六話〜初めての指導〜
(さて……)
互いに指定の位置に着いて合図を待つ中、勇は自身にレベルダウンの魔法を付与した。名前だけ見れば優秀な魔法に思えるが、レベルダウンは自分への付与しかできず、訓練目的での使用くらいにしか使い道のない魔法だ。
勇が自身に魔法付与しているのを見て指導官がチラと視線を向けた。
「自分の能力を下げる魔法ですよ。そのままだと訓練にならないので……蒲池と同じ程度にまで能力を抑えました」
「どんな魔法だそりゃ……」
聞いた指導官が呟く。その呟きに全員が同意した。
相手の能力を一部下げる魔法はあれど、わざわざ自分の能力を下げる魔法など存在価値も無い。存在したとて覚える事すら無駄であり、勇がよほど奇特な人間なのだろうと納得するしかなかった。
「まぁ良い。それじゃあ……開始!」
合図と同時に、蒲池が超高速で一気に駆け、武器の間合いまで距離を詰めた。これは万智が決めた作戦ではない。蒲池に万智の作戦は足枷になるだろうということで、蒲池には自由にやらせるという事となっていた。
蒲池は一切手加減せずに、大剣を容赦なく勇に叩きつける。
その大剣は、勇が身を守る為に攻撃に合わせて前に構えた剣によって、不自然な程に大きく弾かれてしまった。蒲池は強烈な衝撃によって思いきり仰け反ってしまう。
(何、何をされた!? 違う! 体勢を整)
「炎よ! 弾丸となって敵を貫け!」
狙っていたかのようなタイミングで、松笠の魔法が勇に向かっていく。それを勇は難無く切り払う。
体勢が崩された蒲池の背後から左右に、鹿丸と原井が現れて一気に追撃した。
勇は鹿丸の剣を払い除けて原井の棍棒にぶつけて受け止めると、鹿丸は更に短剣で勇の喉を狙った。それを勇は大袈裟な動作で避けると、鹿丸は驚愕した。
(不可視の魔剣を範囲ギリギリで避けたぞ!?)
鹿丸は短剣で攻撃する瞬間に、短剣の先に剣の範囲を伸ばす魔法を使っていた。これは目視不可で、傍目には普通の短剣での攻撃にしか見えないもの。それを勇は見切って避けきっていたのだ。
だが勇は大きく仰け反る体勢になってしまっている。
そこへ、蒲池の上を飛び越えた鈴が、魔法で加速した飛び蹴りを放った。
常人なら回避不能の一撃だろう……が、勇は崩れた体勢のまま鈴の足裏を掴んで地面に叩きつけ、その衝撃でバク転して着地する。
着地した瞬間、勇の目前に蒲池の大剣が迫った。
その大剣はまたも、勇が防御に使った剣によって吹っ飛ばされてしまう。蒲池の攻撃を弾いた瞬間を狙った原井が棍棒を横薙ぎに振ってきたが、勇はそれを思いきり蹴り上げた。その棍棒は原井の手から離れ、原井の顔に激突して原井ごと吹っ飛んでいった。
飛んできた原井を潜って避けた鹿丸は、両手の剣で一気に切りかかり⸺その攻撃に合わせて、勇の意識外にいた万智が、その背を逆袈裟斬りの形で斬りかかり、前後からの挟撃を仕掛ける。
更に、地面に叩きつけられて鼻血を出していた鈴が、最後の力を振り絞って勇の右足を両手で掴んで握り締めた。
ほぼ同時に松笠の炎の弾が二発、勇に向かって放たれる。
ほとんど回避不能、常人ならずとも詰みの連携技だった。
勇は、鈴を引きずったまま、炎弾を一発だけ斬って前方の鹿丸に突っ込んだ。万智の剣は空を斬り、炎弾の一発が万智に向かい万智は防御せざるを得なくなる。
そして勇は鹿丸の攻撃が当たる瞬間に剣で身を守り⸺蒲池の時と同様に衝撃が鹿丸を襲い、鹿丸は回転しながら地面を転がっていった。
吹っ飛んでいく鹿丸を見て、鈴も意識を手放し勇の足を離した。
そこへ、三度目の正直と言わんばかりに、蒲池が大剣を振り下ろした。勇は同じく剣で防御しようとして……。
蒲池は、その剣に触れる寸前に大剣を止めた。そのまま思い切り突進をブチかます。
突然の突進に対して、勇は抵抗せずに蒲池の身体を受け止めた。
「及第点だ。可能なら攻撃を止めた瞬間に、瞬速で俺の腹を斬るようにできれば合格だな」
「っは……ぁ……ふざけるな……今の俺にそこまでは出来ん……」
「そのうち出来るようになるさ」
息も絶え絶えの蒲池に、勇は肩をポンポンと叩いて労った。
体当たりで地面に倒してそのままマウントを取るつもりであったのに、勇の身体がビクともしない事に蒲池は薄ら寒いものを感じていた。
