二話〜初訓練〜
新入生が空間内に入り、その人に合ったモンスターとの戦闘訓練。
ある者は戸惑っている間にオークに吹き飛ばされ、ある者はホワイトウルフ3体に囲まれて喰い殺され、ある者は10体のゴブリンに囲まれて何とか突破して空間外に退避した。
一人、一人とモンスターからの洗礼を受けた生徒達は、初戦敗北に意気消沈し、人によっては擬似的にではあるが死亡したことの恐怖で身体を震えさせていた。
やがて、勇の出番を告げる通知が鳴り響き、勇は前に出る。
並べられた武器は全て鉄製で、長剣、短剣、大剣、槍、弓、杖、棍棒、金槌とオーソドックスな物で、剣と短剣のみ両手に持つことを想定してか二つ置かれている。
勇は迷わず長剣を取った。ルクス時代、長剣以外の武器を使った事は一度も無い。
そしてスルッと空間内に侵入し……二十秒ほど待ったところで、目の前に突然超巨体が姿を現した。黒い鱗で全身を覆い、四階建ての家と同程度の巨体、紅い眼、巨体を覆い尽くすほどの翼と極太の長い尻尾。勇にもルクスにも、そのモンスターに見覚えはないが、少なくともドラゴン種である事は明らかな威容だった。その一匹だけで空間の半分はそのドラゴンで埋められてしまっている。
(……見合ったモンスターが出ると言う事だったが、今の俺じゃやや足りない相手な気もするな。この剣じゃあ流石に傷一つつける事もできないだろう……俺の剣があればいいんだが)
ルクス時代に使用していた神造の聖剣があればと思いいつ、勇は無意識に左のポケットに手を入れ……何かに手が触れた。取り出してみると、それはルクス時代に使っていた収納袋だった。
収納袋。ルクスの世界で、物の運搬に革命的な改革をもたらした、人類史上最高のアイテムだった。物を無限に入れる事ができ、中には時間固定化の魔法がかけられているため物が腐る事もなく、普段は丸めてポケットに入れたりもしておけるので、全ての人間の必須アイテムとなっていた。袋の入れ口から入れられない物は入らないのと、生物を入れる事は出来ないが、そんな事は非常に些細な事と言える。
そして、この収納袋は常に所有者と共にあるように出来ており、今回のように身に着けた服に自動的に装備される優れもので、無くす心配も無い。
(異世界にまで着いて来るとは思わなかったな。中には前生の俺の物が全部入ってるのか? 流石に、中から武器を取り出す訳にはいかないか)
収納袋をポケットにしまい、鉄の剣を構える。
勇をジッと観察していたドラゴンは、突然、口から火炎弾を吐き出した。なんの予備動作も無い攻撃に、咄嗟に火炎弾を切り払おうとした勇だったが、武器がただの鉄でしかない事を思い出して無理やり跳び上がって避ける。
ドラゴンは宙に浮いている勇にすぐさま次の火炎弾を吐いた。普通ならばどうあがいても避ける事が出来ない、必中の一撃。
勇は逆さまの体勢から、足元に魔力の塊を作り、それを足場に踏んで地上に着地する。
それを追うように三度目の火炎弾が撃ち込まれ、流石に勇も驚愕した。
(おいおい……即死級の攻撃を予備動作無しで高速連射してくるなんて、こんな鉄の玩具でやり合っていい相手じゃないだろ。制限解除すれば相手じゃないが……)
勇は一瞬だけ鉄の剣に魔力を全開で通し、それで火炎弾を切り裂いて中央突破を試みた。ドラゴンは火炎弾が当たったと認識したのか次弾を撃って来ず、ドラゴンの顔を顎から切り上げる。
ガキィン!
