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――ざまぁ――

追放ですか、ならば覚悟はよろしいですか?~私をただの令嬢と思っていたら大間違いですわ~

掲載日:2026/04/30

※転載、翻訳禁止です。


 ジルロスト王国。

 この国の王と、その伴侶は神託と試練によって決定される。


 そして大神殿に、金色の光の柱が立ち神託が下ったのは、今から十七年前のことである。


「次の世代の王は、王妃から生まれる第一王女とせよ。王配となる者は女王と共に切磋琢磨し、お互いに尊重し支え合う心の持ち主でなければならない。ゆえに試練を与える。王女が生まれる年、各公爵家より同年に生まれる男児が三名いる。彼らを王子として育て、王女を公爵令嬢として育てよ。これは試練である。その三名の中より、王女が望む者を王配とせよ。そしてこの試練が終わるまでは、王女を除き真実を伏せること」


 神託が下った翌年、王妃は玉のような女児を産んだ。


 ジルロスト王国の第一王女、のちに公爵令嬢セルフィーネ・ルクレスとして世に知られることになる赤子は、秘密裏にルクレス公爵家に預けられた。

 国王夫妻は涙をこらえて娘の頬に口づけした。


 同じ年、ガッサネス公爵家では長男のイマンゼが産声を上げ、コルビス公爵家では次男のニーレンが生まれた。

 さらにビシルマン公爵家の三男のサクセルも生まれた。


 三人は仮初の王子として王家に迎えられ、三つ子として扱われることになった。


 三人の男児は魔法師によって王家の色、金髪と碧眼の姿に変えられた。

 本来イマンゼは、赤色の髪と琥珀色の瞳。

 ニーレンは藍色の髪と銀灰色の瞳。

 サクセルは蜂蜜色の髪と水色の瞳を持っている。


 貴族社会では、不思議な力で封印がかけられた。

 試練が続く間、この秘密を漏らそうとする者の口は自然と閉じてしまい、文字として書き記そうとする手は止まり、仄めかす視線さえも靄がかかったように相手に伝わらなくなった。

