第9話『給仕と書物と男の娘』
俺たちはセレメリィ女王に連れられ、城の中に入る。女王は少し残った政務をすると言って俺たち3人は客間に通された。
「客間でここまで広いのか、初めてだ。」
俺は客間を見渡す。壁には等間隔に大きなガラスが入っている。マリアは窓ガラスに近づき、外を眺める。客間は3階にあるため、眺めは良く見渡しやすい。
「うわぁ、すごいですっ!マルドゥの噴水が見えます!」
「マリア、楽しそうじゃないか。気持ちはわかるけどな」
「私、高い所が好きなんです。働く人達、動く乗り物。なんだか私が大きくなったみたいで、ワクワクしませんかっ?」
マリアは振り向きニッコリする。イヴはというと。
「さ、3階ですが、お空が近く見えます。ひ、人が小さく、あわわっ!」
「い、イヴ。大丈夫か?」
椅子に体育座りでガクガク震えながら、大丈夫ですと答える。本当に大丈夫なんだろうか?マリアは満足すると椅子に座る。
「お城は初めてではありませんが、ここまで綺麗にされているお城は初めてです。温かい感じがします」
「俺は無縁だったからなぁ、俺が居た村はお城なんかなかったし」
俺は頭を掻きながら話す。イヴは窓から離れた椅子に座り直し俺に質問をしてくる。
「あ、あの。クロスさんが住んでいた村はどんなとこだったのですか?」
「詳しくは私もきいたことがありませんでした。是非聞かせてくださいクロス様っ」
マリアも俺の話が聞きたいらしい。
「何にも面白い事はないぞ?えーとな、俺は教会に住んでいたんだ。それもまぁまぁボロい教会でさ、椅子に使われた木も若干腐っていたし、床も所々抜けてたしな」
イヴは真剣に聞く姿勢に変わる。
「それでも村人は毎日朝一番に祈りに来るんだ。餓鬼だった俺は毎日何をしにこの人達は来ているんだろう?って思ってたよ」
「教会では何をなさっていたのですか?」
マリアは用意されていた紅茶を軽く口にしてから質問してくる。
「主に床の板を変えたり、掃除とかだな。雑用が多かったよ。でも突然司祭である親父がな?山に行くとか言い出してさ。何をしに行くのかも言わずに連れていかれて数ヶ月も山篭りしたんだよ」
「「数ヶ月!?」」
二人揃って大きな声で言った。いやわかるけど、数ヶ月も山篭りだなんてやんないよ普通。
「山篭りって、何か採取に行っていたのですか?キノコとか、薬草とか。」
イヴは紅茶が入ったカップ両手で握りながら話を続ける。
「いや、それならよかったよ。実際は自分の身を守る護身術とか、サバイバル技術だとか、親父が知る全てのことを叩き込まれたんだよ。」
「旅をすると言ったから叩き込まれたとかでしょうか?」
「まだ旅をするって言う前なんだよ。俺が旅に出ると言ったのはそのあとだからな」
二人は「ほぇー」と驚いた顔をする。丁度話が止まると客間の扉が開き、セレメリィ女王が入室する。給仕?さんも二人ほど入ってきて入口で待機。俺達は一度立ち上がり女王の方へ振り向く。
「そのまま座っていてよかったですのよ?」
セレメリィ女王は微笑みながら答えた。
「いえ、女王の前ですから。それに少し緊張しているんで。」
「そうなんですの?それよりお座りになってくださいまし?」
俺は了承を貰ってから二人に頷き座り直す。
「それで、お話をしに来たとのことでしたわね?ご要件を伺います。」
セレメリィ女王も俺達の正面にすわる。話を振ってくれたので俺が説明を始める。
「改めて。クロス・ハイドです、こちらがマリア。この子がイヴです。今回の面会はイヴについてです。」
「イヴさんの事ですわね。話を続けてくださいな。」
セレメリィは足を組む。俺は話を続ける。
「イヴはかれこれ数年間一人暮らしが続いているみたいでして、家族とは死別し、この先がどうなるかわからない。イヴ自身もあまり身体が良いわけではないですし、本人もこのままでは良くないと思っている。そこで、セレメリィ女王。このお城は孤児だったり、家族がいないエルフや民を給仕として置いているとききまして。直接お話をしに来ました」
イヴは緊張からか顔が強ばっている。マリアは膝の上に置いた俺の手を上から重ねて来たりと、二人がカチコチになっている。俺も手汗がやばい、背中も変な汗かいてるし。
「孤児救済支援を求めて来た。という訳ですわね?」
俺達は強く頷く。するとセレメリィ女王は立ち上がり出口に向かう。俺は慌て立ち上がり
「あ、その!やっぱだめですか!?イヴをこのままにはしたくないんです!お願いいたします!」
俺は頭を下げる。マリアやイヴも頭を下げる。セレメリィ女王は振り向いて。
「少し待っていてくださいまし。」
それだけを告げると彼女は部屋を後にした。給仕さん二人は残っているが無言。と、マリアが耳元に話しかけてくる。
「やはり、何か条件がないと駄目だったのでしょうか?」
「わからない。だがこれがダメならイヴは....」
チラッとイヴを見るとしゅんとなっていた。完全に気を落としている。どうするか、そう悩んで居ると。
「お待たせ致しましたわ。」
セレメリィ女王が戻って来た、紙袋を持って。その中から出てきたのはいわゆるメイド服。まさか
「イヴさん、明日から宜しくお願いします。」
「ふぇ?あ、明日から?」
セレメリィ女王は、はい、明日から。と言って微笑む、俺は思わず。
「あ、あの。駄目だったのでは?」
セレメリィ女王はクスッと笑い
「私、一言もダメだなんて言っていませんわよ?むしろ人では多いほうがよろしいですし。イヴさんやマリアさんはエルフ。色々お話をお伺いしたいのです。」
俺は「あ、はぁ。」と返事をする。イヴにメイド服を渡すと、マリアにもメイド服を渡す。
「あの、私は旅をしていますので。こちらには残らないのですが。」
「お二人だって直ぐには行き先は決まっていないでしょ?決まるまでこちらでいらしてくださいまし。それにカルティはまだ暫く帰ってきませんし。ね?」
マリアはメイド服を受け取る。そして俺には。
「クロスさんは、軍手と箒。雑巾をお渡ししますわねっ」
せっせと渡される。城の掃除だろうか?