想定通り、比較的装甲の薄そうな顔であっても、鉄の剣は殴りつける事くらいしか出来ない。
ドラゴンの顔を踏みつけてそのまま地面に着地するが、その着地に合わせて巨大な尻尾を鞭のように叩きつけてきた。
再度剣に魔力を通し、ジャストタイミングのガードで尻尾を弾き返す。
(回避とジャストガードを駆使すれば早々にやられる事はないが、どっちも魔力を消費する。攻撃を通す術が無い俺に勝ち目は無いな。……あぁ、そういう事か)
この訓練の真意を理解した勇は、即座に距離を取って空間から離脱した。勇が外に出た瞬間に空間内にいたドラゴンは消滅する。
勇は一息つき、剣を元の場所に戻してその場を離れる。
訓練場内は、しん……と静まり返っていた。聞こえるのは、隣の組の新入生がゴブリンに蹂躙されている音だけだ。
勇の次の生徒を呼ぶ通知音が聞こえ、ようやく見学席の方が騒がしくなった。
他の生徒達から少し距離を取って、床に座る勇。そこに二人の影が近付いた。
「なぁ、お前なにもんだ? 今のを見せておいて、ただの新入生なんて言わねぇよな?」
先程の茶化した雰囲気の一切無い鬼島がそう声をかける。
その横にいるクロエも、勇の事を警戒していた。
(なんだよ、お前らがやらせたんだろ)
「ん? なんだ? 言いたい事があるならはっきり言えよ」
「やれと言われた事をやっただけですが。俺はただの新入生です」
「今お前が戦ったのはな、ナイトメア・タイラント・ドラゴンってモンスターだ。今のドラゴンはな、金剛級だの黄金級の連中がお遊びで作らせた、討伐困難モンスターなんだよ。現実に存在しない空想モンスターで、疑似モンスターの中では最強の存在、しっちゃかめっちゃかに強く作られてんの。そんなモンスター相手に、なんのエンチャントもしてないただの鉄の剣であんな大立ち回りをしておいて、普通の新入生? ナメんのも大概にしろよ」
「申し訳ありませんが、俺にはそう、としか言えませんよ。嘘はついてませんので。必要があれば、魔法の宣言書も受け入れます」
魔法の宣言書。特別な魔法で作られた魔法紙で、そこに書いた事に嘘があれば、記入者が一日は起きられない麻痺魔法を受けるという物である。これが作られて以降、犯罪が激減し、取引の場でも確実な信用を証明出来る物として重宝されている。とはいえ、本人がその時本当だと思っている事には反応しないという抜け道もあるのだが……。
それは当然鬼島も理解している。鬼島にも、洗脳された者が書いた事を信じて痛い目にあった過去もあった。
悩む鬼島の横から、クロエが口を出す。
「……ちょっと良いかしら。貴方がただの新入生だと言うなら、今のはどういうこと? 申し訳ないけど、今まで何もして来なかった人に、いきなり今みたいな戦闘が出来るとは思えないんだけど」
「それは話す必要ありますか?」
「は? それはそうよ。ここは冒険者学校、怪しい人間がいるなら、私達は調査をする義務があるわ」
(面倒だな……別に話しても良いんだろうけど……)
「やっぱり話せないようなことなの?」
勇は周囲に意識を向ける。周囲の生徒達が勇たちの会話をこっそり聞き耳しているこの状況で、だらだらと話したくはなかった。
「……帰宅後、冒険者ネットで文書にして提出します。それを見て後日質問があれば改めてお願いします」
「ふむ……私は、いや、私達は君がどこぞの国のスパイではないかと疑っている。このまま家に返してそのまま逃亡される危険を犯せ、と?」
「本当に? 仮に俺がどこかのスパイだったとして、この学校の情報を仕入れていたなら、こんな状況にはなってないと思いませんか?」
「それは……」
「逃げも隠れもしませんよ。その理由が無いので。すいませんが、こんな大衆の面前で話す気は無いです」
「分かった。とはいえ、監視が付くことは覚悟してくれ」
クロエが何かを言う前に、黙っていた鬼島がそう言って背を向ける。何か言いたそうにしていたクロエも、鬼島の後に続く。
(初日から目をつけられるなんてな。いや、ゴブリンだのオークだのとやり合ってる横でドラゴンと戦えば当然の事ではあるが……。俺、昔からこうだよな。わざわざ目立ちたくもないのに、どんどん厄介事に絡まれて……気が付いたら世界を救ってた)
小さいため息は、誰にも聞こえる事は無かった。
*
(厄介だ。目立つべきじゃなかった。いや、あの中に入った時点で目立つ事は確定してたんだ。あぁ面倒くさい)
あの後、初訓練を終えて教室に戻り、今日の予定は終了して帰宅しようとした勇に、物凄い数の"お声掛け"があった。
ギルドへの勧誘、企業への所属、仕事の依頼……。
(アイドル事務所からの勧誘なんて、冗談じゃない)
全てに丁重に断りを入れて、ようやく帰宅出来ると思った時には既に日も暮れてきていた。
この後には自分の事についてを鬼島達に説明する必要もあり、勇は深い深いため息を吐いた。
そしてようやく帰宅した勇は、驚愕した。
「おう、遅かったな!」
「お邪魔しているわ、マナリくん」
「……鬼島さん、クロエさん」
鬼島とクロエが真成宅の居間で寛いでいたのだった。




