序章
〝宝石〟とは硬くて美しい上に、産出量の少ない鉱物のことである。
人は古来、それを装飾品のほか、富の蓄積にも用いたと云われる。
その気高さ、妖しさをある者は明星だと語り、またある者は妖精の足跡だと例える。
人々は言の葉が尽きるほど苦心しながら宝石を讃える詩を口述するが、それに魅了されるは、人のみにあらず。
この世を創りし神でさえ…
まさに今この瞬間も、誰かがお伽噺の語り部となる。
遥か昔、時を刻む術が地上にもたらされる以前の時代。
世界を創りし神、十二の鐘を順に鳴らす。
空に浮かびし月が消える瞬間と共に、音色は天を駆け巡る。
その鐘の舌には、各々(おのおの)に異なる美しき宝石がはめ込まれ、鐘と触れ合う度、見事な調和を醸し出した。
それは、長き間天に潤いを与え続けた。
やがて、月の移り変わりの知恵は地上へ伝承された。
神は地上に生ける者たちのため、十二の「鐘撞人」を選定し、その者たちに各々の宝石と同じ輝きを放つ瞳を授け、時を刻ませた。
その瞳を持つ者たちは、神から順に特別な力を授けられたという。
かの神を人は宝石の名を捩り、ユヴェールと呼称した。
ガーネット、地上の者が健やかなる体を保ち続けるために存在しなさい。
アメシスト、地上の者が神への信仰心を高め続けるために存在しなさい。
アクアマリン、地上の者が海難せずに過ごし続けるために存在しなさい。
ダイヤモンド、地上の者が強固な意志を抱き続けるために存在しなさい。
エメラルド、地上の者が自然の恵みを与えられ続けるために存在しなさい。
パール、地上の者が治癒力を持ち長寿であり続けるために存在しなさい。
ルビー、地上の者が燃えるような情熱を感じ続けるために存在しなさい。
ペリドット、地上の者が暗闇から解き放たれ明るさを得続けるために存在しなさい。
サファイア、地上の者が摩に囚われず誠実に生き続けるために存在しなさい。
オパール、地上の者が悲しみを消し希望を生み続けるために存在しなさい。
トパーズ、地上の者が美を探求し続けるために存在しなさい。
ターコイズ、地上の者が安全な旅を行えるために存在しなさい。
彼らはその順に従い、命を守護し続けた。
そして、地上の者に幸福や安らぎ、様々な恩恵を与え、人々から尊ばれた。
いつしか、人々は彼らを『鐘撞人』ではなく、天の神の眼となる高貴なる存在として『宝石眼』と呼び、その敬意を評したという。
彼らは他の人間より長き生を賜り、それを全うし、死してはまた別な魂にその宝石眼を継承させた。
しかし、時の流れにつれ、十二の宝石眼が揃うことはなくなった。
転生し続けるなかで、前世の記憶を少しずつ、だが確実に砂時計の砂の落ち行くさまのように失わせていった。
そうして、己が宝石眼であることすら、認識することはなくなった。
宝石眼が揃わなくなり、緩やかに世界は均衡を保てなくなった。
今はまだいい。だが、いずれ必ず大きな受難となる。
人々は血眼になり宝石眼を捜求め続けた。
彼らに残された宝石眼を弁別する唯一の術。
それは、彼らが舌の宝石と同様、美しき瞳を有しながらこの世に産み落とされるという云い伝えだけとなった――。