39 決闘
場内に入り、視線だけを観客席に向ける。熱気が溢れるような観客席の中から、皇王派の塊を見つける。その中で、黒髪の痩せた男、ホーエンベルク侯爵がニヤけながらこちらを見ていた。クラリッサの悪意ある噂を流して彼女を貶め、兄王を傀儡にして力を伸ばそうとしている卑劣な男。彼を見据えながら、アレクシスはゆっくりと、自分の場に立つ。
対するコンラートは、女性達の声援に応えながら優雅に歩き、アレクシスの視線に気づけば不敵に笑ってみせた。
互いに一礼し、剣を構える。
審判を務める軍務卿ハルトヴィヒ・ツェルナーが一歩前に進み出た。声は訓練場の隅々まで響き渡る。
「これより、アレクシス・アルブレヒト殿下とコンラート・ホーエンベルク卿の決闘を執り行う。
本決闘の目的は、クラリッサ・ヴァルトハイム嬢の名誉を守ることにある。
双方、死に至るまでの戦いを禁ず。先に剣を落とすか、立ち上がれぬ者を敗者とする。
皇国の名誉にかけ、潔く戦うがよい」
場内の喧騒が一瞬、凍りついた。
軍務卿が右手を高く掲げ、鋭く振り下ろす。
「始め!」
乾いた声と同時に、二人の足が石畳を踏みしめる。
アレクシスは正面から踏み込み、木剣を横に薙いだ。力強い一撃に、コンラートは軽く剣を合わせて受け流す。
「おっと」
飄々と笑うと、わざとらしく砂を蹴り上げた。細かい砂粒が宙に舞い、アレクシスの視界を曇らせる。
観客席から小さな怒声が上がる。だが軍務卿は声を荒げることなく、冷ややかに場を見ていた。
砂の幕を突き抜けるように、アレクシスは踏み込む。視界は揺らいでも、相手の気配だけは逃さない。低く沈み込んで斬り上げると、コンラートの肩口を狙った木剣が唸りを上げた。
「へぇ、鋭い」
軽口を叩きながら、コンラートは後ろへ飛び退く。だがその瞬間、アレクシスの剣先がわずかに彼の袖を裂いた。
ざわめく観客席。
皇王派の陣からは怒声が飛び、王弟派の席は息を呑んで見守っている。
コンラートは苛立ちを隠し、再び優雅な笑みを作った。
「熱いねぇ、殿下。好きな子を守る男の子って感じかな」
わざと声を張り、観客全体に聞かせる。
次の瞬間、木剣を交えるふりをしてアレクシスの脇腹を肘で突く。
「ぐっ……!」
わずかに息が乱れた隙を見て、コンラートは木剣を叩きつけた。
だが。
アレクシスは歯を食いしばり、踏みとどまった。琥珀の瞳が鋭く黒に沈み、真正面からコンラートを見据える。
「……下らない小細工で勝てると思うな」
アレクシスの言葉に、観客席がざわめいた。
だがコンラートは眉ひとつ動かさず、にやりと笑う。
「強がりだね。けれど王の器とは、勝つことじゃなくて――負けないことだ」
その声と同時に、コンラートは素早く踏み込み、木剣を連撃で打ち込んだ。軽やかな足運びと長い腕、飄々とした態度の裏に隠された技量が一気に剥き出しになる。
「くっ……!」
アレクシスは必死に受けるが、次第に押され、剣が震え始める。
観客席から皇王派の歓声が高まり、王弟派の人々は手を握りしめて黙り込んだ。
さらに、コンラートは不意に木剣を外すと、アレクシスの膝へ蹴りを入れた。
「うぁっ……!」
膝が崩れ、片足をついたアレクシスの頬を、冷たい石畳の風が撫でる。
「見ろ! 王弟殿下が膝をついたぞ!」
観客席の皇王派が一斉に叫ぶ。
コンラートは木剣を振り上げ、わざとらしく観客に向けて声を張り上げた。
「この程度で“王になる”と? 笑わせる!」
木剣が振り下ろされる――。
その瞬間、アレクシスの琥珀の瞳がぎらりと光った。
木剣を脇に払って衝撃を殺し、地を蹴って立ち上がる。
膝にまだ痛みは残っている。それでも顔を上げ、真っ直ぐにコンラートを見据えた。
「俺を……侮るな!」
観客席が再び揺れる。王弟派の瞳に、わずかな希望の光が戻った。
コンラートの剣が振り下ろされるたび、観客席から悲鳴や歓声が入り混じった。
アレクシスは後退しながらも、必死に木剣で受け流す。膝に鈍い痛みが走るたびに呼吸が乱れ、胸の奥が焦げつくようだった。
――だが、目は逸らさない。
すべてを飲み込み、アレクシスの瞳は暗い琥珀から、燃えるような黄金へと変わっていった。
「殿下……!」
観客席からクラリッサの声が届く。
その一声に背を押されるように、アレクシスは息を吸った。
コンラートが最後の一撃とばかりに踏み込む。
その瞬間、アレクシスはわずかに身を沈め――木剣を斜めに振り上げた。
「っ……!」
コンラートの木剣は空を切り、衝撃で大きく体勢を崩す。
次の瞬間、アレクシスの木剣が真横から叩き込まれた。
石畳に乾いた音が響き、コンラートの身体が横へ弾かれた。硬い地面に叩きつけられた衝撃が場を震わせる。観客席が一瞬、静まり返った。
アレクシスは荒い息を吐きながら、木剣を構え直した。
やがて軍務卿の声が、場内に厳かに落ちた。
「勝者、王弟アレクシス・アルブレヒト殿下!」
その瞬間、王弟派の陣営から大きな歓声が上がり、皇王派の顔色が一斉に青ざめた。




