4 学問と脆さ
大学校の講義棟、大講義室を改造して開かれた小規模学会。
壇上にはクラリッサ・ヴァルトハイム公爵令嬢が立ち、冷静な声で論文の要旨を読み上げていた。
整然とした法理論を紡ぐたび、聴衆の学生や一部教授たちがうなずく。
「以上が、未成年の王族に政治的責務がないとする従来の解釈を修正すべき根拠です」
彼女の背筋は真っ直ぐで、凛とした金の髪が陽光を反射する。
だが質疑応答の時間になると、すぐに声が上がった。
「それは学問の独断にすぎぬ!」
立ち上がったのは、コンラート・ホーエンベルク。彼の取り巻きの学生たちも次々に同調する。
「王弟殿下はまだ十五歳。権力を担わせるのは危険だ!」「君の主張は王弟を持ち上げたいだけでは?」
講義室がざわつく中、クラリッサが師事する教授は眉をひそめるだけで、強い反論はしない。コンラートの教授も同様に言葉を濁し、議論は膠着しかけた。
クラリッサはすっと息を吸い込み、壇上から一歩踏み出した。
「わたくしの立場を誤解なさらないでください。私は法に則って論じているだけです」
声が澄んで響き渡る。
「未成年であることは権利と責務を否定する理由にはなりません。王族である以上、その行為には常に国法が伴うのです。
むしろ若さゆえに、周囲が後見として支え、導く仕組みこそが法に備わっています。無責任に権利を奪う方が、よほど国を危うくします」
張りつめた空気の中、クラリッサの言葉にざわめきが静まった。
教授陣も反論を差し挟めず、ただ頷くばかり。
彼女は凛とした眼差しで締めくくった。
「――ゆえに、王弟殿下の存在は軽んじられるものではなく、未来を拓く柱のひとつとならねばなりません」
その場は喝采と沈黙の入り混じった空気に包まれ、発表会は幕を閉じた。
◇◇◇
会場を出た廊下。
人気の少ない石造りの壁際で、不意に腕をつかまれた。
「見事な弁舌だな、クラリッサ嬢」
振り向けばコンラートが立ち塞がり、片手で壁を押さえて彼女を囲い込んでいる。艶やかな黒髪に、高い背。一つ一つの仕草が洗練されており、女学生達からの人気を集めている男だ。
「だが君の才は、王弟殿下には過ぎたるものだ。僕なら、もっと相応しい場を用意できる」
低い声が耳元に落ちる。
クラリッサは眉を少しだけ動かしたが、しかし表情を崩さない。
「ご厚意には感謝いたしますわ。ですが、わたくしは殿下の婚約者です。それ以上でも以下でもありません」
淡々と告げると、コンラートの目に一瞬不快な色がよぎる。
「……まぁいい。君の答えはすぐに変わるさ」
吐き捨てるように言い、彼は背を向けて去っていった。
残されたクラリッサは、ふと力が抜けたように壁に背を預ける。
先ほどまでの毅然とした姿とは裏腹に、両腕が小さく震えていた。
彼女は唇を噛み、細い腕をぎゅっと抱きしめた。




