ラヴ・ソング
手持ち無沙汰になった。やることなすこと全て上手くいかない。全部放り投げてしまおうかと思ったけど、少し踏みとどまって、俺はそのエネルギーのベクトルを違う方向に向けることにした。
辺りを見る。何もない。仕方ないから、俺は俺に出来ることをすることした。
まずは"核"が必要だ。俺の今の気持ち、今の環境、今の状況を全てない交ぜにして、圧縮して凝縮して錬磨して研磨する。そうして出来上がった小さな小さな一つの集合体。それが"核"だ。それは指先くらいの大きさで、見る角度によって様々な色彩を見せてくれる。それは無尽蔵とも言える対立項を内包しつつ、全てを調和させ一つの統一体として存在する。それが"核"だ。
あとは自然の中心に添えた"核"を、少しずつ溶かしていく。難しい作業じゃない。"核"から零れ溢れ出た雫を紡ぎ合わせ、繋ぎ合わせていく。
気付けば鼻歌が漏れていた。
掠れた小さな鼻歌。蚊の鳴くようなハミングだったが、それは"誰か"の鼓膜を震わせたようだった。
「何をしているんだ?」
俺は言った。"ラヴ・ソング"だと。
「……ハッ」
一笑に付された。まぁいいさ、笑うがいい。俺がやっているのは酔狂の沙汰なのだから。
だが、酔い狂ってるのは俺だけじゃない。皆誰しも、この"核"の大部分のスペースを占める"絶望"に、酔い狂っていた。
俺は鼻歌を再開した。調律の狂ったおかしな鼻歌。それに合わせて欠片を組み上げていく行程は、まるで定められたジグソー・パズルを作っていくかのように順調に進めら
れた。先ほどの男が苛立たしげに、抱えた膝を指先でトントンと叩いていた。俺のおかしな鼻歌とは違うテンポの苛立ち。むしろ俺の鼻歌に苛立っている風が見て取れたが、あまり気にしなかった。
大体の"形"が出来上がったところで、辺りを見渡してみた。
空は灼け、地は割れ、重苦しい曇天は容赦なく陽光を寸断し、ほんの少し前まで街であったはずのその場所の荒廃ぶりは、そこに住まっていた人々の心を酷く抉った。聞こえる音といえば、爆発音と、家屋が倒壊する地響きのような音と、その間隙を埋める子どもの泣き声や誰かを呼ぶ叫び声。そんな中で小さく小さくいかれた鼻歌に興じている俺という人間は、やはり狂っているのだろう。
相も変わらぬ風景に零れかけた溜息のやり場に困った。世界は今、溜息と泣き声ばかりだ。そこからできた核からなぜ"ラヴ・ソング"が生まれたのか、理由は果たして想像もつかない。俺は決してラヴ・ソングを作ろうとしたのではなく、"核"を溶かしてみた結果、なぜかラヴ・ソングの形が出来上がったのだ。完成してみれば理由も分かるだろうかと思い、俺は三度、作業に戻った。
途切れ途切れの掠れた鼻歌が再開される。それと同時に、俺は胸倉を掴まれた。
開いていたのかも定かでない二つの眼で、俺の胸から生えた腕の正体を見る。やはり先ほどの男だった。どうやら本当に、俺の鼻歌が気に入らなかったらしい。俺の汚れたシャツを掴む腕の力は強かったが、その足取りはふらふらとおぼつかない。俺は殴られた。シャツは掴まれたままだ。二、三と続けて殴られた。衝撃で頭が吹っ飛びそうになる。ぼやける視線で男を見ると、俺を殴ったからか、それとも別の理由からか、大きく肩で息をしていた。俺も男も、言葉を発さなかった。男は俺を解放し、おぼつかない足取りのままでどこかへ歩いていった。
口の中が切れていて、鉄の味がした。
一息吐くと、俺は四度、鼻歌を再開した。
辺り一面に散らばっている絶望だとか、誰かが抱いている小さな希望。誰かの想いだとか、俺の想いだとか、さっきの男の想いだとか。誰かの諦念や誰かの不屈、誰かの不安や誰かの楽観、誰かの笑顔や誰かの涙。
世界を形作る全ての事柄の結晶として出来上がったラヴ・ソングを口ずさみながら、俺は悲しみを見た。
俺の小さな歌声は、俺の掠れた歌声は、真っ赤な空の真っ黒な雲に届くだろうか。
もう、大好きなギターを持つ腕は千切れてなくなってしまったけど。
果てない悲しみは生まれていくけれど。
そんな悲しみの間をすり抜けて、"ラヴ・ソング"が染みていく。
誰かの悲しみをそっと溶かして、誰かの心にそっと触れる。
悲しみの中に、そっとふっと差し込む。
届けばいいな──……、
"ラヴ・ソング"が聞こえる。
震災に遭われた方々への発信。
みんな、愛を求めて明日を見ている。
asuka.0