もののふ 短編
アサガオ顔出す、暁七つ寅の刻。
人影絶無の江戸町に、風情損なう浮浪者一人、のこのこゆらゆら姿を現す。
手垢に塗れる着物を纏い、ふらふらてくてくほっつき彷徨う。
ぐるるるる。
腹の虫が五月蠅く喚く。
「ひもじき思ひは拙者も同じ」
男は諭すが、人語の通じぬ虫ケラ相手じゃ、無益徒労に言うまでも無く。三日に渡る絶食で衰弱しきる肉体を無闇矢鱈に苦しめるだけ。
「もう駄目じゃ」
男は其の場に倒れ伏す。
「斯様な事になるならば……。戦国の世に、我、偉業を成しとう御座った」
男は遺言を吐きほうり、袖に忍ばす阿片を握り、炙らずそのまましゃぶり貪る。
泥の乾いた煤けた頬に、涕が一筋流れ落ち、鴉の鳴き声不気味な江戸に、ひとりもののふ生を昇らす。
・ ・ ・
「そなたの願ひ、ひとつかなへて進ぜよう」
何処からとも無く聞こえた声に、男はたまげ、こけつまろびつ。
心の深く奥底の、さらに一寸先の闇。
所分からぬ場所にて男は、無意識宛ら《さなが》声を聞く。
如何様、眉唾ござらぬか、疑がう悠々《ゆうゆう》無き現状。
藁にも縋る思いで男は、声の主に請い願う。
「某詰らぬ男に御座るが、願い叶えて戴くならば、お願いたもふぞ申し候」
すると突如に視界が暗転、男は其の場に崩れ落ちる。
「次に目覚める時あらば、戦国の世に相違ねぇ」
安らぎ眠る男の傍で、ひとりの遊女が悪戯働き。
「おさらばえ」
笑みを浮かべて去って行った。