 神の御業とはかくも徹底しているものだと貴族たちは内心で舌を巻く。


 公爵家の実の親達は、我が子を「王子殿下」と呼ぶ義務を課された。

 息子とは、後ろ盾として支えることは許されたが、「お前は私の子だ」と言うことは封印によって叶わない。

 ガッサネス公爵とコルビス公爵、そしてビシルマン公爵は、それぞれの立場で奥歯を噛みしめながら、試練の日々を過ごした。


 そして試練が始まった。






 王立学園の春は、白い花の香りで満ちている。


 セルフィーネ・ルクレスが初めて、その王立学園に足を踏み入れた日。

 彼女はすでに学園内で知られた存在だった。

 ルクレス公爵令嬢は白緑色の髪に空色の瞳を持つ、端整な顔立ちの少女。

 魔法の成績は首席、剣術の腕前は上位に上がるほどだ。


 だがセルフィーネ本人は、少し飾り気がない。

 廊下を歩く足取りは軽く、困っている下級生には自然と手を差し伸べる。

 誰かの失敗を笑ったことは一度もない。

 それが余計に、彼女を際立たせた。


「今回の試験は首席だったわね、セルフィーネ様」


 声をかけてきたのは、レバネッセ侯爵令嬢のヴィオラだ。

 セルフィーネの数少ない友人の一人で、朗らかな少女だった。


「前期はニーレン殿下に負けたけど、今回はね」


 セルフィーネは言った。

 彼女が「殿下」と呼ぶのは三人いる。

 イマンゼ、ニーレン、サクセルだ。

 彼女は彼らの公式の婚約者候補でもある。

 そしてセルフィーネは、三人の正体を知っていた。

 彼らが公爵令息であり、自分が王女であることを。


 だが、それを口にすることは封印によってできない。

 神託の制約はセルフィーネ自身にも及んでいた。


「ニーレン殿下もあなたも、すごいじゃない。どちらも何でも、できてしまうんだもの」


 ヴィオラは目を輝かせながら言った。


「精進しているからよ」


 セルフィーネは苦笑いをしながら答えた。


 第二王子ニーレン・ジルロストは、三王子の中で最も均整の取れた才を持っていた。

 魔法も剣術も得意で、剣術と魔法を同時に使う技術は学園でも随一。

 冷静沈着で、物腰がやわらかい。


 セルフィーネと話すとき、気の許せる会話をする程には仲も良好だ。


 だが、セルフィーネによく絡んでくるものがいた。

 第一王子イマンゼ・ジルロストだった。


「セルフィーネ・ルクレス」


 中庭を歩いていたセルフィーネに、低い声が降ってきた。

 振り返ると、イマンゼが腰に手を当てて立っている。

 金髪碧眼の精悍な顔立ちに、いつものように不満げな顔を浮かべていた。


「剣術の実技、また私より上だったそうだな」

「そうでしたね」

「……令嬢が、王子を超えてどうするんだ」


 その言葉には棘があった。

 セルフィーネは静かに彼を見返す。


 イマンゼは、そこそこ優秀だ。

 剣術と魔法の腕前は学園でも真ん中より少し上である。

 だが彼はセルフィーネが自分を超えるたびに、その輝きが増すたびに、表情を曇らせた。

 忌々しいとでも言いたげな目で、セルフィーネを見る。


「精進していますので」


 とセルフィーネは微笑んだ。

 イマンゼは鼻を鳴らして背を向けた。


 その後ろ姿を見送りながら、セルフィーネは小さくため息をついた。

 彼が自分を嫌いなのは知っている。

 なぜ嫌いなのかも、おそらく分かっている。

 彼のプライドを傷つけるのだろう。


 だが、セルフィーネには手を抜く理由がない。

 回廊の角を曲がったところで、別の声に呼び止められた。


「ねえ、セルフィーネ様」


 ルビア・ゲルネス公爵令嬢だ。

 薔薇色の頬に甘い微笑みを浮かべた、愛らしい少女。

 王子たちの同じ婚約者候補の一人で、特にイマンゼに強く取り入っていた。


「なんでしょう」


 セルフィーネは足を止める。


「あなたってば、本当に空気が読めないわよね」


 ルビアは声を潜め、しかし瞳には隠しきれない敵意を滲ませた。


「イマンゼ殿下が不快に思われてるって、分からないの?」

「励むことは悪いと思いません」

「少しくらい手を抜いて、殿下に花を持たせればいいでしょう?」


 セルフィーネは少し間を置いてから言った。


「それでは相手の為にはなりません」


 ルビアが目を眇める。


「……強情ね」

「それでは」


 そう言いながら、セルフィーネは静かに頭を下げ、その場を後にした。

 背後でルビアが小さく舌打ちする音が聞こえたが、振り返らなかった。


 廊下の陰に、もう一人の令嬢がいた。

 王子達の同じ婚約者候補の一人で、ロマーネ・シェズルマ侯爵令嬢で、知性的な顔立ちの少女だ。

 彼女はセルフィーネが去るのを見届けてから、ルビアの傍に近づいた。


「セルフィーネ様は、相変わらず何をしても優秀よね」


 ロマーネは低い声で言った。


「でもこのままだと、あの方が王太子妃の有力候補のままだわ……」

