力を知られることがご法度なのだから、当然お互いの面識はないと思い込んでいた。
「タッキー……。他の呪師に知り合いっていたの?」
サファイアの呟きに、タッキーは顔を背けた。
拒絶の反応。
答えたくないのだろう。
それでも、否定はしなかった。
(やっぱりいるんだ……。しかも、その人が犯人の可能性があるんだわ)
サファイアは直感的にそう思った。
きっと感の良い彼のことだから、独自になんらかの情報を得たか。
過去にもその人物が同じような事件を起こしたことがあるのを知っていたのか。
理由は、そんなところだろう。
しかし、気になるのは彼の表情。
何者にも左右されない気がしていたが。
(どんな知合いなんだろう?)
サファイアがその疑問を言の葉にする直前、扉を叩く音がした。
舞踏会までには、まだ一刻程の余裕があった。
しかし、だからこそ、今は皆準備の真っ最中。
あまり訪問をされない時間。
皆の注目が扉に集中する。
「はい、どなたでしょうか?」
フランソワーズが扉近くまで行き、訪問者に訊ねる。
「申し訳ございません。シリンフォード侯爵様が至急、ターコイズの宝石眼様にお目通りしたいとのことです」
「「「!?」」」
扉の向こうから召使の声が聞こえた瞬間、驚く。
サファイアとタッキーは単純に、意外な訪問者に驚きを示したが、クルスは違った。
(もう、調べ上げてきたのか)
「……さすが、公爵家の鷹を父親に持つ息子か」
「えっ?」
クルスの独語にサファイアは聞き返すも、それには答えず、クルスは入室を促す。
すぐに、ユーリは優雅にけれど少し焦りの表情を見せながら入室する。
「お約束もなく、突然ご訪問した無礼をお許し下さい。……至急ターコイズの宝石眼にお話したいことがありまして――」
「うん、わかった。別室に行こうか」
そう言いながら席を立つ彼を見た瞬間。
自然と身体が動いていた。
「待ってください。私にもそのお話を聴かせてもらえませんか?」
「「え!?」」
二人の男が同時に声を上げる。
その表情から、サファイアの願いは、あまり歓迎されていないことが伝わってくる。
それでも、全く構わないと思った。
サファイアとて、個人の話に自ら割って入るような無粋な真似は普段ならしない。
そう、普段なら――。
なのに、なぜか声が出た。
だから、これにはきっと意味がある。
サファイアの涙の粒が再び産まれるほど、啼いた時に思ったではないか。
「厭なんです……」
「小娘……」
「……置いてけぼりは厭なんです。――私だけ、置いてけぼりは厭なんです!」
サファイアは、気づけば己が大声で叫んでいたことに気付いた。
その悲痛な表情に彼らも困惑する。
なにか悟られるような失敗は誰もしなかった。
それなのに。
彼女を敢えて避けようとしたことが。
彼女に知られぬまま解決しようとしたことが。
暴かれていたようだ――。
クルスが静かに眼を閉じ黙想する。
(やっぱり、ユヴェール神なんていないじゃないか……)
だって、宝石眼を愛していると言い続けるのに。
いつだって、険しい道を。
傷つくかもしれない道を。
その身に選ばせる――。
でも――。
彼女を決して間違った道には進ませない。
じゃあ、これも?
この棘林こそが、正しい道なのか?
クルスは眼を開き、彼女を見つめる。
そして、一回だけ溜息を吐く。
「――わかった。話そう」
「!?しかし、それでは――」
ユーリはなにか言い募ろうとするが、クルスはそれさえも制止した。
その瞳の眼力のみで。
そして、またサファイアに向き直る。
「君にも話すよ、サフィー。この作戦はきっと君が行う方が成功する確率はグンと上がるだろうから……。その代わり、もしかしたら君は傷つくことになるかもしれない」
「おい、それはどういうことだ!?」
師匠は、すかさず非難を上げ、大声で問う。
「……構いません」
それにも、サファイアは動じない。
タッキーもまた、弟子の曇りないその瞳の圧力には勝てない。
なにを言っても、もう止めることはできないと何度も学習させられたから。
その決意をクルスも受け止める。
「わかった。――サフィー。俺は、昨夜の舞踏会に出席した時、明らかに不自然な人物を見つけたんだ。その人物の真の姿を焙り出すために、〝囮〟になって欲しい」
「「!」」
タッキーとサファイアは同時に息を呑んだ。
国中で、宝石眼にそんな恐ろしい提案ができる存在。
それは、やはり同じ宝石眼でしかないのだろう――。
「……お話を窺わせてください」
サファイアは声を潜めてユーリに依頼する。
その声質に怯えの感情は感じられない。
ただ、使命に燃えた騎士の如き覚悟が読み取れた――。