(金剛級冒険者の関係者? あり得ない。何人かの金剛級冒険者を見てきたが、こいつはそんなもんじゃない。こいつは、バケモノだ。あの人達が束になっても勝てない……そんな気がする)
蒲池はハーッ……と深く息を吐いて床に座り込む。
そして勇は全員を集めて、全体回復魔法をかけた。
「さて、まずはお疲れ様。正直、驚かされた。即興のパーティで、素人が混ざれば大体は何も出来ずに壊滅するものだが、ここまで動ければ大したものだ」
「あの……その前に一つ……僕達の怪我が治ってるんだけど、これは……?」
「ん? あぁ、キュア・オール……全体回復魔法を使ったんだが、身体に不調でもあったか?」
「あ、いえ……」
妙な様子の万智に首を傾げたが、それで引っ込んだ為、勇は話を続けた。
「さて、一人ずつ評価点を付けていく。厳しくするが、全員及第点の動きは出来ていた事は前提にしてくれ。最高が100点だ」
と言って、まず鹿丸に視線を向けた。
「鹿丸、85点。戦い慣れた良い動きだった。その時その時に連携している仲間の動きに完璧に合わせられていた。動きの鈍い原井に合わせられていたのも良い。良い装備は良い使い手がいてこそだ。あの不可視の剣も良い一撃だった。初めて見たが、普通なら不可避の一撃だっただろう。原井との連携が崩された後に即座に二の矢を放てたのも良かったな、失敗までを想定しているのも良い。マイナス点としては、不可避の一撃で喉を狙った事だな。あそこまでは連携を取る事を優先していたのに、あの瞬間だけ自分で決める事にシフトしてしまったのは、早計だったな。まだ後ろに鈴も控えていたし、万智もいた。連携を取るために俺の動きを制限するべきだ」
「……ありがとうございます。参考にします」
鹿丸は頭を下げて礼を言う。本音を言うと、初見の勇に見切られた事にやや絶望感があったが、鹿丸は勇を規格外と判断して忘れる事にした。
「原井、40点。初連携としては悪くなかったが、仕方ないが動きが鈍い。原井次第では鹿丸も更に深く鋭く動けただろう。蒲池のフォローをしたのも悪くないが、アレも自分で勝敗を決めようとする一撃だったな、減点対象だ。武器を蹴り上げられて手放したのも駄目だな。手放さなかった蒲池と鹿丸は経験者だからだろうが、武器持ちは特に気を付けないといけない所だ」
「……ウス」
仏頂面だったが、強い相手には従えというヤンキー気質な原井は、素直に頭を下げた。
「鈴、20点。イメージとして、左右と上から攻めるという気持ちは分かるが、空中制動が出来ないのに空から攻めるのは自殺行為だ」
「あ、すまない、それは僕の指示だ。鈴さんには、派手な動きの陽動と足止めをしてほしいとお願いしていた」
万智が手を上げて鈴のフォローをする。
それに勇は頷きで返した。
「そうか。そういう意味では、40点は付けてもいいな。間違いなくアレで少しでも万智を認識出来なくはされていた。今後空中で自由に動けるような、エア・トリックかエア・ステップを覚えると良い。それと、意識が朦朧としながらも最後まで諦めずに拘束しようとしたのは良かった。だが手だけで自由を封じようとしたのは減点だな。気絶しても多少の拘束効果を与える為に、身体全体……せめて腕を使って拘束するべきだった」
「うー……気を付けます……! ありがとうございます……!」
鈴は素直に助言を聞き入れて反省した。正直、エア・トリックとエア・ステップが何かは分かっていなかったが、(今度真成君に教えてもらお!)と深く考えずに前向きだった。
表情から考えている事が丸分かりの鈴に、勇は小さく微笑む。
「松笠、15点。魔法の援護は良いが、魔法士はその場に留まって適切なタイミングで魔法を使えば良いというものじゃない。仲間の立ち位置などを確認しながら、自分が危うくならない程度の範囲で動き、常に敵を牽制出来るようにしてなくてはならない。まして、今回は俺一人を相手にしたもので、安全な範囲はかなり広かっただろうが、最初の位置取りを決めてそこから支援するだけでは、ただの固定砲台と変わらない。最初に言ったが今回は厳しい採点をしている、これから立ち回りを覚えていくと良い。魔法の練度と精度は悪くなかったから、魔法の種類と立ち回りは少しずつ勉強していこう」