「分かってるわ」


 ルビアは唇を引き結んだ。


「だから、なんとかしなければ」


 二人の視線は、廊下の先に消えたセルフィーネの後ろ姿を追っていた。






 図書館の裏手には、小さな中庭があった。

 大きな古木が一本あるだけの、ひっそりとした場所で、セルフィーネはよくそこで本を読んだ。


 ある夕暮れ、本に目を落としていたセルフィーネの傍に、誰かが静かに腰を下ろした。


「邪魔か?」


 ニーレン殿下だった。

 セルフィーネは顔を上げ、軽く首を振る。


「いえ、どうぞ」


 ニーレンは隣に座り、自分も本を開いた。

 しばらく二人は無言で本を読んだ。

 不思議と、その沈黙は居心地が良かった。


「第三一、魔法理論の論文を読んだか?」


 ニーレンが言った。


「先週発表されたものですね。読みました。境界魔法の新解釈、面白かったです」

「俺もそこが気になった。結界魔法に応用できるかもしれない」


 セルフィーネはそこで少し迷ってから、口を開いた。


「この国の結界魔法って、独特ですよね。一般の魔法使いには扱えない部分があります」


 ニーレンがわずかに目を細めた。


「論文の中に、今の結界魔法と組み合わせが、できそうな法則もありました」

「ああ」


 ニーレンは小さく頷いた。

 二人はしばらく、論文について語りあった。






 卒業パーティの夜は、水晶の灯りが王立学園の大広間を輝かせていた。


 正装した生徒達が杯を持ち、談笑し、笑い合う中、セルフィーネは隅に立ってその光景を眺めていた。


 国王と王妃は外交のため不在だった。

 三日後に帰国する予定だと、セルフィーネは知っていた。


 そして彼女は知っていた。

 本来の計画では、国王たちが帰国した後に私が宣言をし、真実が明かされるはずだったことを。


 イマンゼが広間の中央に歩み出たのは、パーティの中盤を過ぎた頃だった。


「皆の者、聞いてくれ!」


 その声に、広間がしんと静まり返る。

 イマンゼは堂々と、しかし目の奥に何か剣呑なものを宿したまま、広間に集まった貴族たちを見渡した。


「本日、第一王子の名において宣言する」


 セルフィーネは、何が起こるのかと怪訝な顔をした。


「セルフィーネ・ルクレス公爵令嬢を、王子の婚約者候補から外す」


 広間がざわめいた。

 セルフィーネは動かなかった。

 いったい、どういうことだろう。


「なぜなら」


 イマンゼは続けた。


「セルフィーネ・ルクレスは国家機密を隣国へ渡し、王家の情報を外部に漏らしたことが分かった。よって国家反逆罪として、本日より王都を追放する」


 広間が凍りついた。

 セルフィーネは静かに、しかしはっきりと言った。


「その罪状に覚えはありません。証拠を示してください、殿下」

「証拠はすでにある。国王陛下に、後ほど提出する。お前など王都にいる資格もない!」

「国王陛下は不在です。そのような権限は第一王子にはございません」

「黙れ!」


 イマンゼの怒声が広間に響いた。

 その瞬間、後ろから騎士達がセルフィーネに迫った。

 突然のことにセルフィーネは抵抗した。

 だが訓練を受けた騎士数人を相手に、いかに彼女でも力では押し切れない。


「セルフィーネ!」


 ニーレンが叫んだ。

 彼は人混みをかき分けてセルフィーネに近づこうとし、騎士を二人押しのけた。


「彼女に言いがかりをつけるな、イマンゼ。その証拠も疑わしい。勝手な追放など、許されない」

「ニーレン、お前は関係ない」

「関係あるに決まっている!」


 ニーレンの声は冷静さを失っていた。


「彼女が、そんなことをするはずがない!」

「この反逆者の肩を持つか」


 イマンゼは冷たく言った。


「ならば共犯と見なす」


 その言葉に、広間が再び凍りついた。

 サクセルがイマンゼの傍に歩み寄り、面白そうに笑う。


「ニーレンも一緒に行けばいいじゃないか。二人には、お似合いだよ」


 サクセルは普段からセルフィーネに対して友好的ではなかった。

 兄イマンゼに同調することが多く、今夜もその傾向は変わらなかった。


 騎士達はセルフィーネの両腕を取り、魔封じの首輪を嵌めた。

 冷たい金属の感触が首に触れた瞬間、セルフィーネの中に流れる魔力が急に重くなった。

 一般的な魔封じは、王族の力には完全には効かない。

 だが表面上は封じられたように見せる。

 セルフィーネはそれを悟りながら、顔には出さなかった。


 ニーレンの首にも、騎士が魔封じを施そうとした。

 ニーレンは抵抗したが複数の騎士に押さえつけられ、強引に首輪を嵌められた。


「連れて行け」


 イマンゼの命令一声で、騎士達はセルフィーネとニーレンを広間から引き出した。


 残された広間では、ルビアがイマンゼの傍へほっと息をつき、ロマーネが複雑な表情で立っていた。

