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41 最終話

 決闘から一ヶ月が経ち、一年間の留学期間を終え、カエリウスが帰国する日がきた。見送りにはアレクシスやクラリッサだけでなく、教皇や宰相といった重鎮たちも顔を揃えていた。

「わお、錚々たるメンバーだね。ありがたいことだ」

 カエリウスがいつも通り軽口を飛ばす。その背後で、アドリアンは静かに目を伏せていたが、睫毛の端がわずかに濡れているようにも見えた。


 一人ひとりと挨拶を交わし、最後にカエリウスはアレクシスの前に立った。

「君に出会えて、私は楽しかった」

「はは。そうだろうね……」

 俯いたまま、アレクシスはぽつりとこぼす。

「貴方が、本当の兄だったら良かったのに」


 その言葉に、カエリウスは一瞬だけ驚いたように目を瞬き、やがて青い瞳を細めて柔らかく笑った。

「私が君の兄だったら、君は一生玉座に就こうなんて考えなかっただろう」

「あははは! 確かにそうだね。……ねぇ、兄上と呼んでもいい?」


 カエリウスは腕を組み、片眉を上げてから肩をすくめた。

「君は本当に甘えただな。いいだろう、許すよ」

 その返事に、アレクシスは年相応の笑顔を弾けさせた。王として立とうとしている時の冷ややかな瞳からは想像できない、十六歳の少年らしい屈託のない笑みだった。


「また皇国に遊びに来てね、兄上」

「あぁ、来るさ。私は教皇猊下とまだまだ悪巧みの途中だからな」

 大きく頷いたカエリウスは、肩に落ちてきた髪を軽く払って背に戻す。その仕草さえも大人びて見えたが、そこにはどこか茶目っ気も漂っていた。


 アレクシスがアドリアンへ視線をやると、彼は無言で深く頷いた。

 カエリウスに差し出された手を、アレクシスはしっかりと握る。外交の仮面でも、策略家の顔でもない、心からの微笑みを浮かべたカエリウスは、力強くその手を包み込んだ。


「アレクシス。私は君が玉座に座す日を、楽しみにしている」


 その言葉を最後に、セレスタ王国第二王子カエリウス・セレスタは静かに帰国の途についた。


◇◇◇


 カエリウスを見送ったあと、残された空気に、ほんの少しの寂寥が混じる。

 けれど、冷たい風の中には冬の硬さをほぐすような、やわらかな香りもあった。季節は確かに移ろい、冬の終わりを告げている。


 立ち尽くすアレクシスの隣へ、クラリッサが静かに歩み寄る。

 彼女の手を取れば、その温もりが、まだ冷えた空気の中でひどく愛おしく感じられた。


「……クラリッサ」

「はい」

「俺は、玉座を目指す。厳しい道になるだろう」


 言葉を探すように目を伏せ、やがて真っ直ぐに彼女を見据える。

「――共にいてほしい」


 灰青の瞳が細められ、柔らかな笑みが返る。

「はい。いつまでもお側におります」


 アレクシスは小さく息を吐き、彼女の手を強く握った。

 その手がわずかに震えているのは、寒さのせいか、それとも胸の奥の熱のせいか。

 確かめるように、彼は顔を近づけた。


 唇が触れたのは、ほんの一瞬。

 それは恋の口づけというより、これからの誓いを封じるための印。

 冬の冷たさが、音もなく溶けていく。


 クラリッサが驚いたように目を瞬かせ、やがて穏やかに微笑んだ。

 その笑顔を見つめながら、アレクシスは思った。

 ――この人となら、どんな未来も歩いていける。


 やがて来る春の風が、彼の頬を撫でていく。


 物語はここでひとつの終わりを迎える。

 けれど、彼の旅路はまだ始まりにすぎない。

 そして、その隣には、いつも彼女がいるのだ。

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