「はい」
松笠は聞いているのかいないのかよく分からない雰囲気だったが、そのプライドを強く刺激されていた。
いつか勇を見返してやる、と顔には出さずに内心決意する松笠だった。
「万智、60点。万智は逆に大人しすぎたな。鈴に陽動させて気配を消し、ここぞという時に出たかったんだろうが、鈴は大胆な陽動として使うのではなく、細かく動かして意識を散らす役割の方が良かったな。それなら万智も適度に手を出して俺の意識を分散させられて、鹿丸と蒲池が動きやすくなっただろう。メインアタッカーが鹿丸と蒲池だったのに、蒲池に自由にやらせた結果戦闘には殆ど参加させられず、鹿丸は全体のサポーターとして使ったせいで良さを活かせず、それに焦った鹿丸が単独で決めに行こうとする原因にもなってしまった。作戦自体は短期決戦という意味で悪いものでは無かったが、全体の力量不足を加味できていなかったな。最後の瞬間、決めるポイントの見極めは良かったから、一回のチャンスに賭けるんじゃなくて、戦闘中に決定打になるポイントを何度も作れるようにした方が良い」
「……二度目のチャンスが貰えない事を前提に決めたんだけど、仇になったね。勉強になったよ、ありがとう」
万智が素直に礼を言う。
そして勇は蒲池を見た。
「採点はいるか?」
「いらん。0点だ、分かってる」
「残念、10点だ。最後に攻め方を変えたのは評価してるよ」
「アレは……なんだったんだ? 全く力を入れているようには見えなかったのに、俺の剣を軽々と弾き飛ばすなんて、意味がわからん」
「そのうち教えるさ」
イケメンのすまし顔にムカついた蒲池は小さく舌打ちする。
勇は指導官に視線を向け、一礼した。
「んんっ! 真成の言った事はあくまで「今回は」という前提がつく。戦う相手、仲間の能力、戦場、戦況……様々な要因で、正解は変動するものだ。今回の正解が、次回の不正解にもなるのが冒険者の常である事を理解し、反省はしてもそれに囚われるな。以上、本日の戦闘訓練は終了だ!」
「「「ありがとうございました!」」」
解散を告げられ、生徒達はそれぞれ訓練について話し合いながら教室に戻っていく。
何人か、勇に声をかけようとする者もいたが、大柄な男がいち早く勇の肩に腕を回した。
「大した教官っぷりだったな。お前教師の方が向いてるんじゃねぇの?」
「鬼島……さん。俺はまだまだ未熟な青二才ですよ」
「お前みたいな青二才がどこにいんだよふざけんな。それにしてもさっきの、蒲池の攻撃をふっ飛ばしまくってたのって、ありゃどういう魔法なんだ?」
「魔法は使ってませんよ。あれは」
「攻撃が当たる瞬間に、剣に強大な魔力を一瞬だけ流して、衝撃を相手に反射させていた……って所だと睨んでいるが、どうだ?」
突然、女の声が割り込んできた。
鬼島は「げっ……」と声の主に心当たりがあるような反応をし、二人は声の方へと目を向ける。
「紅葉……」
「人の顔見て「げっ」は無いだろ。ブチのめすよ?」
「なんの用だよ」
「アンタに用は無いさ。分かってんだろ?」
紅葉は勇を見て笑いかける。
勇はまたもや嫌な予感を覚えた。
「よう、勇。ちょっと付き合えよ」
「ええ、まぁ、構いませんけど」
「うっし。じゃあいっちょ、殺り合うか!」
「……はい」
「はいじゃねぇよ!? 疑問も持たずに納得すんな!?」
一瞬顔をしかめてすぐに首肯する勇に、ビシッ! とツッコミを入れる鬼島。
それに対して勇は諦めたような表情で言った。
「鬼島さん。こういう人の誘いを断っても、絶対に面倒にしかならないんです。悪意がない分、こちらにも打つ手がないのであれば、要求を呑むしか選択肢がありません」
「お前の前世で何があったんだよ……」
「アッハッハ! 良くわかってるじゃねぇか! 許可は取ってあるから、存分に楽しもうじゃねぇか、なぁ?」
鬼島に比べれば細身に見えるが、ギッシリと筋肉の詰まった左腕を勇の首に回し、満面の笑みで指導官に近付いて「んっ!」と右手の親指を上げる紅葉。
指導官は……否、指導官も、もはや何も言う事は無いとばかりに、機器を操作するのだった。
レクイエム楽しかったな