 広間のあちこちで、貴族たちがひそひそと言葉を交わしていた。

 誰も止められなかった。

 権力の形をした威圧に、誰もが言葉を呑んだのだ。






 馬車は夜の街道を走り、魔の森の入口でセルフィーネとニーレンを下ろした。


 入口の結界を一時解除し、騎士達は二人を森の中に数歩押し込み再度、結界を発動した。

 そして二人を置いて踵を返した。

 二人は、中から出られなくなった。


 魔の森——ジルロスト王国の南東に広がる、凶悪な魔獣が棲む危険な森。

 強者でも踏み込めば命の保証はない。

 力ある者にとっても、危険な森なのである。


「……怪我はないか」


 ニーレンが静かに問うた。


「ええ……」


 セルフィーネは首の魔封じに触れ、一度目を閉じた。

 公にはされていないが王族の血には、特定の封印を解く力が宿っている。

 一般の魔法師が施した魔封じは、王族にとっては簡単に解除できる。

 セルフィーネはゆっくりと魔力を練り、首輪に流し込んだ。

 小さな音を立てて、首輪が二つに割れて地面に落ちた。

 ニーレンが目を見張った。


「……セルフィーネ」

「あなたの首輪も外せます。少しお待ちになって下さい」


 セルフィーネはニーレンの首輪にも触れ、同じように魔力を流した。

 首輪が外れ、ニーレンは静かにそれを見つめた。


「なぜ、魔封じを解くことができるんだ?」


 セルフィーネは彼の目を真っ直ぐに見た。

 封印が彼女の言葉を縛った。


「今は言えません」


 セルフィーネは静かに言った。


「時がきたら……」

「……わかった」


 ニーレンは言った。


「お前にも事情があるんだろう」


 セルフィーネは、ほっと息を吐いた。

 そして胸元から、細い鎖に繋がれた小さな水晶を取り出した。


「ある特定の相手にだけ繋がる、通信石よ」

「……それは王家の通信石ではないか?」


 セルフィーネは答えなかった。

 しかし否定もしなかった。

 水晶を両手で包むように持つと、淡い光が灯った。

 しばらく待つと、向こうから声が聞こえた。


「セルフィーネか。何かあったのか?」


 低い、しかし温かみのある男の声。

 セルフィーネは目を閉じ、一瞬だけ何かを噛みしめるような表情をした。

 ニーレンは、その声の主に驚きを隠せなかった。


「はい、緊急事態です。ニーレン殿下も一緒にいます。……全てをお話しします」






 必要なことを伝え、通信石の光が消えると、セルフィーネはニーレンに向き直った。


「三日、ここで生き延びる必要があります」

「凶悪な魔獣がいるこの森にか……」

「ええ」


 セルフィーネは困った顔をしながら、少し微笑んだ。


「方法があります。私一人では厳しかったかもしれませんが……あなたがいてくれれば、心強いです」


 ニーレンは少し間を置いてから言った。


「セルフィーネを信じるよ」


 魔の森は、確かに危険だった。

 夜が更けるにつれ、遠くで魔獣の鳴き声が響き、枯れ枝を踏む音が闇の中から聞こえた。

 しかしセルフィーネは王族特有の結界を張ることができた。

 薄く、外から見えないように、しかし確かに二人を守る膜を展開した。


「これは……」


 ニーレンが結界の表面に触れ、驚いたように目を細めた。

 その後二人は、魔の森で野宿をすることになった。


「眠れますか?」


 セルフィーネは話を変えた。

 ニーレンはしばらく黙って、それから小さく笑った。

 珍しい笑い方だった。


「眠れない。お前は?」

「私も眠れません」


 二人は焚き火の傍に並んで横になっていた。

 木の枝が爆ぜる音が、森の静寂の中に小さく響いた。


「イマンゼはなぜ、あそこまでお前に敵対心をもつんだろうな」


 ニーレンが言った。


「そうですね……」


 セルフィーネは少し考えた。


「ご自身のプライドが、私の存在を許せないのではないでしょうか」

「それで、あのような行いをするのか」

「複雑ですね。イマンゼ殿下は、よく私情を持ち出してしまいます。それが行動に出ることは、今までにもありましたから。今回は、さすがに行き過ぎた行動です」


 ニーレンは火を見つめながら、少し言いにくそうに口を開いた。


「まさか、この森に置き去りにするとはな。これでは、死ねと言っているようなものだろう」

「とにかく三日は、この結界を維持しつづけます」

「魔力はもつのか?」

「そのことなのですが、この結界を維持するために、ニーレン殿下の魔力も分けて頂きたいのです。この魔道具に殿下の魔力を込めて頂ければ、その魔力を使うことができます」


 ニーレンはセルフィーネを見た。


「わかった。協力し合おう」






 三日後、国王エルドリッヒが王都に帰還した。


 城の空気が一変した。

 国王は扉を開けた瞬間から事の次第を把握していた。

 セルフィーネからの通信で全てを聞いていたからだ。