「クロスさんは地下書庫のお掃除を明日からお願いいたしますわね?」
「あ、はぁ。わかりました。」
本日2度目の気の抜けた返事をしてしまった俺だった
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その夜。マリアとイヴは隣の部屋に、俺は当たり前に1人広い部屋に案内された。本来この部屋も数人でも泊まれる部屋になっているはずだが、使っていないと言うことで男女別れた。
「ここ数日で色々なことがあったな。今日は一番疲れたかも、女王と会話だなんて人生初めてだったし。緊張したなぁ、バレないようにがんばったけどありゃバレてるな。」
ドサっと倒れるようにベッドに身体を預ける。
「明日は書物の整理担当か、何か面白そうな書物があれば読ませてくれないかなぁ」
昔から読書が好きな俺。あまり難しいのは苦手だけど、歴史とか国の事について書かれているのは好きだ。
「今の色々な国の情勢が知りたいなら女王に聞けばいいんだろうけど、まずは自分で調べないとなぁ。」
そんな風に考えていると、眠気が来る。俺はそのまま寝てしまった。
............
翌朝。俺達3人はそれぞれの担当者に呼ばれ、俺は地下書庫に向かった。階段を降りていく、地下に続く階段は意外と綺麗にされていた。俺の中のイメージはもっと埃っぽいのと、蜘蛛の巣がそこら中に.....これじゃ魔女の城になっちゃうや。しばらく降りていくと到着した。担当者は確か『トール』さんと言ったな。扉を開けて中に入る
「今日から書庫整理に来ました。クロス・ハイドです!トールさんいらっしゃいますか?」
辺りを見渡すと、イヴより少し小さい身長の女の子がトテトテ走ってきた。見た目は小学生くらいか?
「はいっ!お待たせ致しました!ボクはトール・テリアと言います!」
ビシッと敬礼をするトールさん。一応作業する上で先輩という訳で『さん』付けしている。
「宜しくお願いします、クロスでいいです。」
「ボクもトールでいいですよ!さん、とか堅いのはなしで!あと敬語も!」
「あ、わかった。よろしくっ、それで早速どうすればいいかな?」
俺はもう一度見渡す。見た目は本棚とかに綺麗に片付けられてるが。
「あぁ、実はね作業するにはあそこにある箱が必要で、あまり力も身長もないので。お恥ずかしながら取ってもらっていいんですか?」
「あぁいいよ」
本棚の天辺に置いてある箱を両手で持ち、ゆっくりテーブルへ。
「よいっしょと!これでいいかな?」
「はいっ!ありがとうございますっ!助かりましたー!」
元気いっぱい、笑顔いっぱいに感謝の言葉。ちょっと照れてしまうな。とついこの言葉を言ってしまう
「女の子なんだし、あまり無茶はダメだよ?何かあったら手伝うしさ」
「....オンナノコ?」
トール・テリアは目が点になっている。
「あ、あぁ。力もあまり無いみたいだし、怪我をしたら危ないし」
「オンナノコって誰がでしょうか?」
え?と反応した俺はトールを指さした。
「アハハハ!ソンナワケナイデスヨ!もぉ、ボクは『男』ですよ?冗談はやめてくださいよぉ」
トールは笑っているが、徐々に。
「え?本当にボクが女の子に、見えました?」
「あ、あぁ。.....すまない」
トールは固まる。
「お、おーい。大丈夫か?」
揺さぶってもなかなか帰ってこない。仕方ないので
「あ、後でいいなら何かご馳走するよっ!」
「本当ですか!?」
あ、帰ってきた。
「あぁ、約束するよ。悪いことを言ってしまったしさ」
「ありがとうございますっ!えへへっ」
悪い。女の子にしか見えないよ。俺は苦笑いをしながら書物整理を開始した