 その表情は硬く、目の奥には冷たい光があった。


「イマンゼを呼べ。サクセルも。そして公爵家十二家の当主と、婚約者候補として名を連ねた令嬢の家族も全員呼べ」


 伝令が飛んだ。 


 その一週間後——国王の謁見の間には、普段まず全員が集まることのない顔ぶれが、集まることになった。


 国王のいる謁見の間に、白いマントを羽織ったセルフィーネが入ってきた時、場の空気が静まり返った。


 彼女は背筋を伸ばし、静かな目で広間の全員を見渡した。

 隣にはニーレンがいた。


 国王エルドリッヒが玉座に座り、王妃エレナがその傍らに立っていた。

 エレナはセルフィーネに目を向け、優しく微笑んでいた。


「セルフィーネ」


 と国王が言った。


「よく無事でいた」

「はい」


 イマンゼが広間の前方に立っていた。

 その顔には、まだ何かを訴えるような色があった。


「陛下、セルフィーネ・ルクレスの国家反逆罪について——」

「黙れ」


 国王の一言は短く、しかし広間全体を震わせるような重さがあった。

 イマンゼが口を閉じた。


 国王はセルフィーネに目線をうつした。


「セルフィーネ、今ここで宣言を」

「はい……私セルフィーネ・ルクレス改め、次期女王セルフィーネ・ジルロストは、王配をニーレン・ジルロスト改め、ニーレン・コルビスとする!」


 セルフィーネは高々と宣言をした。


 十七年間、貴族達を縛ってきた神託の封印が、ゆっくりと溶けていくのが感じられた。


「ふむ、封印は解かれたな。では全ての真実を、この場の者に示す」


 国王が指を一つ鳴らすと、広間に白い光が満ちた。

 そして光の中で、セルフィーネを包む魔法が解けた。


 金の髪が輝き、碧眼の瞳が深みを増した。

 しかしそれよりも、彼女の纏う気配が変わった。

 公爵令嬢の柔らかな雰囲気ではなく、高貴な気高さが彼女から滲み出た。


 三人の王子達を包んでいた金髪碧眼の魔法も解けた。

 イマンゼの髪が赤色へと変わり、琥珀色の瞳が現れた。

 サクセルも蜂蜜色の髪と水色の瞳に変わった。

 そしてニーレンは藍色の髪と変わり、銀灰色の瞳が露わになった。


 広間がどよめいた。


「皆に告げる」


 国王は立ち上がった。


「これより十七年前、神託が下った。セルフィーネは私と王妃の子、ジルロスト王国第一王女にして次期女王である」


 イマンゼとサクセルの顔から血の気が引いた。


「イマンゼはガッサネス公爵家の令息。サクセルはビシルマン公爵家の令息。ニーレンはコルビス公爵家の令息。三名は神託に基づき王子として育てられた。これは試練であり、女王が自らの王配を選ぶための仕組みである。令息たちにはその事実が試練の終わりまで伏せられていた」


 広間はしんとした。

 誰も動かない。

 誰も声を上げない。


 公爵たちが深く頭を下げた。

 ことの重大なことをした息子の公爵達も、その目には長い年月の苦労と息子への複雑な感情が滲んでいた。


「セルフィーネ」


 国王が娘を見た。


「試練を経て、お前の意志を示す時だ」


 セルフィーネは一度深呼吸をした。

 そして振り返り、ニーレンを見た。


 ニーレンは動じる様子もなく、静かにセルフィーネを見返していた。

 自分が公爵令息だったという事実を今知ったばかりのはずなのに、その銀灰色の瞳は揺れていなかった。


 セルフィーネは一歩、ニーレンに近づいた。


「ニーレン・コルビス」

「……はい」

「私と並び立ってくれますか」


 ニーレンは少し間を置いた。

 そして、広間の全員の前で静かに頷いた。


「あなたに求めて頂けるなら」






 広間の空気が変わった。

 喜びの声をあげる者、涙をこらえる者、状況を飲み込もうとしている者と様々だ。

 複数の反応が重なって、広間はしばらく混乱の渦の中にあった。


 そのざわめきが落ち着いた頃、国王が再び口を開いた。


「イマンゼ・ガッサネス」


 イマンゼはうつむいていた。

 顔を上げた時、その目には混乱と何か打ちひしがれたような色があった。


「お前は権限のない追放宣言を行い、王位継承者に危害を加えた。これは重大な罪である」

「……俺は、知らなかった」


 イマンゼの声は低かった。


「彼女が王女だとは……」


 国王は言った。


「知らなかった以前の問題だ。根拠のない証拠で罪状を着せ、魔封じを施して危険な森へ追放した行為は、明らかな不当行為だ」


 イマンゼは何も言わなかった。

 セルフィーネが国王の傍に進み出た。


「国王陛下、私から一つお願いがあります」

「なんだ」

「イマンゼ・ガッサネスについては、今回の件で貴族籍剥奪は免れないでしょう。ですが、彼は十七年間、自分の出自も知らず、生家とは家族として過ごした時間がありません。ですので、処罰は彼ら生家の領内管轄の場所での送致でお願いしたいのです」


 広間がしんとした。

 イマンゼが顔を上げた。

 その目に、初めてセルフィーネへの見方の変化が浮かんでいた。


「サクセル・ビシルマンについても同様です」


 サクセルが顔を下へ向け、顔を青くしたまま項垂れた。

 国王はしばらく娘を見た。

 それから短く言った。


「いいだろう、貴族籍剥奪の上で、そのようにしよう」

「さて、イマンゼとサクセルだけではない。根拠のない証拠とやらを揃えたのは、ルビア・ゲルネスとロマーネ・シェズルマだな。その証拠も作られたものだと判明している」


 ルビア公爵令嬢は青ざめた顔で立っていた。

 彼女の父親が彼女の腕を掴み、慌てて国王に謝罪の言葉を述べた。

 ロマーネ・シェズルマ侯爵令嬢は複雑な表情で視線を落としていた。


「本来であれば、二人は王配にならなかった公爵家に戻った令息の正式な婚約者となるはずだった。しかし、このような事態を招いた。ゆえに二人は、貴族籍剥奪とする。貴族籍剥奪後は、各家の判断に委ねる」


 ルビアは膝をつき、顔を覆いながら泣き崩れた。


 ロマーネが顔を上げた。

 その目には、恐怖と諦めが混じっていた。






 王都の春は、いつも白い花の香りから始まる。


 王立学園の中庭で、セルフィーネは古木の根元に腰を下ろしていた。

 昨年とよく似た、夕暮れの光景。

 だがその隣に座る人物は、金髪ではなく藍色の髪をしていた。


「慣れたか?」


 ニーレンが言った。


「何に?」

「王太女と呼ばれることに」

「……まだ少し」


 セルフィーネは苦く笑った。


「十七年間、公爵令嬢として生きてきたもの」


 王都では現在、王太女としてセルフィーネの公務が続いている。

 ニーレンとの婚約が正式に発表された。


「ニーレンは」


 とセルフィーネが言った。


「自分の出自を知って、どう感じた?」


 ニーレンはしばらく考えた。


「正直に言えば、最初は混乱した。十七年間が一瞬で意味を変えるような感覚があった」

「それは当然よね」

「だが」


 と彼は続けた。


「父上——コルビス公爵は、俺に謝った。王子として育てられる上で、真実を言えなかったことを。その目が、俺の知っている親の目だった。それで十分だと思った」


 セルフィーネは頷いた。


「私は十七年間、両親に公には会えなかった。会いたかったし、寂しかった。でも、ルクレス公爵夫妻は私を本当の子のように大切にしてくれた。だから私には、二組の親がいると思うことにした」

「そうか」


 ニーレンが微笑みながら言った。


「どちらも、私にとって大切な両親よ」


 セルフィーネは笑った。

 風が吹いて、古木の葉が揺れた。

 白い花びらがどこかから飛んできて、二人の間を通り抜けた。


「ニーレン」


 とセルフィーネが言った。


「ああ」


 セルフィーネはニーレンの手を握った。


「これまで通り女王になっても、あなたは私に遠慮しないでほしいわ」


 ニーレンは少し驚いたように彼女を見た。


「……善処するよ」


 少し頬を赤くしながらニーレンは答えた。


「ふふっ」


 セルフィーネはニーレンとしばらく見つめながら、思いを語りあう。


 切磋琢磨し、支え合う存在——神託はそう告げた。

 十七年前に金色の光の柱が立った時から、この答えは定まっていたのかもしれなかった。


「ずっと一緒にいてね」


 セルフィーネは静かに言った。


「もちろん」


 ニーレンは短く頷いた。


 古木が夕風に揺れる中、二人はしばらくそのまま並んでいた。

 試練は終わり、本当の物語が始まろうとしていた。

 碧眼と銀灰色の目が、同じ空を見上げた。






誤字報告ありがとうございます。助かります。

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― 新着の感想 ―
題名と作中の公爵令嬢(仮)の印象に差違があるような気がします。
うーん、なんでこんなややこしいことしたんだろう。神のみぞ知るってことかな。
お話は面白かったと思います。 ただ、公爵令嬢とされている者と庇っただけの王子とされている者を、実質的な死罪として殺そうとしているのに、なぜ重臣や貴族、騎士たちは止めるでもなく国王に連絡するでもなくまし…
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